長谷川和彦 荒井晴彦
盟友、そして 仇敵が死んだ
「誰も本当に死ねって言ったんじゃないのに、馬鹿モンが」
その死から二ヶ月後に開かれた 銀座シネパトスでの追悼上映会の初日に 七〇年代初期からの相米慎二を知る二人が語った 波瀾と友情に充ちた交流の三十余年・・・・・・
原点は冷蔵庫漁りだからな。長谷川 お前からしゃべれよ。「追悼トーク」
荒井 俺は相米の悪口を言いに来たんだ。
長谷川 悪口なら、俺も負けはしないよ。
荒井 トークバトルじゃないんだから、勝負するなよ(笑)。
長谷川 実際、相米くらい「お前なんか、死んでしまえ」って言わせた奴いないもんな、「死んでお詫びしろ」って。誰も本当に死ねって言ったんじゃないのに、馬鹿モンが。
荒井 それは「光る女」の大赤字問題か?
長谷川 いやいや、もっとずっと以前からだよ。本当に、あいつと出会わなきゃ、俺ももっと立派な人生をおくれたんだ。
荒井 ゴジは最初いつ会ったの?
長谷川 一九七〇年か、今村プロの助監督の時。俺が二十四で、あいつ二十二だったのかな、二つ下だから。当時の今村プロ幡ヶ谷の火葬場裏の一軒屋を事務所に借りてたんだが、俺と女房は「管理人夫婦」と称してそのあばら屋に住み込んでた。なにしろ二万円の給料も出ないから、アパート借りる金も無かったんだ。で、ある日その我が家に帰ってみると、汚い髭モジャの男が冷蔵庫の前に座ってる。鍵かけてないから誰でも入れたんだ。この冷蔵庫漁ってる男が相米だったんだな。「誰だお前?」って言うと「山子の友だちです」とシレーッとしてやがる。山子って、よく家に来てたんだ。女房の友だちで、その頃あいつがヒモこいてた青年座演出部のお姉ちゃんだ。あいつ、昔からヒモは得意だったからな。
荒井 ゴジだって今や立派にヒモじゃないか。
長谷川 馬鹿野郎。俺はだなあ、二人の子供を立派に二十歳まで育て上げて「お前ら、もうイイカゲンに家出でもしろ」って言っても出てかないから、まあ、自分が家出しただけだよ。後天的な現象にすぎない。相米は違うぜ、天性のヒモなんだ。
荒井 うん、しかも色んな女の部屋の鍵をジャラジャラさせて、鍵っ子相米なんて言われてたのに、最終的にはお母さんとお姉さんのところに帰る。でも、あのパターンをよく続けられたと思うよ。ふつう、結婚してくれって泣かれる年貢の納め時か、みたいな時があるんだけど、男として、弱いのか、強いのか。小津安二郎の真似でもしていたのかね。
長谷川 お前、昔、相米に彼女をとられたんだって?今の言い方には、なんかその怨念が感じられるね。
荒井 まあまあ。相米との出会いの話だろ。
長谷川 うん、その髭モジャの学生めがだな、ニマーっと気味悪い上目遣いで訊くんだ。「長谷川さん、映画って面白いですか?」って。殴ってやろうかと思ったよ。だって天下の今平も映画撮れない時代だぞ。俺にしたって、大学中退して選んだ道だけど「自分なんかこれからどうなるんだろうなあ...」と火葬場の煙を見ながらボンヤリ途方に暮れてた頃だからな。何が「映画って面白いですか?」だ。
荒井 もともと映画に興味はあったのかね、相米は。
長谷川 高校時代に8ミリ映画撮ったりはしてたらしいな。「青春の殺人者」(76)の時、映画の中に8ミリ部分があるんだが、達ちゃん(鈴木達夫カメラマン)が撮ると上手すぎて駄目なんだ。(水谷)豊が高校時代に作った映画という設定だからな。俺も廻してみたが、これは逆に下手すぎるし・・・・・・。「誰か、高校時代の8ミ兄ちゃん居ないのか?」ってんで、相米に撮らせたことがある。結構上手かったよ。でも、自分が8ミリ映画上がりというのは恥じてるフシもあったな。ま、当時俺が映研青年をテッテイ的に馬鹿にしてたせいもあるんだろうが......。今村プロで会った頃は学生運動やってる変な学生、としか思ってなかった。アジビラなんか持ち歩いてたしな。中央大学でヨントロ(第四インター)の委員長くらいのことはやってたんだろ?
荒井 委員長じゃないよ。
長谷川 もっと下か。ま、あいつなりに悩んでた時期なんだろう。運動続けるかどうか。
荒井 七〇年安保に向かって燃やし始めた火が安田講堂で水かけられて消えちゃったんだよ。七〇年六月は全然盛り上がらなかった。俺は「映画芸術」に行って、七〇年暮れには若松プロに足立正生を訪ねて行った。
長谷川 まあ、映画をやりたがってるのはわかってたんだが、俺としては学生運動やってるってだけで鬱陶しいガキくせえ奴だと思って、全然優しくなかった。なのに図々しい野良猫のようにまた来るんだ。相米って、なんだか猫っぽいだろ。
荒井 そうそう、気がつくと人の膝の上に乗ってるんだよ(笑)。
長谷川 まあ俺も猫嫌いじゃないからな。本当に嫌なら「もう来るな」って追い出しゃいいんだけどほんの数年前には、自分も運動やめて映画やろうかと悩んでたしな。ま、俺の場合はアメリカンフットボールという健全な運動だったけど。で、優しく言ってやったんだ。「ここに来てりゃ色んな映画のスタッフ来るから、お前がやりたいバートに声かけてみろ」みたいなさ。あれが我が人生最初の大失敗だな。まさか、その後三十何年も付きあうとは思わなかった。結果その後、編集の丹治(夫)さんに甘えて、日活に来たんだ。
荒井 そうか、今までなんで日活にもぐりこんだのかよくわかんなかった。日活に行ってからゴジの子分になったと思ってたよ。
長谷川 冷蔵庫漁りだよ、原点は。
韜晦の美学
荒井 俺が最初に会ったの、七二、三年かな。<鼎>っていう飲み屋で、曾根(中生)さんが俺のことをお前の先輩だよって紹介した。
長谷川 先輩というのは、助監督としてじゃなくて学生運動くずれの馬鹿という意味か?で、どんな奴だった。「映画は面白いです」くらい言ってたか?
荒井 覚えてないっていうか、何にも言わなかったのか、印象に残るようなことを言わなかったのか......。
長谷川 あいつ他人のことは割と熱心にリサーチするんだが、自分のことは秘密主義だったなあ。へらへら笑って本当のことはしゃべらない。「どうでも良いでしょう、そんな事」とか「忘れた」とかな。
荒井 だけじゃなくて、嘘もつく。俺はずっとあいつ、東大だって思ってた。根岸(吉太郎)は中大法学部中退と聞いていて、最近、中大文学部だったと知って驚いてたよ。学歴なんてどうでもいいと言えばどうでもいいことに決まってるが、嘘をつくほどのことでもないだろう。何故、本当のことを言わないのかなあ。例えば、ゴジや俺は過剰なまでに自分のしていること、生き方、作品も含めてツジツマを合わせようとして、説明、心情告白を正直にするのに、あいつは何故、語らないんだ?
長谷川 まあ、俺やお前は語りすぎだよ。しかも多分に露悪趣味だ。だから仕事や友達が減っていくんだ。相米は、ともかく韜晦するのが好きな奴だったな。映画も「韜晦の美学」の傾向が強いだろう。
荒井 それをまた喜ぶじゃない、作家っぽいって、こういうところに来ている相米ファンや評論家が。
長谷川 それと俺なんかは、はっきり気が小さいんだな。今日の客の入りが悪いのも自分のせいだと思っちゃうし......。こんな場所で、十秒も沈黙が続くと「俺が悪いんだ、何とかしなきゃ」と焦って、馬鹿をしゃべる。相米なんか、平気で一時間沈黙してるぜ。きっとアイツのほうが大物なのかも知れない。くそ、だんだん腹が立ってきたなあ。そうだそうだ(観客に向けて今日のお客さんのリサーチ!挙手してください。はい、相米ファン!......少ねぇな!死者に対して失礼だろ。そこまで少ないと俺もちょっとうれしい。長谷川ファン!......おお。荒井ファン!...ほら、お前、相米より多いよ。「露悪趣味」が「韜晦の美学」に勝ったぞ!!!(場内爆笑)相米ファンは実は明日から来るんだろうな。支配人が間違ったんだ、初日ゲストの人選を。
五萬石事件
荒井 ロマンポルノ、相米は最初からいたの?
長谷川 最初あいつはテレビにいたんだ。16ミリで撮るやつ、昼メロとか。ロマンポルノはそれまで干されてたような監督が、ま、ヤケで撮ってたんだよ。西さん(西村昭五郎監督)とかクマさん(神代辰巳監督)とか。ともかくアナーキーで面白かった。新人監督も、曾根中生)さん、ムッシュ(田中登監督)、小沼(勝)さんと、皆好きなことやってたから。で、相米に「馬鹿かお前、いつまでテレビやってるんだ、早くこっちに来い。面白いんだから」って言っちゃったンだな。
荒井 第二の失敗かそれが七二年?
長谷川 うん。ロマンポルノ始まって半年ちょっと経った頃だ。「そうっすか、面白いですか」とか言いながら、「じゃ、海野(義幸)さんに相談してみます」と、海ちゃんに甘えるというかたちで入って来た。その系列で曾根さんにつくのが多くなったんだ。
荒井 優しいおじさん騙すのと女騙すのは天才的じゃないか?
長谷川 それは誰も否定できんだろ。俺のよう優しくない人間も騙したんだから。......全然追悼になってないんじゃないか?
荒井 作品もそうだけど人柄も悪く言う人いないじゃない世間で。
長谷川 俺とお前だけだろ。こんなに悪口ばっか言ってるの。まあオイラだって、本当に嫌なら、追悼トークしゃべりに来ないけど。俺も相米も「末っ子の甘ちゃん」には違いないんだが、あいつは上と年が離れてるから「一人っ子」みたいなモンだったんだな。そのぶん、甘え方が、俺なんかより堂に入ってた。俺は威張って怒鳴って甘える......あいつの甘え方は、もっと可愛かったんだろう。人を「相米のためなら何でもしてやろう」と思わせる。でもそれは立派な監督の才能だからな。
荒井 そうそう、その頃、お前あいつを殴ったんだって?
長谷川 うん、(五馬石)って撮影所のそばの飲み屋、スタッフみんなで飲むような安居酒屋があるんだけど、そこで殴っちゃったんだよな、あまり意味なく。その瞬間は鮮明な意味があったんだろうが・・・・・・あとで考えるとどうして殴ったのか思い出せん。
荒井 その後大変だったらしいじゃないか、聞きつけた照明部なんかのスタッフが「ゴジは生意気だ、殴りに行こう」って。相米が懸命に止めたらしい。
長谷川 らしいな。最近まで知らなかった。
荒井 その頃から、相米は皆に愛されて、ゴジは皆に嫌われてたんだな。
長谷川 久し振りに叩いてもいいんだぞ、荒井。・・・うん、確かに俺、その頃は突っ張らかって、異常に態度デカかったからなあ。
荒井 今でもじゅうぶんデカいよ。
長谷川 俺はダイニチの末期から日活に行ってだけど、しょせん臨時雇いだからな。最初は名前も呼んでもらえなかったもん。「おい、今村プロ。しっかりカチンコ打てよ」てなもんで。突っ張ってないと自分が潰れそうな気分が強かった。ロマンポルノになってからは、演出部も上は皆、監督かプロデューサーになっちゃった俺の下には臨時雇いの助監督が二十人くらいいたからな。月六本の量産体制を支えてるのは、残業料もボーナスも無い俺たち臨時雇いだと、気負いもあったんだろう。でもあんなに長い間付きあって、相米を殴ったのあん時だけだ失敗した、もっと何回も殴っときゃよかった(笑)。
荒井 その後、相米とは同じ組についたの?
長谷川 ちょうどその〈五萬石事件〉の直後か、相米を誘ったの。パキさん(藤田敏八監督)が「赤い鳥逃げた?」(73)東宝で撮ることになって、俺がチーフで演出部の編成しなきゃいけないんだが、カチンコ叩ける助監督がいないんだよ。ロマンポルノで入った奴らはオールアフレコだから、シンクロ打ったことがない。相米は半年くらいテレビやってるから16ミリとはいえシンクロのカチンコを打てたんだ。「このあいだ殴っちゃったし、あいつにするか」と、ちょっと詫びる気分もあって声かけた。「おい、日活よりギャラは三倍良いぞ、来るか?」って。するとまた「海野さんに相談してくる」だ。でも、来たよ。
あいつには「赤い鳥」がいわゆる本篇は初めてだったんじゃないかな。一番下のフォースで、あの時は実に良い助監督だった。小道具と一緒に眼鏡一個徹夜で直すみたいな、地べたを走りまわる感じで頑張ってたよ。まだあんまり能書き言わないし。なんか意見言ってみろって言えばシッカリ言うし。カチンコ叩くという具体的な労働があったのが良かったんだろうな。カチンコの恥かくと、自分が何者でもないと謙虚に実感するからな。俺みたいに傲慢な人間ですらそうだったから。・・・・・・あの頃の相米が俺には一番可愛かったな。こいつを大事にしようと思った。セカンド、チーフ、監督と、上になるほロクでも無い奴になりやがったけど。
脚本は書かない
荒井 ゴジはいろいろ脚本書いてたけど、相米は書かなかったの?
長谷川 書いてるだろう、根さんのやつ。
荒井 「高生100人秘モーテル白書」(75)な、あれ一本か?プロのライターと共になってたよな。
長谷川 そのことで、あいつを怒ったことあるなあ。その映画、相米は助監督にも付いてたんだが、終ってからなんか愚痴々々言ってるんだ。要するに自分が思ってたような映画にならなかったという愚痴だ。曾根さんが、相米に書かせはしたが、これはプロのホンになってないからと、プロのホン屋の直しで撮ったんだな。「馬鹿野郎、その時に何故嫌ですって言わないんだ。僕の名前が残るなら、僕のホンの方向でやってください」って。
それと、「自分が脚本書いた作品は助監督に付くな」とも言ったな。ホンヤと助監督はポジションが違うんだから自分が混乱してストレスばっかり残ると。俺も自分が脚本書いた作品は、絶対助監督に付かなかったもんな。だってやっぱり自分が撮りたくなるだろう、監督志望なんだからそんな気分の奴にロクな助監督仕事はできないよ。「助」が付くだけで、似て非なるもんだからな、監督と助監督は。荒井 でも「青春の蹉跌(神代辰巳作品/74)のラストなんか、ゴジが撮ったって話じゃないか?
長谷川 あれはアメフトだったから。クマさんが「ゴジ、フットボールなんて分かんないから撮ってよう」って泣くしな。クマさんも甘えたふりして使うの上手かったなあ。
荒井 うん、天才だった。で、相米は、そういうゴジの説教を素直に聞いたのか?
長谷川 いやいや、いつまでも愚痴々々、わけのワカラン泣き言を言ってたよ。そうだ、あの時かも知れないなあ、〈五萬石〉であいつ殴ったの......違うか。
荒井 相米、その後は脚本書かなかったんだ。
長谷川 書かなかったなあ。いや、書け書けとは言ってたんだよ。新規採用の根岸なんかが入ってきた頃も、二人を前にして言ってた。「根岸は正社員だから良い子してればそのうちすぐ撮れる。相米、お前は臨時雇いなんだから、ホでも書かないといつまでも監督になんか成れないぞ」って。「資格の無い臨時雇いの長谷川に、それでも監督させようかって空気があるのは、年八本助監督やってるからじゃないぞ。同時に年三本脚本書いてるからだぞ」ってな。でも、結局書かなかったな、あいつは。
荒井 ホンに自信ないのかな。
長谷川 審美眼は明晰なんだよ。でも、書いたものは面白くはない。「太陽を盗んだ男』(79)の時も相米と黒沢(清)をそばに置いて書かせだけど、黒沢はやたら変な具体ばかり書く。でもこれは百個に一個使えるんだ。「具体」だから。相米は論文しか書かないんだよ。観念が通底してるかどうかを探ってるんだ。「お前、アジビラじゃないんだから、もっと面白い具体を書け」ってるんだが・・・・・・でも、別な意味じゃ非常に役には立った。あるシークエンスが終るたびに相米に訊くんだ。「おい、ここまでは観念的にはこれで良いのか?」って。「良いんじゃないか、次行こう」と、判定を下すのは相米の役目みたいな感じだった。
荒井 「魚影の群れ」の時も、田中陽造さんが台本覗き込んだら、海がどうとか読みたいなことが書いてあったらしい。
長谷川 でも、半端に脚本書くということを捨てた分、結局あいつが一番ぜいたくに映画したんだと思うな。紙と鉛筆と言葉じゃなくて、役者の肉体とスタッフの労力とフィルムを使っ現場で脚本書いてたんだよ、あいつは。こ以上の贅沢はないぜ。
杉田二郎と綺麗なアジビラ
荒井 「杉田二郎」ってペンネームは何なの?曾根組の脚本もそうなってるし。
長谷川 俺は「青春の殺人者』の時に本人に言われて知った。「スタッフタイトルの名前《杉田二郎〉にさせてくれ」と。「なんだ、お前はフォークシンガーだったのか」って、からかったりしながら理由を訊いたよ。「ま、三里塚のことなんかもあるしさ。相米って名前は珍しいから、すぐバレちゃうし......」ってモゴモゴ言っとる。要するに、ちょっと前まで学生運動やってた相米としては、三里塚が舞台にもなってこんな映画に参加してると知られるのは具合が悪い、ということらしいんだ。「どう具合が悪いんだ?この映画に参加してることは、お前にとって恥なのか?」とカマしてやろうかと思ったけど、学生運動って俺にはワカラン世界だし、面倒くさいから「お前の好きにしろよ、俺にはどうでも良いことだし」と答えといた。
荒井 名前まで「自己韜晦」したわけだな。
長谷川 でも、荒井も同じ「学生運動くずれ」だろう。お前には、映画始める時そんな意識なかったのか?
荒井 飲み屋にいても、「映芸」にいても、何していても「革マルのアライ」とついてまわったし、「赤P」(赤軍PFLP・世界戦争宣君71)やった後は、「事件」のたびに公安から実家に電話かかってくるし、もうただの映画屋ですと認知してもらいたかったから、クレジットはうれしかった。相米とは逆だな。
長谷川 なるほどな。でも「学生運動くずれ」が役に立ったこともあったな。「青春の蹉跌」ホン書いてるとき、劇中でショーケンを前に森本レオが「インター」を歌うシーンを思いついたんだが、歌詞を正確には知らなかったんだ俺。「ああ、インターナショナール、我らがものー」というサビは知ってたけど。西村組の助監督の仕事サボって、撮影所の監督室でホン書いてたんだが、ちょうど都合よく相米が窓の外を通ったんだよ。「おい相米、ちょっとインターの歌詞教えてくれ」って言うと、妙に固い表情になって、「わかった、後で渡すから」と声をひそめるんだ。変な奴と思ってたら、後で食堂で昼飯食ってる俺のそばに来て、歌詞をメモして折り畳んだ紙切れをこっそり渡すんだ。「なんだ、インターの歌詞くらいでコソコソた「いそうにするなよ」と可笑しかったな。
荒井 そりゃお前、山口清一郎というノンポリ監督にトロツキストのレッテル貼るような組合が牛耳ってたとこだろ。相米のいた第四インターなんてヨントロっていうぐらい、もろトロツキズムなんだから、そりゃ、コソコソもするだろうよ。
長谷川 あいつは純正のトロツキストだったかも知らないが、俺はその意味もよく知らないノンポリだったのに、「トロツキストは出て行け」と追い出されちゃったもんな、日活。
荒井 そうそう、その「撮れそうで撮れなかった話」しろよ、少し。
長谷川 したくねえな、思い出すのもツライ。要するに、俺は資格のない臨時雇いだったにも関わらず、二回ほど監督できそうな時期があったんだよ。「卓のチョンチョン」というロマンポルノと「燃えるナナハン」という一般映画。「燃える」の時は大道具のオッサンが「ゴジ(長谷川組)の看板作ったからな」と声かけてくれるとこまで行ってた。でも結果、「トロでもマグロでもない、せいぜいコハダくらいのノンポリだった長谷川が、トロツキストという名誉ある汚名を着せられて、日共組合が主導する日活撮影所を追い出された」・・・そういうことだよ。
荒井 いっさい抵抗はしなかったのか?
長谷川 やりようもなかったな。俺に監督させようとしてくれた黒澤(満)所長やイッチ(伊地智啓プロデューサー)を含めて、会社の非日共勢力も、組合と折り合いつけてやってこうとしてた時期だからな。結局、数年後には黒澤さんたちもイッチも、みーんな日活出ちゃったけど・・・・・・そうそう、その頃相米がちょっとマジな顔付きで言ってきたことあるよ。「ゴジ、すごい綺麗なビラ作って撒いちゃおか?」と。一瞬俺も「うん?(不当な処遇を受ける臨時雇いが日共組合支配と闘う)かあ?」と燃えそうになったが、「馬鹿、こんなとこで政治ゴッコしても意味ないだろ。オイラは映画ゴッコしたいだけなんだから」と答えた。相米も「そりゃそうだよな、冗談だけどさ」と、すぐに白けた表情になったよ。
荒井 惜しかったな。やれば良かったのに。東映は正社員の(伊藤俊也さんや澤井信一郎)さんたちが契約者と組んで日共組合と闘ったよ。
長谷川 いやいや、俺はもともとそういう政治には全く興味ないもの。根っこで政治を信じてない。
荒井 で、追い出されたゴジに、付いてきた助監督は相米だけだったってことか?
長谷川 俺には相米より古い付きあいの助監督がいて、高橋芳郎っていう。ピンク映画上がりなんだが、ロマンポルノ始まったすぐの日活に、こいつは俺が呼んだら二つ返事で来たんだ。年齢もキャリアも相米より少し上だし、「青春の殺人者」をATGで撮ることになった時、最初は高橋をチーフ、相米をセカンドのつもりだった。でも高橋は「俺もう少しだけここに居たいんだよ」と泣きそうな顔して断わってきた。「ゴジに付いて日活出たら、もう二度と日活には戻さないぞ」と会社から言われたらしいんだ。高橋はピンクで苦労してきたやつだから、ロマンポルノの現場は本当に居心地が良かったんだな。スタッフも温かかったし。相米は「ゴジが撮れないならオイラも撮れるわけないし、それなら日活にいても仕方ない。ゴジに付いてくわけじゃないが、別にいいよ、体空いてるし」と、能書き垂れてついて来たんだ。
荒井 その後、契約助監督は試験を受けろということになって、受けて残ったのが黒沢直、斎藤信幸、受けずに止めたのが鴨田好史と高橋芳郎。高橋はなんで受けなかったんだろう?しかし、ゴジも相米もポルノでデビューしてたら、まったく違っただろうな、映画人生。でも、「ゴジに付いてくわけじゃない」ってクールじゃないか。
長谷川 というより、相米流の照れて韜晦した言い方だったんだろうな。美談は好きだけど、美談と感じさせるのは嫌なんだ、あいつ。作った映画でもそのことは顕著だろう。例の俺のムショ入りの前の日にも、フラッと家に来た。「俺は、ゴジになんか会いに来たんじゃないからな。ゴーやピー(息子と娘)に会いに来たんだから、馬鹿なオヤジでも、半年も居なきゃこいつら不安だろうし」と、ガキと遊んで帰ったよ。
荒井 そういうとこなんだな、みんなイカれちゃうのは。学ぼう。
長谷川 ・・・・・俺には、凄く可愛いとこと、やたら憎たらしいとこが混在した、変な奴だった。俺にも芸術させろ
長谷川 「青春」のチーフには石山(昭信)に来てもらったんだ。奴とはバキさんの「野良猫ロック暴走族」からの付き合いだし、俺の使ってたカチンコあげたのも石山だったし、ま、スケジュールチーフだな。だから相米はセカンドなんだが、実質的には現場チーフだから、頑張ってくれなきゃ困るんだが、ダメなんだ、これが!
荒井 サボるのか?
長谷川 いや現場には居るんだよ。やるべき仕事をしないんだ。撮影現場って戦争してるみたいなもんじゃないか。現場下士官が一人は必要なんだよ。どんなにスタッフに嫌われても、全体を睨んで号令をかける奴が。普通それは助監督チーフの仕事で、昨日まではパキ組で俺がやってことなんだが、今度は相米がそれをやってくれなきゃ困る。でなきゃ、俺が監督として頭も体も使えないからな。でも、ものの見事にやらねえんだ、相米の奴。
荒井 何してるんだよ?
長谷川 カメラマンと芸術なんかしてる。「今のはやっぱ移動すべきじゃなかったですよ鈴木さん」とか(笑)。小声でやるから余計腹が立つ。おかげで俺が監督しなきゃいけないんだ。「おい、桃井かおりの送りは用意したか?きっちりやらねえと、二度と来ないぞアイツ!」とか「もう六時だぞ、ツナギ入れるのか、抜きでやるのか、はっきりしろ!」とか。堪んねえよ。
荒井 でも、それはゴジが何でもやりすぎるからいけないんじゃないの?
長谷川 ま、それはあったろうけどな。俺も現場下士官が長かったから、癖になってたんだろう。相米もその関係に慣れちゃってたから、悪意は無いんだろうが、腹立ったなあ。「俺に芸術させろよ!」って。
フィルム貰ってこい
長谷川 荒井に今日アリガトウって言える話が一個だけある。「青春の終りの頃、ラストの炎上シーン撮る時の話だ。夕景つぶしのワンチャンス狙いだったんだけど、直前になっても俺、どう撮るか根性決まらなくてな。「撮影一日延びねえかな、駄目だよな」と悩んでたら、相米奴「さあ、行きましょう。準備OKですよ!」と、やたらに明るい声で寄ってきやがる。「仕方ねえ、ヤケで撮るか」と立ち上がったんだが、ふと思いついて訊いてみた。「相米、ABCカメラにそれぞれ何フィートずつ入ってるんだ、フィルム?」・・・すると、相米の目が急に泳ぐんだ。あ、この野郎と思って問いただすと、Aカメが百二十でCカメに至っては六十くらいしか入ってない。「馬鹿野郎、そんなもんで足りるわけないだろう。火をつけたらオシマイなんだぞ」と、そんなことは相米も判ってるんだが、フィルム買う金なんか無いんだよ。もうその頃はプロデューサーの今平さん、大塚和さんからは一円も届かなくなってたし...............。撮影延ばす口実はできたんだが、さて困ったと。で、思い出したんだよ、曽根組が目白で撮影してることを。
荒井 「連続殺人事件」(77)俺が助監督だった。
長谷川 「相米あそこなら同じATGだし、役者のテッパリが多くてあまり回ってないっていうじゃないか。ということはフィルムまだ余っとるだろ。あそこ行って借りて来い、必ず返すからって大嘘ついて」で行ったんだ。
荒井 カメラマンの森(勝)さんに電話してきたよ。俺にしにくい事情があって。
長谷川 あいつがお前の女とったって話だろ、ジョークじゃないんだ。こいつら最低なんだから(場内笑)。だから俺、学生運動やった奴なんか信頼できないんだ。それで?
荒井 確かに生フィルムはいっぱいあったよ。
長谷川 お前チーフだったの?ATGだからよっぽど助監督いなかったんだな。
荒井 森さんがそういう話は荒井にしてくれって、で、電話かわったんだよ。そしたらラストシーンってるんだけどフィルムが無くなっちゃって、回してくれませんかと悩んだよ。敵に塩を送るのかって
長谷川 でも貸してくれたんだよな。
荒井 お互い映画だと。
長谷川 急に美談に持っていくのか(笑)。
荒井 貸さない、タダではあげない、売る。金持って来いと
長谷川 言うなお前も。あるわけないだろ。当時四○○フィート二巻なら五万円だよな。
荒井 もうちょっと安かった。新宿で待ち合わせて、金持ってきたよ。
長谷川 でもどうやって金持ってきたの?
荒井 女じゃないの。
長谷川 本当に小さなトライアングルで成立してるな(笑)。でも金とったんだ。今初めて知ったよ。じゃあ俺が責任感じることなかったんだな。金払ってないと思ってた。何だ、ちょっと損したような気分だな(笑)。でも、あれで俺、相米を少しだけ見直したわけだよ。
自意識は「ガキ」
荒井 「翔んだカップル」でデビューするってゴジは反対しなかったのか?
長谷川 反対も何も、俺には全く相談なかったから。「太陽を盗んだ男」の撮影後半には、イッチと相米でもう決めてたらしいんだが、後で聞くと全スタッフで俺だけ知らなかったらしい。箝口令でもしいてたんじゃないか。「監督のゴジには余計なことで心をわしちゃいけない」って建前だったんだろうが、後で聞いてちょっと寂しかったよ。相米とイッチとの関係で言えば、なあ。キティ・フィルムで映画やろうって時に、最初に呼んだのもイッチと相米だったからな。
荒井 お前に相談したら「やめろ」って言うと思ったんじゃないの?
長谷川 そうかも知れないな。でも俺、大抵「自分の映画にする自信あるんなら、やれよ」と言ったと思う。
荒井 相米はゴジのやり方を反面教師にして、ああいうお仕着せの企画を受けたのかな。自分が撮りたいものっちゃいけないっていう。
長谷川 いや、撮りたかったんだよ、きっと。あいつガキが好きだから。
荒井 ガキ好きなの?
長谷川 自分がガキだから。監督には二種類あるんじゃないかな、自分を撮る奴と他人を撮る奴と相米も俺も自分を撮るほうなんだろう。俺なんかは、ガキや女より駄目な男を撮ってるほうが気合が入る。自意識が「駄目な男」なんだ。相米の自意識は「ガキ」なんだ、きっと。ウロウロしてるガキには感情移入できるんだよ。そういう意味では、良い企画が当たったんだろう。イッチの目が正しかったんだよ。竹刀持ってガキを一所懸命撮る奴、あんまりいないよ。
荒井 意外だったけどね。きっと、文学的なモノでデビューすると思ってた。でも、その後もガキものが多いし......。
長谷川 出来の良いシャシンは全部ガキがらみだろ、台風クラブ」にしても、「お引越し」にしても。
相米を泣かせた話
荒井 相米は自分が撮った映画、ゴジに見せて意見訊いたりした?
長谷川 最初の頃はしつこく「見て見て」言ってたなあ。俺も気になるから、かなり見たよ。「翔んだ」なんか、編集ラッシュだけで三回以上見たと思う。撮影現場にはあまり顔出さなかった、なんか照れ臭いもんな。
荒井 子供の学会発表見るような感じか?
長谷川 子供じゃないが、一番目の弟分ではあったからな。ステージパパみたいに、何か余計なこと言いそうな自分が怖かったし......。
荒井 でも、ラッシュ見たら黙ってられないだろ?