高橋 いつ知ったかちょっと記憶がないけど、警察で尋問されているみたいだな、(笑)テレビの中継が始まってたから、夕6時のニュースぐらいじゃないですかね。そのときには、銀行なんてけっこう多いしね。またドジなのがひとり出てきたなと思ってた。どうせ殺されるだろうと思ったしね。それほど、こういう事件に対不感症になってますよね。反応はその程度です。あまり興味をひく出来事じゃなかったですね。でも、どういうわけか、NHKのテレビはひと晩中見ていた。時代の背景とか世代で処理してる人もいるけど、そういうものは全然ないと思うんだ。こういう事件はいつの時代にも起きてるし、いつの時代にもこの辺の年齢はみなやるし、あまりそういうところから新しいも出てこないと思いますね。
長谷川 まるで逆だなオレと。わりとオレは面白がるんですよ、すぐこういうのは。こういう犯罪は情緒不安定な人間がやるわけじゃない。オレはかなり情緒不安定な人間だから、同じ傾向の人間で、すごい人だなあっていう気持になるわけだね。オレなんか、ここんところタクシーけとばして留置場に入るくらいだけど、この人はその程変じゃないわけだ。(笑)今回、最初から同情の余地なしという感じで報道されているね。こいつには。そうするとますます、梅川がんばれ!なんてなったりするわけだよ。そのくせ釘づけになって見てるんじゃなくて、ずっと麻雀してたけどね。アンをひと晩半くらいやってでさ、麻雀のほうが結局は大事だったわけだ。要は自分がやってるんじゃないんだかだけど、うちに電話して、ビデオ撮っとけって言ったな。あとできっちり見ようと思って。常に理的、非的な思い入れみたいな気分がオレの中にあって、客観的には見れないね。何でもいいからもっとやれ!みたいな感じね。こういうことはもっと上手に言わないとヤバイんだよね。(笑)
三田 ぼくね、夜中仕事をしながら興味をもってずっと、朝もテレビをかけてずっと見てたんだけどね。あとの新聞報道を読むと、いちばん面白いのは、面白くはないんだけども、銀行に対して異常な憎しみみたいなのがあったんじゃないか。客の中にも女はいたんだよね。単なる色情狂みたいな人だと、女はみんな裸にしちゃうと思うんだ。そうじゃなくて銀行員だけ裸にしてるってことは、いわば銀行は一種の"力"だろうって認識があったと思うの。この人は高校1年で中退してるのかな。片親なのね。いわば社会の中で、たとえば大きな会社に入ろうと思っても入れない生い立ちですよね。いろんなことが人生の中であったと思うの、とくに、たとえば銀行なんか行ってさ、ぼくなんかでもジーパンはいて100万円おろしに行くと、女子行員が白い目で見るわけ。ちょっと待ってくださいって言ったりするわけ。そういうのがあると、やっぱり銀行は権力の象徴みたいなとこだよね。そこで1か20歳の女の子が受付にいるわけだけど、そこに座ってるとも権力の手先みたいになっちゃうわけね。役人や警官がへんにイバってるのとまったく同じなんだ。そういう権力、および権力の手先になってイバってる人間たちに対する憎しみがあったと思うの。ただ。権力を憎むというのは、共産主義とか平等の精神じゃなくて、自分が権力をもちたいという気持の裏返しなんだね。彼がマルクスを読んでいたというのも、いま権力をもっていない自分にも、権力を持つ権利があるんだ、といったことを、裏打ちしようとしたんじゃないかな。要するに自分のことしか考えてないわけ。銀行に押し入る前にパーマかけに行ったりして、かなり自己顕示欲の強そうな人で、麻雀も大物ばかりねらってたという人だから。だけど現実には組織の中で合法的な権力を行使できる場がないわけで、そういう権力への意志みたいなものが鬱積してて、それで結局、銃さえあれば最終的に人間を意のままにあやつれる、そういう夢を抱いたんじゃないかと思うね。だから、最初は確かに金がほしかったんだろうけど、いったんああいう状況になっちゃうと、自分の意志で思うままに人を動かすという、その快感に酔いしれてたみたいな感じがするの。
警官が簡単に殺されたのは犯罪者をなめてる証拠
長谷川 それと似たような意味で、オレたち、この野郎ぶっ殺してやりたいっていうやつがつねにひとりやふたりはいるわけじゃない。今は人を殺すのは根源的に悪いことだという価値観があるみたいだけど、オレは、そうかな、というのがだいぶあるわけだ。殺したって仕方ないじゃないかって言うとさ、またあとでつらいけど、そう言ってしまいたいところもあるわけだよ。だって、アメリカで市民レベルで銃が何千万挺かあるっていうのは、そういうことだろう。日本はピストルと刀は上の者にしか持たせない国だから、要は秀吉の刀狩り以来、おらっちはそういうもの持ったことがない。持つだけで犯罪者なんだから。うるせぇ、こっちにも持たせろという感じは、オレなんかはかなりあるね。
高橋 面白いのは、銃とかナイフでも持っていると、人間というのは自分が大きくなった気がしますよ。それがまた自由に使い理論でこなせるという陶酔感みたいなものがあると、これはちょっと離せなくなっちゃう。
長谷川 基本的にさ、人間もアニマルの一種に違いないから、闘うための武器を持ってる状態のほうが当り前なんだということはないのかね。
三田 アメリカだったら、権力をかさにき非道なことをやると、下層の人が怒ってピストルなんかでパーンと撃っちゃうと、そこで強者と弱者の立場が地ならしされちゃうわけね。そういうおそれがあるから権力もってるヤツらも用心するわけだけど、日本はいくら悪いことやっても殺されないという意識があるからさ、わりと権力者はいばっているんだし、ひどいことするんだよね。
長谷川 こんなにコントロールしやすい国民ってないよな。今度も最初に突っ込んでいったおまわりふたり殺されてるだろう。「オイ、おまえ、やめろ、手を挙げろ」って言ってさ、バーンと撃たれて殺されてるわけだ。やっぱりそれは、なめてるよ、銃をもってるやつに手挙げろといって、すぐ挙げると思うのがさ。
高橋 犯罪者をなめてるっていうのは面白いですね。
長谷川 要は、あまりにコントロールしやすい国民なので、やっぱりコントロールしてるやつがなめてるよ。「なめるな」ということをこういうふうにしか言えないのが、おそらく1979年の現在なんだ。高橋さんが、いや、それはいつの時代にもあったことだということと、オレは多少そういうことで違うと思うわけだ。
今日のメンバーは、高橋さんと三田さんが梅川と同じ昭和28年生まれの30歳。まだ来てないけど、つかさんも同じ。長谷川さんだけが昭和21年。確かに、高橋さんがいうように、世代論で割り切れる問題じゃないけど、30年の人生の中で、どこかで梅川とすれ違ったなァという、実感みたいなものありませんか。高橋 襲撃事件はいつの時代にもあるし、現代が特殊だとは思えない。それに、人間を国民と呼ぶ権力者側は、やっぱり、人民をなめているよ。
20代と違って社会的に安定してない30歳はきつい
長谷川 30というのは何かあるよ。わりと大人に安定しちゃったやつと、もうがまんできないというのと、かなり離れている年齢なんじゃないかね。金ということもあるけどさ、それはたいてい2番目であって、自己表現できてるかどうかだと思うよ。こいつ(梅川)は有名になりたいと思っていた、きっと。有名というのはさ、自己表現のひとつだよ。オレはここに生きて、こういうことを考えてる人間だということを他人にわかってほしいというのは、理解されたいということね。独りじゃさみしいから。他者に理解されたいから表現するわけよ。そうじゃなきゃ、オレたちだってつくったものを発表する必要ないんだから。
三田 平の銀行員でも、たとえば映画監督が借りにきてもじらして貸さなかったりすることで、自分は何者かであるということがあるじゃない。この人は何もなかったけだよね。
長谷川 この人もバカじゃないからさ、車乗って、スケを連れたりなんかしてるのは全部ウソだというのは、本人がいちばんよく知ってたわけだろう。三千綱なんか、物を書いたりすることに入ってなきゃ、それでも何とかやれてたような気するかい。オレその辺思うと、あんまり自信ねえわけだ映画やれてなかったらどうなってたろうと思うとかなりサムイぜ。
高橋 まあ、書く前も同じような感じだからね。結局、何ていうかな、悲観とかミエがなかったせいかな。ポン引きやったり競馬でぐったりしても、のどかな気分だった。それに、なんでも真剣にやったと思うよ。
長谷川 ただ、そのときでも、オレはそのうち書くぜという、基本的な自分のラインナップみたいなものがあったわけだろう。
高橋 それはあった。ギラギラして、それでいて暗闇で生きているところがあったね。だってわれわれには、25ぐらいまでだったら、いずれベストセラーを書いて、それでワッとやればいいんだという気持というのはあるでしょう。ところが、30すぎて、40という年がくるのが見えると、いずれベストセラーを書いてとは、あまり言ってられない。それに、仕事上の理想が、実は夢だったと知るようになるね。
三田 やはり30すぎちゃうと自分の先が見えてくるということがあるね。
長谷川 オレは単純に20代で(映画を)撮るということに、わりとこだわっていたわけだよ、気分として。単純に、30の新人じゃ誰も見てくれないと思ったね。それはも18ぐらいのときから、物書きはどうもひとりで、きつそうだし、だけどサラリーマンはできそうもねえし、音楽は挫折しちゃったし、それじゃ映画監督して騒いでればいいぞという感じで。これは面白そうだというのがすごくあったわけよ。要は、オレはそうやって楽になったわけだよ。カタつけたかったわけ、自分の可能性に。やつは15のとき殺人やって、少年院行ってカタつけたわけだ。要するに、不良になるぜ、というふうな。その手の人間というのはたいていヤクザの組へ入るよ。広島で育って、大阪へ飛んで、殺人の前科を持ってりゃ、組へ入るよ。梅川は入ってないわけだよ。それは、きっとプライドが強いんだよ。おそらくヤクザの世界というのは、運動部と一緒で、1年生はもう奴隷だからな。オレはおまえらとは違うよという、そのプライドはかなり強いなこの人は。
高橋 プライド高いし、広島に帰るたびに近所隣にまでお土産くばって歩いてるとこなんか見ると、故郷に錦を飾らなきゃ、みたいなところもあるし、わりとものごとをキチッとやらないと気がすまない人なんだよ。むしろある部分、怠惰な人のほうが、こういう事件は起こさないかもしれない。
長谷川 そうだよ、怠け者じゃないんだよ。オレなら、あんまり借金がうるさけりゃ、引越しでもしてフケちゃうとかさ。
三田 多分そういう気分転換ができないタイプの人なんだな、この人は。
高橋 だから人質を使いに出して方々借金返しに歩かせたりさ。そのあたりは身につまされるな。
長谷川 だから、それにこだわったというのは、やつのプライドであると同時に、そういう形でしか他人との接点を持ちえなかったんだな。麻雀とかバクチっていうのは、他人とやるけど独りぼっちなんだね。それが何か心地よいのな、結局。
同席すれども連帯せず、ね。梅川もね、三日徹マンは大丈夫だと。それで非常に無口なんだって。三田 あ、黙々と麻雀やるタイプなわけね。三千綱みたいにしゃべりながらやらないわけだ。
長谷川 あ、そう。その辺もオレと違うんだな。オレは麻雀なんか騒いでやってるほうが面白いわけ。
三田 ぼくは黙々とやる方だけどね。ヤバいね。(笑)黙々と麻雀打つ人ってのはシンパシーがあるね。黙っているのも、一種の自己顕示欲なんだね。ずっと黙ってるけど、役つくって、ワッとおどかしてやりたいみたいなさ。それが昂じて、今度も、ワと銃持ってこうおどかしたんじゃないかな。
この昭和28年生まれの前後というのは、堺屋太一さんのいわゆる“団塊の世代”ですよね。そこに普通の世代論とは違う何かがあるという気がしませんか。長谷川 どうなんだろう。たとえばオレの年はエアポケットみたいにいちばん低いときだった。2014年の早生まれだから、20年の4月から2年の3月までの間がオレらで、グラフを見ると、最低だよ。上からも下からも「おまえらは人数が少ないから受験が楽でいいな」といわれますよ。正直に、もうけたみたいな感じがあったな。オレらは5クラスしかないのに、2級下、3級下は倍以上の1クラスあるんだから、こいつらキツイだろうなと、やっぱり単純にそう思っていた。そういう意味では、この人たちの世代がガキのころからきびしい生存競争に巻きこまれたというのは、何かのベースにはなってるかもしれないね。
その生存競争も、まともなことやってちゃ目立たないみたいな。高橋 銀行の女の子の話で、ピストルの弾を出して、これは自殺用だなんて彼は言ってたらしいけど、あれはひとつの密室でしょう。あの銀行には、どういうわけかモニターテレビもなかったらしいのね。たとえば、警官が一言、「君の行為はテレビカメラで全国に中継されてるぞ」といえば、彼だったらコメカミに銃を当てて死んでるかもしれない。彼は密室だから自決はできなかったね。
長谷川 やつが、自分がトップ記事になっ新聞を見ながら撃たれたというのは象徴的だよ。何となく死ねそうな気になったんじゃないかな。
切ってこい耳を切れ―このことにいち番リアリティを感じる
高橋 最初の話に戻るけど、ぼくがこの事件に興味なかったといったのは、誰かに自分もそういう行為を起すかもしれないけど、それは自分が起すんであって、人が起した場合はあまり興味ないんです。それがひとつ。もうひとつはね、被害者として殺されてる側にあるかもしれないということね。これも自分が免れたときは死んだやつがドジだみたいに見えてくるけど、そういうもって常にあるんだな。
長谷川 きょう出がけに映画のスタントマやってるやつとほかの話してて、ちょっとその話になったんだけど、あのときに、猟銃で肩を撃たれて倒れている同僚の耳を切れといわれて切りに行ったやついるだろう。あの立場になったら、というのがオレの中になかったわけだ。おまえ、あれの耳切れっていわれたら、オレたちどうしたかなあって話を、ちょっときょうしたわけさ。これはちょっと即答できなかったね。コワかったよ。それを考えると、やっとリアリティがあるわけだよ。ただあそこにいるだけなら、オレはキっと見物してたね。だけど、耳をって言ったのかな......。最初はトドメを刺してこいとにかく、そういってナイフ渡されたらどうしたか、これはかなり即答できないね。たいていだけど、その人のしたこととチョボじゃないのかね。ナイフ持って犯人を殺しに行く元気、たいていないぜ。オレは最初この事件に存在を問われたという気はあまりしなかったけども、ナイフ持ってトドメを刺せという人間になったらどうだったろうと思うと、多少の存在を問われるわけだ。それで、やや慄然としたわけだよ。
三田 そういう血なまぐさいことはめったにないけどさ、血を見ないだけで本質は同じようなことが普通の社会でもよくあるじゃない。会社で首切りがあったりするときに、社長命令で人事課長とか、係長とかが首切ったりするわけでしょう。交通事故の遺族に示談に行く人なんかもそうだよね。そうすると、いろんな社会の局面で人殺しに等しいようなことを業務命令でやる人が出てくると思うのね。その構図と大して変らないのね、猟銃つきつけられて切っちゃうのと。人間てのは、要するに命令を受けたらやるしかないわけよ。自分のこととか、その周囲のことを考えちゃうと。そういうところで、社会の断面みたいなものが圧縮されてこの事件でパッと出てきたって感じがするね。
長谷川 職場の仲間同士というのは、いつも裏切らずに一緒に仕事をしているんだという顔をしてるわけだろう。それに「おまえ耳を切れ」と言ったら切ったわけだ。そこで梅川というやつがもうひとつコワイのはおまえを殺すと言ってないわけだ。やらなきゃこの女のコを殺すといってるわけだ。耳を切った銀行員は、自分が殺されるというんなら、ひょっとしたらギリギリまでがまんしたと思うんだ。この子が殺されるというんで、切る理由ができたわけだ。もうひとり死者が出るよりも同僚の耳を切るほうを選ぶというエクスキューズがさ。やつその思考回路を無意識に知ってたわけだろう。
高橋 梅川という人は、自分がそういうふうに言われたらやる人なんですよ、素直に。行為をやらされた銀行員は、梅川が鋭く自分と同じ性格みたいなものを見抜いたとか、そういうものがあると思うね。
長谷川 うーん、そうかな......。やつがいちばん見たかったのは、それを泣きながらやるやつなんだよな。ざまあみろ、やるじゃないか、おまえ、というさ。今の社会の秩序安定を保っているものは、たとえばそういうヒューマニズムみたいなものとするか、ある種の。それをやつはぶっこわしたかったわけだ。それはすごいと思うよ。最低限おらっちは自分の内部で耳を切ったか切らないかくらいは考えて損はねえんじゃないかって気はするぜ。三田さんならどうだった?
三田 ものすごく恩のある人とかいうなら別だけど、この場合、単なる同僚とか先輩程度でしょ。やっぱり、切るだろうね。
長谷川 切るかね、やっぱり。切らないと言うと、切らない理由がいるからだ。
高橋 でも、わかんないですね、ナイフを持たされたとたんに刺し違えるかもしれないし。
長谷川 どうかなあ・・・・・・。ほんと、オレはわかんないよ。かなりわかんないね。たとえば、オレであれば、オレは野次馬でここに上手にいればいいなんて、たいていそのときは思ってるわけだよ。野次馬が突然主体者になれっていわれるわけじゃない。これは怖いぜ。そういう視点くらいじゃないですか、梅川というあんちゃんがおいらにある種のショックを与えたのは。この事件を自分に引きつけて考えてみると......
(つかこうへい氏参加)
長谷川 今の話だけどね、つかさんはどうかね。やっぱり耳を切るか。
つか 耳をそぐというのはさ、オレは梅川をして耳をそげといわしめた感覚なり背景、そして銀行での状況に興味があるんだけどね。でも、それをオレがやるとかやらないとか、別に意味ないと思うんだけどね。
長谷川 オレはそれが唯一の意味だと思うんだよ、やるかやらないかが。ナイフを持たされているわけだ。だから、自分が死ぬ気になれば、耳を切りにいかなくてもすむわけだ。それか、耳なら切ったって死なねえよと、切るか。
つか まあ、切るだろうな。
長谷川 切る。切れるな。
つか しつこいね、あんたも。
長谷川 泣いてするんだよな、こいつは。ごめん、ごめん言いながら。
つか それはそうするだろうね。オレの気持わかってくれ、みたいなことを切々と言いながら、切るだろうね、それは。
長谷川 切るほうが常識的なんだろうなあ。現にこの人は世間で糾弾されてないんだから。だけど、そんなことを計算してやったんじゃないんだろうな。単純にもうそれ以上思考不可能だったわけだよ。しかし、思考不可能で泣きながらやるんじゃさ、要するに梅川に負けじゃねえか。梅川は体を張ってるわけだ。体張ってるやつがいちばんえらいわけですよ、オレに言わせれば。やっぱ、オレは、耳そげっていわれたときできないと言ってさ、女子行員をやつが殺したら殺した瞬間にでも飛びかかろうかと思ってて、飛びかかるかどうかっていう程度の人間だろうと、自分では思ってるよ。耳はそげないさ、やっぱりオレは。そげないぜ、おまえ。
高橋 オレ、だけどそういうときさ、やっばしそげるんじゃないかっていう気がする。それでさ、オレは泣かないんじゃないかと思う。たとえ被害者でも、悪役にならざるをえないときがあるよ。
PBつかさんは、どういう状況で事件を知り、とっさに感じたことは何ですか。長谷川 ぼくは「梅川、やれ」と言いながらね、ろくに見ずに麻雀してました。そういうリアルな話をしてください。
つか オレはヤバイなあと思った。どこかひっかかっとこうという卑しさもあったね。これに関して、オレは、ごく常識的な銀行強盗でき、5千万とってとにかく逃げて、3万ぐらいの借金を返して、あと2千万ぐらいをおふくろにやって、幸せになってもらってとか、そういうこと梅川は考えてたと思うんだよね。あるいは、うまく捕まって、借金してる人たちに、オレはここまでやったんだ、オレの誠意わかってくれ、みたいなことも考えられないことはないと思うんだよね。それで、若い行員に「冗談はやめろ」って言われたところでさ、とにかくっちゃった......。
長谷川 そういう理づめの連想はユニークだと思うし、リアリティあるよ。だけど、それはあったとしても2割くらいじゃないのかね。それが100%だとしたら、「やめろ」って手出されて、撃てないって。
つか そうだな、ま、それはおいといて、とにかく撃っちゃった。これはアクシデントでも何でもいい。バッとやられて、手がいって撃っちゃったということも考えられるね。それでろう城して、また、4人殺したということにおいて、非常に罪悪感を感じたと思う。これをクレイジーとして割り切ったらもう別だが、クレイジーということにしたら、オレもヤバクはないね。常識人として考えて、そうなると、どこで自分のいさぎよさを見せるかだよね。そこから「耳をそげ」と出ちゃったと、これはわからんね。しかし、わからんとオレが頭かいていても、もし目ん玉だったらどうする、となっちゃうし。
長谷川 なんでそう解説的なのかというのが、オレは足がかゆいわけだよ。これはこうも考察できる、ああも考察できるといったって、面白くも何ともないんだよ。オレたちは犯罪評論家じゃないんだからさ。要するに主体者の話をしたいわけだよ。オレたち、正直な心情を言うために来たんだからさ、上手にいう必要ない。正直に言っちやえよ。
つか 心情を言うために来たんじゃないよ。
長谷川 じゃ、何だよ。
つか オレが自分のものさしで想定できる範囲のことをまず考えようってわけだ。
長谷川 それをオレは心情と言ってるんだ。それいわなきゃ、体張って殺したヤツにも、体張って殺されたヤツにも失礼だろうが、酒飲みながら、解説してりゃすむってほどエラくないぜ、オレたちは。
つか ......もうオレ、帰ろうかな。
長谷川 オレ、おしゃべりだからさ。これからもう15分黙ってもいいから何か言えよ。オレは「やれやれ」と思った、三千綱はつまんねぇと思った、つかにはどう思ったか......。
つか つまるとか、つまんないとか、そんなところから話し始めてもしかたないと思うんだ。想定できる可能性、想定できる日常性への引き戻し方というか......。まず、4人殺した。4人も殺しゃあ、「オレはもう死ぬぜ、死ぬつもりだ」って台詞はでるぜ、またそういわなきゃ4時間も人質の目線の中で耐えられなかったと思うんだ。「最初の殺人はただ手で払いのけたアクシデントで、次の警官は銃を向けてきたんでしかたなく、ただあのときのオレのいうとお金さえ出してりゃ、こんなことにはならなかった」と、必死に殺人の正当性を唱えてたと思うんだ。「しかし、オレは死ぬつもりだ」ということを念仏みたいに、必死に唱えてたと思うんだ。だけど、死ぬつもりだったってのはウソでそれでも、4人殺してもなおかつ人間は逃げようという力ってのは働くと思う。こういう仮定の、まず、集められるだけの事実にもとづいて仮定をたてていきその結果、面白いか面白くないかというのが、出てくると思うんだがね。
長谷川 オレはデータと関係なしに面白いわけだ。何が面白いかっていえば、やつは非常に単純な論理を一個だけ持ってるわけだよ。弱いやつが強いやつとけんかしてんだよ。これはヤツがガキのころからきっとそうなのよ。だから片親の人は手を挙げろと言いさ。それは世間のヒューマニズムと同じことだよ、マスコミがつくった。それが非常に面白いわけだ。オレがトチ狂って犯罪者になればだな、あの程度のことを言うだろうというリアリティがあるわけだ。
つか でもね、あいつが、片親の人は手を挙げろと言ったとき、この野郎は地に堕ちたという感じもあるよ。
長谷川 いや、それを言うからさ、やつはリアリティがあるんだということがあるだろう。だって、こいつはフィクションじゃねえんだよ。
つか でもさ、そのフィクションじゃねえんだよっていうのを力説するけどね、これはフィクションだよ。これはオレにとっちゃひとつの芝居、と考えなきゃ、4人も殺した現実にたち打ちできんと思うんだよ。そして結果的には、オレたちはライバルとして、これは事実なんだってって、おびえながら話し始めないと成立しないよ。
長谷川 だから、そういうふうにカッコでくくって物を言ってたら、このことを話してることにならないんじゃないかというのが、オレが最初から言ってることなんだよ。
つか 動議。
長谷川 つかさん、どうぞ。
つか イエス、ノーでね、梅川、もっとやれ、もっと殺せと、ほんとに思った?
長谷川 思った。
つか ありがとう。動議終り。
長谷川 そう言いながら麻雀をしてるわけだよ。そうすると、オレは非常にふまじめなわけだよな。自分は何にもしてないんだからさ。何もしてないけども、「もっとやれーっ」というのはひとつの権利だというふうにさ、今やオレは言わねエとしゃあねエという気がしてるわけだよ。 戻る