その多様で多面的な困難のなかで、「日本映画」はいま、どんなシステムを志向しなければならないのか。今回は、『ふた・り・ぼ・・ち』以降、そのハードなスタイルで注目を集めながら、ネガティヴな時代の波を製作面でかぶっているかのような監督・榎戸耕史に話を聞く。その多面的な活動の場から、日本映画の未来はどのような像として見えているのか。 最初の映画「ふたりぼっち」が何年でしたか。榎戸 八八年の夏ですからまる五年経ちました。そのあと、最初のテレビ「彼女はピカソに恋してる」までが約半年ありました。「ふた・り・ぼ・っち」がクランクインしたのが確か五月過ぎぐらいで、次の年のフジテレビの二時間ものを含めて三本撮ってるんです。「ふたりぼっち」を撮って、「はじめて物語』を撮って、テレビドラマ一本。そこからがもう長いです。次のテレビ「罪人なる我等のために」を撮るまでがまる一年でしょう。九〇年ですからね。ちょうど光ゲンジの映画のあたりがバブルがピークに達したあたりで、それから急激に下がっていった。
当初の速度と違ってきたのもそれが大きい?榎戸 大きいですね。テレビドラマがないというのだって大きい。僕の周辺では相米(慎二)さんとか、僕らのちょっと上の世代、根岸(吉太郎)さんとか池田(敏春)さんとか、あんまりテレビをやらなくてもちゃんと映画を撮れてきた人たちですよね。でも僕らぐらいのデビューの世代というのはテレビのドラマをある程度こなしていかないとむずかしい世代なんです。そういう意味ではもうそこらへんから、変わってきている。たとえば一週間に一本、枠がなくなるだけで五〇本なくなっちゃうわけですから。以前は一週七八本あった枠が、今はそれが二、三本になっている。スタッフもどんどん余ってるし。
日テレのあのドラマ「罪人なる我等のために』)は、あれはメリエスの製作でしたね。榎戸 メリエスです。
いまはメリエスならメリエスに発注が来なくなっている?榎戸 来ないというか、企画が通っていかないということですね。それにはこういう事情もあるんです。今のこういう不景気でしょう、ですから局製作にしてるんですよ、ある程度。ということはつまり四千万三千万で収まる製作費がありますよね、で、視聴者の目も肥えてるから、あんまりコストを落とせないでしょう。そうすると、たとえばプロデューサにしてもディレクターにしても、監督料とかがかかりますね。そういうものを局の中でうまく回転させるんです。ということは四千万の中で、どうしても出さなければいけない部分は出しますけど、局の中に抱えているスタッフを使える限りではその中からスタッフ費とかが別に回せるわけですよ。それと、まあ同じ局の中だと、まあ次にこういうことがあるからというふうなバーターでまあ少しずつ製作費を押えていくとか、会社組織の中でやれることもある。外注しなくても済むわけです。枠がたくさんあるときには外注していかないとストックがなくなるから追い付かなくなるという問題があったし、そうすると、どうしても局の内部でのディレクターを育てるということを含めたシフトがとれなかった。僕はいろいろ近年考えていてね、いろんな人の話を聞いてきて、つまりソフト戦略だと思うんですよね。これから地上波ではどんどんドラマがなくなって、この場合、ドラマというのは単発のある長さを持ったという意味ですが、みんな衛星になっていくわけですね。何年か後には衛星を民間で打ち上げるだろうし。そうすると地上波では報道やバラエティ、ワイドショーに、せいぜい連続のトレンディ・ドラマがいいとこです。他のドラマやスポーツは、みんな衛星の方に全部くら替えしていくわけです。さっき言った内部的な資金の問題がありますから、自社で育てていった方がずっといいわけですよ、戦略的に。内部で育てていって、著作権も会社が持つというのは、これからのソフト産業にとって当然考えてしかるべきことだと思う。そうなるとやっぱ僕らみたいなフリーの人間たちってどんどん、ある意味では消費される人間になっていかざるを得ない。これから映画を撮っていく人はもっともっとその問題を考えないといけないと思うんですね。
一時間枠が増えるとそれだけ、また例によって人が足りなくなって、バブル時代と同じような外注というのが増えていかないですか。榎戸 多分そういうことは少しはあると思いますけれども、ただ時間の枠は増えないと僕は思うんですね。バブルの時みたいな増え方はないと思いますよ。いままでどおりのドラマ一辺倒というふうにはならないと思います。多様な形式が多分出てくると思うんですが。
榎戸さんとしては、そういうレベルに対してアプローチをしていきたいと?榎戸 ええ、つまりどういうかたちでやっていくかという問題だと思うんですよね。これからどういうふうに、僕っていうより僕らが、映画人が、やっていかなければいけないのかということですね。
具体的に考えていることはありますか。榎戸 会社を作ろうかと思ってるんです。その会社というのは、大げさな言い方をするといわゆる撮影所です。日本の撮影所のシステムにはいい点がいっぱいあったわけですね。それを組織としてまず念頭に置こうかと。いま結構いろいろなところで少しず小さい組識ができていますが、結局、自分たちの職種だけでやってるんです。たとえばスタイリストの人たちがまとまっているとか、助監督さんとか。廣木さんのところみたいに監督さん仲間でとか、アルゴがやってきたこともそれに近い。僕はそういう一つの職種だけでやっててもだめだと思うんですよ。撮影所だから全部の職種をとにかく念頭に入れようと。企画、マーケティング、そして製作。これはいろんな技術を伴いますし、当然、俳優もです。さらに宣伝パブリシティも、批評の地位も含めて、また劇場、つまり媒体メディアのことを考える人も全部置かないといけないんだという気がするんです。その組織は、もちろんそんなことすぐには全部できません。どこからやるのかという問題は多分、草の根運動としてはあると思うんですけどもね。つまりただドラマを作るということだけに向かわないようにしようかなということです。つまり、「映像」という広義の戦略のなかにシステムを置いちゃって、そこで仕事をするときにどうするのかというふうな問題を立てていくかたちをとらないと多分、これからの時代に対応しきれないのではないかなと考えるわけです。「映画」という言葉に対するイメージも、僕らの持っているイメージと、これから大人になってくる人たちが持っているイメージとはもう本当に違うと思うんですよね。そのことをやっぱりちゃんと僕らが考えていかないと立ち遅れていくだろうし、その問題が一番大きいんじゃないかと思うんですよ。それが映画界の衰退の一番の理由かなというふうに実は思っていて、そのためには、今までのように映画に関わる各ポジションがバラバラになるんではなくて、もっとパースペクティヴを持った戦略が必要なんじゃないかなということですね。そのためには個人ではまず無理だろう。組織を作っていって、そこからジワジワ広げていかないと多分無理なんじゃないか。今までのように、どんな映画が当たるんだろうというふうな割りと即時的なケアだけしてったら多分立ち遅れていくだろうと思います。
-映画監督という肩書のなかには従来のイメージがあるわけですね。いまおっしゃったことは、もう少しその肩書というか、場を拡張するということになりますね。単に劇映画を撮るためとか、ドラマを作るためというだけじゃなくて、もう少し多様なイメージが広がってきます。榎戸 そうですね。プロデュース感覚がないとまず無理ですね。
経済の問題というのがやっぱり一番大きい榎戸 そうですね。大きいと僕は思います。どんどん仕事がなくなって転職する人が結構増えてるらしいんですよ。僕なんて、どこか逆境に強いと言ったら変ですけど割りとそういうところで育っているからかもしれないんですけと、逆境に弱い人たちもいると思うんですよ。そうなるとやっぱり、どうしてもまず大きなケアを考えてやらなければいけない、と。そうしないと多分会話になっていかない、だからいま言った組織を考えるときも、広範囲な職種の選び方と、世代的な人の選び方をしなければいけないと思うんです。縦軸と横軸とをちゃんとやってかないと。そのために何から始めるのかというのはすごく難しいけれども、いろいろな活動と発言とをしていくしかいまは道はないんだろうなとは思うんです。
そういったヴィジョンに対する周囲の反応はどんなものですか。榎戸 そうですね。「ええ!」って言ってますね。「ええ!何言ってんですか?」って。「そんなこと考えてるんですか!」って。特にフリーでやってきた人たちが多いから実際はあまりルールに縛られるのが好きじゃなくやってきたわけじゃないですか。それと「あった方がいいよね、そういうのはね」というのと、割りと距離があるんです、話してても。だけど、実は僕なんかの下の世代の人たちが大切だと思うんですよ。上の世代というのは多分撮っていける自分の才能と関係性を培ってきたと思うんです。僕らから下の世代、ちょうどこれから撮ろうとする世代の人たちが一番大変だし、多分ここ二、三年で撮った人たちがもっと大変になるのかもしれない。それで今、僕らの世代がやれるのは、組織していくことなのかもしれないというのが僕の思ったことなんですね。
従来の映画的なイメージとは違いますよね、労働組合のようなものなんでしょうか。榎戸 どうなんでしょうね。たとえばキャメラマンという技術職ですけど、栗田さんとか渡辺真とか、アメリカと日本で仕事する彼らに、ときどきそういう話を聞くんですよ。まあ栗ちゃんには「お引越し」の後、いろいろと話しを聞いたりしました。それから、これからはロメール方式にしなきゃいけないとかよく言うでしょう。カサヴェテス方式とかって。僕、違うと思うんです。確かにロメール方式ってありだと思うんです。カサヴェテス、すごいんです。ただ、それは自国の映画に見合った方式なんだと思うんです。日本では、違うかたちの戦略を考えていかなきゃいけないと僕は思うんですよ。
単に、いわゆる自主映画の母体を作ろうというレベルじゃないですね。榎戸 違いますね。
自主映画の母体はバブル以降むしろ増えている榎戸 メジャーの映画が衰退している分だけ、ある意味では浮き出てるというか、出て来てるんじゃなくて浮き出たんだと思うんです。「ぴあ」にしたってずっとあったわけですからね。ただ、いままではそれが埋もれたまま見えなかったんだけど、あんまりいい映画がなくなってるからそれが逆に見えてきたんじゃないかと僕は思うんですよね。インディペンデントなかたちはかたちとして多分あるんだと思うんです。ただ、相変わらず劇場の問題とか、パブリシティの問題とか、経済の問題も含めたいろいろな問題を抱えていると僕は思うんですよね。だってフランスでは国の援助だけで何千万か貰って一応撮れるわけでしょう。今の日本の状況のなかで、自主映画やっている人たち、そのぐらいのお金があったらすごいいい映画、いっぱい撮れると僕は思いますよ。でもそういう国じゃないですからね、日本は。だから僕、違うと思うんです。どこの国もアメリカ映画とTVに全部食い荒らされてみんな衰退したわけですよ。イギリスにしたってフランスにしたってイタリアにしたって、国がどこかで映画という一つのメディアを守ろうと、オーストラリアでもニュージーランドでもみんないっしだと思うけど、そうやって保ってるわけですよ、今、悲しいかな。でも日本はそういうふうには僕はならないと思うんですよ、なかなか。まあそれだったら違うこと考えていくしかないんじゃないかなと。ただ、はっきりここ一、二年で見えたことは、衛星放送のことなんかも含めたテレビ局の戦略ですね。悪い意味ではなくて僕はそれは当然だと思うし、お互いが違うことをやっていくしかないんだなと。同じ戦略でやろうとしたら、多分組織と資本とをちゃんと持ってる方が強いはずですし、当然負けていくはずですよね、僕たちは。だからフジテレビがやった「パティオ』なんか、当然のことだと思うし、皆めちゃくちゃ悪く言うのかもしれないけど、僕はあれは当然のことだったなと思うんですよね。「高校教師」もそうだと思う。あんなことたくさんあったはずですしね、映画界って。TBSだってフジテレビだって、媒体メディアを持っていて、こっち側にもうひとつ似たような媒体メディアがあるんだったら、当然、越境を考えてしかるべきものだと思うしね。そのことを云々してる方が間違っていると思うね、僕は。
しかし、そうした現在の状況に対してはどこか壁を作るのが一般的だという気がします。榎戸 相米さんのチーフ助監督をやめて少しずつ外一緒にしてはいけないのではないか。の現場をやってて、ああいう場をたくさん作りたかったって思っていて、でまあ監督になったわけですけれども、ああいう場がたくさんできることによって映画がもっと豊かになったらいいんじゃないかなという感じはあったんです。だけどそうやってやってくうちに時代の方がすごいスピードで追い抜いてくんですよね。だから考えざるを得なかった。去年は一番そのことを考えざるを得なかった。九〇年代に入って特にそうだったなあと思う。「ありふれた愛に関する調査」の後にずっと考えてたのは、今の映画のなかで、じゃあどういう試行錯誤の仕方があるのか、それから自分の後に映画はどうなっていくんだろうということだった。目の端をスイスイ、違う光線が走っていくという感じがすごくしましたよ、実感として。今までの考え方を少しずつでも改めないと、これでは勝てないわという。
少なくともその外の光線を拒絶しようとはしなかったということなんですね。榎戸 映画が好きだからね。悪い状況のなかで仕方なしにやっていかざるを得なくなると、どうしても愛情を持てなくなるんですよね。それが一番僕はいやなんだ。案外お人よしだったり楽天家だから。映画の状況、悪くなるけれども、その悪い部分を蹴ってなおかつ内へ向かって仕事をしていくと、いやになっていくでしょう、人間って。そんなに強くないですもの、僕は。(笑)
その新会社というのは、株式とか有限とかの組織なんですか。榎戸 情けないんですが、そんな会社をやろうかと思ったら金がないんですね。やるにしても人を集めるにしてもどこかでリスクとメリットがないと続かないところがありますよね。仲良しクラブだったら多分二、三年は続くでしょうけれども、そういうことじゃない。どこにリスクを負って、どこにメリットを作っていこうかってちゃんと考えないとだめだろうと思う。リスクというときに問題は経済ですよね。経済というリスクを負うことだけはさすがに若い子たちには無理だなと僕は思った。だからまず自分が負おうかなと。それこそ有限会社で何百万ぐらいなんですけど。しかし多分、理想形ってないんじゃないかと思うんです。会社ですから、ある経営の組織の型をとりますが、相反して、個人というもの第一義に考えようというのがテーマなんです。個人の才能なんだと僕は思うんですよ、いろいろなことを進めていくためには。その才能を全部開花できる場をつくろうかなって。だからだれかと組みたいといったらべつに会社の人間じゃなくてもいいようにしないと、多分続かないと思うんです。だってこの会社だけが、豊かになるためだったら別なこと考えますよ、映画なんかやらないで。お金儲けするためには映画なんかやるつもりないものね。ほかのことの方が数段、金は儲かるもの。
再生産のシステム作り?榎戸 再生産って大切なことだと思うんですよね。一つの作品を作ったらもう一つ作れるようなかたちを残しておかなきゃいけない。
映画人としては結構思い切った発想ですね。榎戸 でもやっぱりそれを持たないといけないと僕は思う。
そうなんだろうけど、多分持たないですよね。守るところがまだあるんじゃないかというのがありますから。榎戸 その作家主義みたいなものってどうしても馴れ合わざるを得ないんです。外国から何かものを感じとるときに、作家主義とかそっちだけを見るでしょう。どういう状況のなかでその作品が生まれてきたのかということを割りと見逃しがちですよね。
榎戸さんが、いわば作家という自己同一にあまり執着がないということなんでしょうか。榎戸 違います。アイデンティティーは私の場の問題なのです。作家性とは社会の場の問題です。それを一緒にしちゃいけないじゃないかと。もちろん作家性というのを考えないことはないんですよ。出さないようにしたって出ちゃうもんだと僕は思ってるんです。個人の問題というのは意識しなくても出てきちゃう問題だと思うし、私は私というふうにやっていくと、私の集まりしかなくなって、他人が見えなくなってきます。
第一作から今度のテレビまでどれも必然的に榎戸耕史の像は出るわけですよね。榎戸 「ふたり・ぼ・っ・ち」を撮ったときから、コミュニケーションというのかな、私とあなたという関係を描くことを一つのテーマにしてきた。それが単純に一晩の男の子と女の子だったり、幼なじみだったり、それから男同士だったり、家庭のなかだったり、いろいろなかたちを変えながらなんとなく自分でやってきたこと、それは頭のどこかにあるし、自分がやろうとする時に必ずそういう視線が出てきちゃう。ただそれは、そうだそうだって言わなくても出てくるものだから、とりあえず描いておいて、いまやらなきゃいけないことをどう考えたらいいのか、というのが僕の思ってることなんですね。
単に経済的なパースペクティヴだけというわけでもない?榎戸 うん。分析はできると思うんですよ、あれが入ったとかこれが入らなかった理由は何だかって。そうした分析は今までだってやってきたことだけど、そんな問題じゃない、もっと根っこにある問題が多分いろいろあるんだと思う。それを探っていくとさっきみたいな組織になっていくんだと思うんですよね。僕なんかは、何が当たるかってあんまり考えない方でね。時代とか状況とかは絡んできちゃうわけだし。そうなると単一的な経済問題になる。お金持ってないわけですから当然スポンサー探し、営業ということになりますね。そのときにはやはりどうしても当たるものを、ということで考えていかざるを得ないのが現実じゃないですか。
もし新会社が無事成立して、対スポンサーということの戦略はなくてはならない。榎戸 当然あると思うんですよね。つまりは経営ということを考えなきゃいけないわけだから。映像関係の経営というのは、そんなに悪くないと思うんです。だってこれから映像がなくなるわけないし、ソフトの問題だって多様化する。ただクォリティーの問題はいろいろあると思うんだ。クォリティーの高いものが売れるということしセールスポイントはないんだと思うんです。今のままではクォリティーは上がらないということだと僕は思うんですよ。人が集まってつくるものでしょう。才能の問題もある。才能を豊かに育てること、楽しくおもしろくするためには、やっぱり人の力を結集していかなければいけないと思うんです。そのための場づくりだと僕は思うんですよね。だからはっきりしたセールスポイントというのは、たとえばこうやったら売れますよとか、こういう戦略でこうなんですよというふうなことは多分できないと思うんです。言えないと思うし。抽象論だけども、クォリティーを上げていくことと場を楽しくしていくことがまず第一だし、そこからしか多分良いものは産まれないというのが前提としてある。あとは映画や映像をどのくらい愛しているかという、そこを祈るしかないんですね、きっと。
榎戸さんのプロセスから言うとどのあたりでそういった転換が見えはじめたんですか。榎戸 テレビをやってからですね。最初のテレビはフィルムだったのでそんなふうに考えないで、まあ映画の予行演習でもするかみたいな、そんなこと言ったら失礼ですけれどもそんなつもりでやってましたけれども、それが終わってその後ビデオとかをやり出してからかな。つまり客ということとか視聴者ということとかなんとなく考えざるを得なくなった。映画を撮りたいけど、なかなか仕事がない。その合間にやってたドキュメンタリーとかで、あ、そうか、映像っていうのはいろいろな語り方があるんだなと、思いはじめた。
ドキュメンタリーってテレ朝の「ニュースステーション」で、榎戸 そう。そういうのとか、十分とか十五分とか、長いのになると三〇分とか。
そこでも榎戸さんは齟齬なく仕事ができるわけですね。榎戸 そうですね。
そのへんが違うのかもしれないですね。榎戸 うん。でもやれる人はいるんだと思うな。
そうですね。みんなカラオケやったりなにかやったりしてるのが一年の大半ですけどね。榎戸 そうだと思うの。僕らなんかが一番上限で、上の人たちはそんなことあまりしないし、まあやれる人も当然いるでしょうけども、あんまりそういうイメージはない。ついでにやるわけですね。なにか従来のイメージで言うと、映画の監督がビデオ撮る、テレビやると言っても、あくまで軸は動かないっていうことですね。
榎戸さんのお話を聞くと、軸自体がつまりだめなんだっていうことですね。ればいけないと思う。榎戸 そうですね。
軸を動かしていこうということのような気がするんですね。そこで、若い人たちの話ですけど、彼らは軸が動いていることに対応していきますか?榎戸 助監督やってる人たちというのはいろいろなことをやってても、僕なんかより軸がちゃんとしっかり映画になっちゃってるんですよ。僕は次の現場があるまで何か違う軸で遊んじゃったり、映画見てるとかしている。しかし普通の人は、Vシネマにしてもテレビドラマにしても、袖はやっぱり映画なんですよ。変えなければいけないのはその軸だと思うんですよ。たとえばドキュメンタリーだったらドキュメンタリーも軸になる。でもなかなか動かないんですよ、映画という軸がね。それは悪しき傾向だと僕は思ってます。だめだと思うんです、早く動かさないと。どこか恵まれてるのかもしれません。一方では、例に出して変だけども、たとえばカラオケなんかやったりなんかして一つのサイクルで動き出しちゃうと、そこから抜けられなくなるという怖さがあるんですよね。フットワークがいるんですよね、軸を動かすためのフットワークがね。言ってしまうと、歴史観と時代感覚だって僕は思ってるんですよ。どんどこ渡れるフットワークという意味の時代感覚ね。映画への歴史観を持たないといけないけれども、フットワークも必要なんですよね。時代感覚と歴史観を持って対応しなければいけない、というのが僕のコンセプトなんです。
単に撮影所システムを再生させるとかということじゃなくて、それをどういうふうに移動させるかということですね。榎戸 ええ、移動と移行の問題だと思いますよ。それはみんな考えてることなんだと思う。少しずつは動き出してるんだと思うし、多分内外を問わずそういうことを考えてる映画人なんてたくさんいたんだと僕は思いますね。
総体的な映像の拡張を見ていくということでしょうね。榎戸 ええ。そのことがこれからいい映像をつくっていく土壌になっていくと僕は思う。いいドキュメンタリーが生まれたり、いいニュースの映像が生まれることの方がいい映画の下部土壌になってくるっていうふうに僕は思う。いい映画一本の市場じゃないんだと僕は思ってる。いいものに向かうわけだから、客の心理というものは。それだったらこっち側の目を育てよう。そのために小さなものでもたくさん育てた方がいい、そういう戦略もあるだろうと。本当にこういうことなのかどうかというのは確信はないです、僕も。どうやっていくのかという戦略もなかなか立てきれないし、批評とか、流通を考えてる人とか、そういう人たちの意見はまだ具体的にはとれてない。
けっして大風呂敷じゃないんですよね。非常に順当な状況認識がそうさせているような気がするんですけどね。何かでかい組織を作ってやるぞみたいなことじゃなくて、必然的にそう考えざるを得ないってところもあるんじゃないでしょうかね。榎戸 批評とか出版、宣伝とか、稲川さんたちとちょっとお話したかったんですね。
僕があったらいいなと思うのは、ある意味では組合というか、個人がただその新プロダクションで何をやらせてもらえるのかということ。単なる人材派遣業であってはいけないんだけれども、そういう部分というのは持たざるを得ないと思う。榎戸 そうですね。
同時に個人個人が営業能力を高めて、こういう話が私のところに来たんだけれど、ちょっと個人では抱え切れないからこのプロダクションでやりましょうというようなシステム..榎戸 荻野君が言ったとおりだと思うんですよ。知恵の出し方があると思うんですよ。どうも今の知恵の出し方ってそうじゃないんですよね。経済という問題じゃない知恵の出し方をしてる。本当の経済効率というのは多分その知恵だと僕は思うんですよね。当たらないと思って作る人はいないと思うんですけれども、ちゃんとしたマーケティングなんかやってないと思うな。
いや、当たらないで欲しいと思って作ってるとしか思えない映画もあるわけですけどね。榎戸 知恵を使えばもうちょっとよくなるんじゃないかなと僕は思うんだな。そのときの知恵の使い方がどうも僕はあんまり動いてないんじゃないかなという気がする。だから今荻野君が言ったように、少豊かになってみようじゃないかということは思って当然だと僕は思うし、そういうかたちの知恵ってあんまり使わないで、すぐ、技術的なところに行っちゃう。確かにいいものはいいんだけども、単純にそれだけじゃないというふうなところもありますよね。なにか豊かになることを勘違いをしてるんじゃないかなという気がするんですよ。表面的に豊かな映画作りが増えてるみたいに見えるんだけれども、どうも思想が豊かじゃないような気が僕にはしていました。みんなが一つのスクリーンに向いているのかなというか、何か頭の隅の方に違うことがあるんじゃないかなと感じるのね。僕は、相米さんの現場でいつもスクリーンに向かえって言われ続けてきたので、多分そういう思考になってるんだろうと思うんですけれども。
大小の発想が相当強いんですね。そういうふうに見ちゃっている。榎戸 それはありますよね。特にアメリカ映画がその原因にもなってるわけだし、それで慣れ親しんだらやっぱりそう見ざるを得ない。
単位の数え方が全然違うんだろうという気はしますけどね。榎戸 現場の人たちも、単に職人のままであっては多分いけないんじゃないかなと思う。たとえば照明の人なんかにしても来た仕事を受けるということだけだと苦しいと思う。
個人に来た話がその新事務所へフィードバックしていくとかという相互流通が出来ればいい。榎戸 時代がきっとそういうふうに変えたんですよ、僕自身が変わったというよりは。僕なんかいつも外に視線がいってるもんだから結局自然にそうなってきたんだと思うし、今の若い子はみんな多分そう思っていますよ。照明の人だって、ただ当ててるだけじゃつまんないってあると思う。もうちょっと別のものを考えてるはずだし、実際に若い子たちと話しててもそう言いますしね。
そっちの方が自然なんですね。榎戸 自然なんだと僕は思うんですよね。映画に対するエネルギーとか愛情をどう再生産に向けられるのかというシステム作りが必要なんだと思う。そのために何をするのかってこと。今はどうもそういうものがどこかで中途半端に置き去りにされてるような状況じゃないかな。
そういった自然さがうまく回転しない。榎戸 回転しにくくなってるんですよね。なにかすごいきれいごと並べ立ててるみたいに自分でも思えるときがあるんだけれども、でも多分それしか方法はないのかなというふうにはすごく思っててね。
世代の問題ってかなり大きいですね。榎戸 大きいですね。世代問題っていうのが一番あったなあ。同世代の人間に話しにくいんですよ。
なぜなんですか。榎戸 お前、自分の映画、考えてろよっていうふうに言われそうな気がしちゃうんですよ。富樫(助監督)に言われたことがあるんです。榎戸さんの映画とその話の接点がないと言うんです。榎戸さんがどういう映画を作りたいのかというのと接点が結びつかないって言われたんですよ。そのときにびっくりしたの、僕。ああそうだ、もうこんなに何年も付き合ってる助監督さんともそういう違いがあるんだなと。だから映画を作るときに、僕なんかがやっぱり、自分は映画を作るときにまずそっちをつくっていかないと映画作りって多分だめになっていくだろうなっていうのが僕の映画のきっとかたちなんですね。なにか作家とか、自分の主義主張をアピールするのは、変だけど二の次三の次でいいんだっていう、そっちの方がもしかしたら今の映画のなかではすご大切なことなんじゃないかな。だから、まず神話から取り外さないといけない。映画っていう神話ももうぼちぼちやめようかって。前に脚本家の田中陽三陽さんと話してたら、映画がつまらなくなったって一時は言ってたけど、最近は映画が死んだってことになってきたなって。(笑)もっとおもしろいのは、きれいにフェイドアウトするのではなくて、死体に群がるハイエナのように映画を取り巻いているって。だからそういう意味では映画という言葉から僕らがイメージする観念を、過去の遺産をまず払拭しなければいけないと思う。
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