解説

「高畑監督の最新作をお届けします。
 『火垂るの墓』は野坂昭如氏が昭和42年に発表し、昭和43年に直木賞を受賞した同名の小説が原作です。 太平洋戦争の末期、昭和20年6月の神戸大空襲で母を失った、兄・清太、妹・節子の兄妹が、二人で生きようとしたけれども、力及ばず終戦後まもなく死んでしまう。 原作者野坂氏の体験をもとに書かれたこの小説は、発表当時大きな話題を呼び、何度も映画化が企画されましたが、昭和20年という時代を描くことが当時大きな話題を呼び、 何度も映画かが企画されましたが、昭和20年という時代を描くことが最大の難問となって、今日まで実現することが出来なかったのです。 今回はアニメーションの技術をフルに活用し、細部まで神経を注いだリアルな映像で戦火の街と兄弟のいたいけな生活を浮き彫りにしていきます。
 「昭和20年9月21日夜、僕は死んだ…」という清太の言葉で始まるこの映画は、この時代を教科書的に扱うのではなく、主人公と共に振り返ることによって、今の人々にも無理なく昭和20年の世界に入っていけるように構成されています。 空襲におびえ、明日の食べ物に苦労しながら、それでも妙にあっけらかんとしていた普通の人々。その中でいやなことはガマンしたくないと思った清太がたどりついたのは妹・節子との二人だけの生活だったのです。 そこで精一杯思うとおりに生きようとした二人に対し、時代は優しくなく、二人は死に追い込まれていくのです。
 いちばん楽しいと思った生活を始め、充実した時間の流れの中にいた二人のいのちの輝きを象徴しているのが、ほたるの輝きなのです。 この映画は、決して単なる反戦映画ではなく、お涙頂戴のかわいそうな犠牲者の物語でもなく、戦争の時代に生きた、ごく普通の子供がたどった悲劇の物語を描いたものと言えるでしょう。 そしてこの映画全体を支えているのが、日常生活のきめ細やかな描写です。登場人物の表情やしぐさがいきいきと描かれていなければ、映画が描こうとしている時代の奥行きが出てきません。高畑監督の演出も、その点に最も力が注がれています。
 この作品と同時上映の『となりのトトロ』にはいくつかの共通点がありますが、その一つは共に日本を舞台にしていることです。 これまでのアニメーションには日本を積極的に舞台にした作品はごく少なく、日本人の生活をきちんと描いたものはほとんどありませんでした。 今回の二本の映画は、失われつつある日本の風土と生活を正面から取り上げた作品として、その内容が、人間の生き方の最も普遍的な部分をテーマにしたものとして、大きな話題をよんでいます。」

    「火垂るの墓」と現代の子供たち 監督高畑勲

「池のほとりの横穴に、十四歳の少年が四歳の妹を連れ、ふたりきりで住んでいる。 七輪ひとつと布団蚊帳をもちこみ、冒険ごっこかママゴトか、枯れ木を拾って飯を炊き、塩気がたりぬと海水を汲む。池で体を洗い、泳いだついでにタニシをとる。
 時は夏。陽は天地を焦がし、雨は水面を叩き、滝となって流れ下る。たちのぼる蒸気、流れる汗。はげしい明暗が眼を射る天地に夜が訪れ、夏草におびただしい蛍が舞う。 兄弟は蚊帳のなかに百を超える蛍をはなす。淡い光にうかびあがるのは、まるで夢のような音のおもいで。昔といっても、それはひと月前まで続いていた・・・。
 身を寄せあう兄と妹がふたりきりで織りなす奇妙で切ない日常の世界。まわりにたちのぼる不思議なオーラ。
 しかし、ここは難破船のうちあげられた無人島ではない。 まわりには田畑がひろがり、人も居れば立派な家も沢山ある、池の土手から見下ろせば、眼下に街がなだらかにつづき、そのまま海へ落ちこんでいる。 街は炎天下の焼野原と、ひっそり昔ながらのたたずまいをみせる住宅地の一画とが交じりあい、しかし、そのあらわな断絶は、兄弟をおそった突然の厄災の前と後とが心のなかで決してつながらないのとおなじだった。 むき出しの高架線路ばかりが目立つ街を、川に沿ってくだり、三本の鉄道と国道を横切れば、かげろうの燃えたつ夏の砂浜に出る。
 昭和二十年七月六日より敗戦後の八月二十二日までのひと月半、父の出征中空襲で母を失った清太と節子の兄妹は、山腹の貯水池わきの防空壕に住み、この瀬戸内の街がふたりの生活圏、ふたりのシマだった。
 幼い妹に、ままごと遊びと実生活の区別がどのようにつくものなのか。それを教えるのは、容赦なくおそいかかる空腹。
 無人島ではない。人は大勢いた。人との接触もあった。配給米もうけとった。預金おろした十円札を何枚もポケットに突っこみ、兄は母の残した着物をもって買い出しにでかけた。 しかし、近所の人々は、水を汲む井戸で出会っても、兄妹の横穴を訪れることはなかった。中学三年生の兄を立派な大人とみなし、ふたりを独立した家族として干渉を慎んだのか。 ただみずからと家族のくらしに忙しく、兄弟をふりかえるゆとりを失っていたのだろう。 それどころか、兄がわずかな食物を求めて畑を荒らしでもしようものなら、たちまち殴る蹴る、そして警察に突き出した。
 空襲警報の鳴るたびに、兄は焼け残った街の一画へと出動する。すさまじい爆音爆撃機銃掃射の音の交錯するなかを少年は走り、退避中の留守宅へとびこみ、食べ物や交換用の衣類などを盗み出す。 空にB28の姿がきらめこうが、もはや恐怖はなく、ワーイと手でも降りたい気持だった。


 もしいま、突然戦争がはじまり、日本が戦火に見舞われたら、両親を失った子供たちはどう生きるのだろうか。大人たちは他人の子供たちにどう接するのだろうか。 『火垂るの墓』の清太少年は、私には、まるで現代の少年がタイムスリップして、あの不幸な時代にまぎれこんでしまったように思えてならない。 そしてほとんど必然としかいいようのない成行きで妹を死なせ、ひと月してみずからも死んでいく。
 中学三年生といえば、予科練や陸軍幼年学校へ入ったり、少年兵になる子供もいた年齢である。 しかし、清太は海軍大尉の長男でありながら、まったく軍国少年らしいところがない。空襲で家が焼けて、妹に「どないするのん?」と聞かれ、 「お父ちゃん仇とってくれるて」としか答えられない。 みずからお国のため、天皇のために滅私奉公する気概はまるでなく、人並みにはもっていた敵愾心も、空襲のショックでたちまち消しとぶ。
 当時としてはかなり裕福に育ち、都会生活の楽しさも知っていた。逆境に立ち向かう必要はもちろん、厳しい親の労働を手伝わされたり、歯を食いしばって屈辱に耐えるような経験はなかった。 卑屈な態度をとったこともなく、戦時下とはいえ、のんびりとくらしてきた部類に入るはずである。
 清太は母を失い、焼け出されて遠縁にあたる未亡人の家に身をよせる。夫の従兄である海軍大尉にひがみでもあったのか、生来の情の薄さか、未亡人はたちまち兄弟を邪魔者扱いし、冷たく当たるようになる。 清太は未亡人のいやがらせやいやみに耐えることが出来ない。妹と自分の身をまもるために我慢し、ヒステリィの未亡人の前に膝を屈し、許しを乞うことが出来ない。未亡人からみれば、清太は全然可愛気のない子供だったろう。 『よろし、御飯別々にしましょ、それやったら文句ないでしょ』『そんなに命惜しいねんやったら、横穴に住んどったらええのに』  浴びせかけられる言葉もそれを口にする心もたしかに冷酷そのものではあるが、未亡人は兄妹が本当にそんなことが出来るとは思っていなかったかもしれない。 清太はしかし、自分に完全な屈服と御機嫌とりを要求する。この泥沼のような人間関係のなかに身をおきつづけることは出来なかった。むしろ耐えがたい人間関係から身をひいて、みずから食事を別にし、横穴へと去るのである。 卑屈に自分にすがって来ることをしないこの子は、どこまでも憎らしく、未亡人は厄介払いしてもあまり良心が痛まなかった。
 清太のとったこのような行動や心の動きは、物質的に恵まれ、快・不快を対人関係や行動や存在の大きな基準とし、わずらわしい人間関係をいとう現代の青年や子供たちとどこか似てはいないだろうか。 いや、その子供たちと時代を共有する大人たちも同じである。
 家族の絆がゆるみ、隣人同士の連帯感が減った分だけ、二重三重の社会的保護乃至管理の枠にまもられている現代。 相互不干渉をつき合いの基本におき、本質に触れない遊戯的な気のつかい合いに、みずからのやさしさを確かめあっている私たち。 戦争でなくてもいい、もし大災害が襲いかかり、相互扶助や協調に人を向かわせる理念もないまま、この社会的なタガが外れてしまったら、裸同然の人間関係のなかで、終戦直後以上に人は人に対し狼となるにちがいない。 自分がどちらの側にもなる可能性を思って戦慄する。そして、たとえ人間関係からのがれ、清太のように妹とふたりだけでくらそうとしても、いったいどれだけの少年が、人々が、清太ほどに妹を養いつづけられるだろうか。
 物語の悲惨さにもかかわらず、清太にはいささかもみじめたらしさがない。ずっと背をのばし、少年ひとり大地に立つさわやかささえ感じられる。 十四歳の男の子が、女のように母のようにたくましく、生きることの根本である、食べる食べさせるということに全力をそそぐ。  人を頼らない兄弟ふたりきりの横穴でのくらしこそ、この物語の中心であり、救いである。過酷な運命を背負わされたふたりにつかの間の光がさしこむ。 幼児のほほえみ、イノセンスの結晶。
 清太は自分の力で妹を養い、自分も生きようと努力し、しかし当然、力及ばす死んでいく。


 何はともあれたくましく力強く生き抜く事が至上であった戦後の復興から高度成長への時代『火垂るの墓』の哀切さに心うたれても、そのあまりの悲惨な結末を認めたがらない人々がいた。  
 しかしいま『火垂るの墓』は強烈な光を放ち、現代を照らしだして私たちをおびえさせる。戦後四十年を通じて、現代ほど清太の生き方死にざまを人ごととは思えず、共感し得る時代はない。
 いまこそ、この物語を映像化したい。
 私たちはアニメーションで、困難に雄々しく立ち向かい、状況を切りひらき、たくましく生き抜く素晴らしい少年少女ばかりを描いて来た。 しかし、現実には決して切りひらくことの出来ない状況がある。それは戦場と化した街や村であり、修羅と化す人の心である。そこで死ななければならないのは心やさしい現代の若者であり、私たちの半分である。 アニメーションで勇気や希望やたくましさを描くことは勿論大切であるが、まず人と人がどうつながるかについて思いをはせることのできる作品もまた必要であろう。」

    テーマはこころといのち プロデューサー 原徹

「高畑氏の演出する『火垂るの墓』は野坂昭如氏の直木賞受賞作品の一つであり、敗戦の日の前後の約1か月半を舞台にした幼い兄妹の哀切無限のドラマである。
 兄妹は焼土の中で生き、薄い人間関係の中で餓死する。それはこの飽食の時代に想像を絶するであろう。高畑氏はこの原作のアニメ化のモチーフとして語る。
 『アニメーションで勇気や希望やたくましさを描くことは勿論大切であるが、まず人と人がどうつながるかについて思いをはせることのできる作品もまた必要であろう。』
 宮崎氏がそうであるように、高畑氏もアニメーションの手法をもってアニメーションの領域を拡大し、また越えようと挑む。 そしてアニメ観客の対象は一部のアニメファンだけでなく、どんな人にも観てもらいたい。それに耐えるものでありたいと願う。  『火垂るの墓』は観ることもなく単に暗いと口過されるような作品ではない。
 これはいのちのドラマである。
 アニメーションの持つ絵画性を模索、駆使して、いのちの尊厳に迫ろうとする。 暗闇だからほたるは輝きを増す。焼土に生きるいのちだから一層輝く。 豊かな物質と人間が関わり合う現代。色褪せていくいのち。『火垂るの墓』はほたるの光に似て、消えようとするいのちの焔の最後の輝きを描き、悲しみのなかに心にしみいる感動作品となるであろう。
 『となりのトトロ』『火垂るの墓』――この二作品は今日その在り方が問われている。『こころといのち』のテーマをアニメーションという手法で万人に問い、 二作品は二つのばちとなり観客のこころに打ち響くであろう。
 テクニックのみに走るSFX映画のこころのなさ、サスペンスだけのホラーもの、スペクタクルのみの戦争もの・・・それらと全く異なった人間の体温のある作品である。」  


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