イギリス大使館焼きうちゲリラとスパイ粛清事件での殺人罪によって、23歳から1994年11月8日まで12年間獄中生活を送ってきた、作家であり新右翼の一水会議長でもある見沢知廉氏。片や学生運動が盛んな頃、頭脳警察というバンド名で、「世界革命宣言」や「赤軍兵士の歌」、「銃をとれ」などの過激なアジテーションロックをシャウトし、アルバム1枚目と2枚目が見事に発禁になったパンタ。このコッテコテな確信犯二人が、三時間以上もの間、やはりコテコテにあぶない話をくりひろげてくれた。左右の思想のことから、よど号ハイジャック、北朝鮮、オウム、公安、自衛隊、CIAまで飛びだしたのだが、お二人には悪いがそこらへんはすっとばし、見沢さんのゾク時代と中での体験に焦点を絞ってみた。

パンタ いやぁ、しかし面白かったね。この本(「囚人狂時代」をバンと置く)オレ一気に読んだ本って、最近なかったけど、もうこれは本当にあっという間だった。

見沢 そうですか?(笑)有難うございます。

パンタ でも、何がこんなに面白いんだろう?本当は1年間の監獄暮しなんて、辛く悲しい物語なはずなのにさ、何だか全編に明さがあるし、もちろんペーソスもある。

見沢 うーん。そうですね。あんまり悲惨な話は避けたんですよ。そういう話を延々読まされても、読者は面白くないんでしょう?

パンタ そりゃ、そうだな。しかし、こうして見ると(著者紹介を読む)、華々しいというかまったくすごい経歴だね。

見沢 アッハッハ!

パンタ おれさ、一水会会長の鈴木邦男さんを知っているんだよ。NHKで「朝まで生テレビ」みたいなことをやった時に、司会がコータローとか鈴木さんとかオレが呼ばれたんだよ。

見沢 あぁ、それで知っているんですか。

パンタ その日、朝が早いんでNHKの近くのホテルに泊まってたら、そうしたら右翼の街宣車がうるさくって、一睡もできなかったんだよ。スタジオにいって、そうこぼしていたら、鈴木さんが「あぁ、それウチです。言って頂ければ止めさせましたのに...」って言うんだよ。そんなこと言ったって、その時は面識がないっつうの!

二人(爆笑)

パンタ それで、今回の対談決まったときに見沢クンの経歴聞いて一応ことわりを入れねばと思って、鈴木さんに電話したんだよ。

見沢 それは知らなかったなぁ(笑)。

パンタ だって、こう言っちゃなんだけど、(篭もりながら)やっぱり、殺人犯なわけで

見沢 (平然と)そうですね。

パンタ そうしたら、鈴木さんが「大丈夫です。多分すごく気が合いますよ」っていうから、今日は安心してきた(笑)。でも、オレのまわりにも東拘(東京拘置所)帰りはいっぱいいるんだよな。そいつらに今回の対談の話したら、「いやぁ、東拘が小学校だとしたら、千葉刑は大学院ですよ!並みの人じゃないでしょう」っていうからまた、ビビっちゃったよ(笑)。

見沢 いやぁ、大丈夫ですよ。別に普段暴れるわけじゃないし(笑)。オレの場合スパイ粛清という事情があって、義憤にかられてやってしまったことですから。

パンタ そりゃあ、あの時代はやるかやられるかっていうギリギリの所で生きているっていうところがあって、何があってもおかしくはない。オレだって、監獄に入っていたかもしれないっていうのはあるんだけど。

見沢 そうでしたね。それで、1年刑務所に入っている間、こっちは政治のことばかり考えている。だから、出てきたらもっと世界的政治革命が出来るかと思っていたら、現代世間の人はまったく政治に関心がない。がく然としましたね。

パンタ しかし、これだけ経歴と見た目のギヤップがある人も珍しいよな。極悪犯ばかりが入っているという千葉刑務所に12年も居たって言うから、どうしてもがたいがでかくて人相の悪い、言ってみれば安部譲二みたいなのがくるかと思うじゃない(笑)。

見沢 よく言われますね。東京拘置所に入った時も、向かいの囚人が「にいちゃん、何やってきたの?」って言うから、「スパイ粛清の殺人とイギリス大使館火災ビンゲリラだよ」って言ったら、「ひゃあ、その顔だからホストかなんかだと思ったよ」って(笑)。

パンタ そうだよな。本当に二枚目だもんな。結婚詐欺とかならわかるけど(笑)。

見沢 そんな過激な奴には見えない?

パンタ 見えないよ?元々、なんでこういう道に入ったわけ?

見沢 小学校の高学年から、政治に興味を持ちまして・・・・・・

パンタ 小学校から政治ね。普通のガキは野原を駆け回って、真っ黒になって遊んでるというのに(笑)。頭が良すぎたんじゃないの?本にIQ140以上だって書いてあったじゃない。

見沢 ああ、あれは刑務所の分類課で検査した時ですね。確かに小学校の成績は良かったんですけれど。

パンタ それで、中高と早稲田だろう?超エリート路線じゃない?

見沢 でも、中学の時に友達の親父が既成右で、その活動を手伝い出したんだけど、内容が伴ってなかったから失望しちゃって、そこから非行に走っちゃって万引きやカツアゲでパクられました。

パンタ そこからは非行街道まっしぐらか?何が君をそうさせた!(笑)

見沢 そうですね(笑)。高校まではわりと家庭が良かったんですよね。親父はTVの制作なんかやっててリッチだったし。ところが、事業に失敗して両親が離婚して、一家はバラバラ。オレは登校拒否になって、家に篭もって文学や政治の本を読みあさりました。

パンタ 思春期の家庭環境の変化って、やっぱりダメージきついよな。

見沢 それで、たまに学校にいけば学校中のガラスを叩き割る。ついに高校二年の学年末試験で、教壇に登って試験用紙を破って教育批判をしたら、ソク退学ですよ。

パンタ そこはオレに似てる。オレも海城っていう進学校なんだよな。進学校って、やっぱりどこかでストレスが溜まるじゃない。それが妙な形ででるんだろうな。オレも高校一年の時に、仲間の争いごとに巻き込まれて退学になったんだよ。退学仲間だな(笑)。

見沢 でも、早稲田の不良なんて学年に2、3人しか居ないし、しかも見かけだけ。ところが、定時制に移ったらそこはヤンキーの溜り場!(笑)。何せ七割はゾクですからね。

パンタ そこでゾクに入ったわけ?当時活躍していたグループは何?なごろし

見沢 俗悪、ZERO、、エンペラーっていうところでしょうか?

パンタ その頃は何に乗ってたの?

見沢 おれは単車しか乗らなかったけれど、HONDAのCB400F、SUZUKIの380、KAWASAKIのZとかですね。四つ輪に乗っていた奴は、ダルマのセリカと箱スカ、サバンナGTとかかな。

パンタ その頃って、アメリカンスタイルなんてあった?

見沢 ああ、あったけど、ゾクはみんなそんなの馬鹿にしてましたね。誰も乗ってない(笑)。

パンタ 70年代の終わりってカウル(風防)を倒すのが流行ったじゃない。

見沢 あったあった!

パンタ オレの追っ掛けが楽屋口で待っててさ「パンさん、見てください。オレのカウルに雪が積もりました!」って自己陶酔してるんだよな(笑)。

見沢 倒せば倒すほどステイタスっていう時期があったんですよ。

パンタ そういえば、見沢クンは今は車やバイクは乗らないの?

見沢 元々、2輪の免許しか持ってないし、当然ながら失効しちゃいましたしね。取り直せば取れるんだろうけれど、1年間の刑務所 暮らしで、方向感覚がなくなっちゃって究極の方向音痴になっちゃって、角を2回曲がるともうどっちから来たかわからなくなっちゃう(笑)。これじゃ危ないから、自分のためにも世間のためにも、乗らない方がいいと思っています(笑)。

パンタ オレは今、ロールスロイスに乗っている(笑)。一部ではすごい顰蹙買っているけれど。

見沢 いいなぁ(笑)。右翼じゃ一時ベンツが流行っていたらしいですけれどね。

パンタ 今はアッチの筋業界もみんなペンツだからね。

見沢 でも、やっぱりロールスは滅多に見かけないですよ(笑)。並みじゃないな。

パンタ 話は変わるけれど、最近のゾクを見てどう思う?

見沢 なんかね。茶パツでロンゲっていうのがいるらしいですよ。もう、サーファーとチーマーとヤンキーがクロスオーバーしているって感じ。でもやっぱり、ゾクの正しい姿はパンチでしょう?(笑)オレなんかついこの間まで、パンチだったんですよ。でも、本が売れはじめてから「見沢さん、作家も人気商売ですから、これからマスコミに色々出るようになるんだし、パンチはまずい」って出版社にお願いされたんでようやく止めたんだから。でも、今自分が茶パツにしているから、人のことは言えないけどね(笑)。

パンタ (爆笑)

見沢 それと、喧嘩の仕方とかも知らない。昔はフクロにするんでも、素手かボッケン(木刀)でしたけど、最近はチャカ、ボウガン、刃物を使ってるって言うんですよ。

パンタ そりゃ、下手すりゃ死ぬじゃない!

見沢 そうなんですよ。死なせちゃダメですよってオレがいうのも変だけどね。

パンタ (笑)。やっぱり迫力が違うね。そういえば右翼にもゾク出身者は多いんだってね。

見沢 多いですよ。一水会なんてインテリ右翼の代表みたいに言われていますけれど、今の書記長は国士館の番で、その1期後輩があの極悪の創始者だっていうしね。

パンタ そうか、じゃゾクと右翼はつながりが深いわけね。そうだ!右翼左翼をほとんど知らないだろうBURSTの読者に、その違いを説明してやってよ。

見沢 うーん。難しいなぁ。見た目で言えばヘルメットを被ってデモしているヤツが左翼で、街宣車でがなっているのが右翼ですね535PANTA暴走対談 思想的に言えば、革命を言っているのが左翼、維新を唱えているのが右翼。ってことで読者にお分り頂けたでしょうか?(笑)

パンタ わっかんねえだろうな(笑)。既成右翼と新右翼の違いは?

見沢 既成右翼は明治に憧れている。新右翼は反体制、反米反ソ、革命でしょうね。

パンタ それで見沢クンは最初は右翼で、途中で左翼を経て、現在は新右翼の幹部というわけね。

見沢 ええ。もっとも過激な右翼といわれている統一戦線義勇軍の総裁を前にやっていまして、今は一水会の議長ですね。ほかに新右翼四団体の顧問をやってます。

パンタ しかし、左から右に変わる人っているものなの?

見沢 いやぁ、珍しいでしょうね(笑)。でも、オレの中では全然矛盾してないんですよ。どんな方法でも、この腐った社会を変えようと思っていることには違いはない。文学をやっているのもそれと同じで、文学で人の内面を動かし、政治で人の外面を動かしたいと思っているから、こうして二足のわらじをはいているんですよ。

パンタ なるほどね。それじゃ「囚人狂時代」を読んでない読者のために、刑務所の中のことを聞こうかな。

見沢 もう、あんまり思い出したくないですけれどね(笑)。

パンタ 犯罪をおかして捕まるとまず、留置場にいくわけね。

見沢 そうですね。立ち小便から殺人まで、とりあえずは留置場に入ります。たいていは各管轄警察署の地下にあるんですけれど、重要事件の容疑者は警視庁本庁の留置場に入れられるんです。最近だと麻原彰晃が入ったんで、マスコミでもずいぶん騒がれましたね。

パンタ 見沢クンのは有名事件だったから、そこに入ったわけね。

見沢 そうです。普通は容疑者の人権を配慮護送車もサイレンを鳴らさないんですけれど、あの時は本庁にTVカメラが3台も来ているって言うんで、途中から急遽サイレンを鳴らしたんですよ。刑事なんて、TVに映るかもしれないって言うんで、急に鏡見て髪の毛をとかしたりして(笑)。まったく、人権も何もあったもんじゃない。

パンタ 刑事もミーハーだな(笑)。それで留置場にはどのくらいいたの?

見沢 2ヶ月です。

パンタ ここで起訴されると、拘置所に行くわけね。

見沢 そうですね。起訴にあたらないような軽犯罪だとここでシャバに帰れる。

パンタ 東京拘置所は小菅だよね。

見沢 関東はみんな大体小菅ですね。でも、未決ですからね。私服を着ているし、お菓子やジュース、弁当といった物も買えるし、自由ですよ。これは、けっこう知られていないけれど、選挙権だってあるんですから。今考えると東は天国だったな(笑)

パンタ へえ。ここで出れるかどうかで格段の差がつくわけね。オレのまわりにいるのはみんな、ここ止まりだからな。

見沢 もう、ここで出れるかどうかで天と地の違いですよ。執行猶予さえつけば、東拘からまっすぐ、フカフカのベッドが待つ自宅に帰れるんですから。

パンタ ところが、見沢クンはフカフカのベッドには帰れなかったってわけね。東拘にはどのくらい居たの?

見沢 東拘には6カ月。オレの場合はどう考えても帰れなかったから、同じ房の刑務所経験者が「二度とムショにだけは帰りたくない!」って言っているのを聞くと、目の前が真っ暗になりましたよ。

パンタ それで、イヨイヨ千葉刑か?

見沢 いや、二十六歳以下は少年刑務所に一応入れられるんです。これは川越で、ここにも四ヶ月いました。

パンタ そうか、事件当時は二十三歳だったんだよね。しかし、まあありとあらゆるところに行ったんだなぁ(笑)。

見沢 そうですね。一通りは全部経験したかな(笑)。本来は二十六歳まで少年刑務所に居られるはずなんですけれど、オレみたいにL級といって長期刑の場合は、特例で千葉刑に回されるんです。

パンタ 府中とかは短期なの?

見沢 そうですね。短期は七年以下、長期は八年以上(実質は九年以上)になっていて刑務所も別なんです。安部譲二さんなんかは三~四年ですから府中です。

パンタ それでついに、泣く子も黙る千葉刑に行ったわけね。

見沢 逮捕されてから十ヶ月後に、あの地獄の門をくぐったわけです。

パンタ つまり、千葉刑は凶悪犯の集まりという感じなんでしょ。

見沢 そうです。殺人、放火、強姦、誘拐、銀行強盗といった犯罪者ばかりですから。八割が殺人、三~四割は無期懲役です。

パンタ 無期って言うと、実際にはどのくらいなの?

見沢 最短で二十年です。

パンタ 二十年は長いなぁ。しかし、もっと長い場合もあるわけでしょ。

見沢 ええ、狭山事件の石川一雄さんなんか、入った時が二十四歳で、出たのが五十五歳ですから、三十一年獄中ですよね。

パンタ それじゃ、見沢クンの十二年だってまだ、短いほうだ。

見沢 入った時は永遠のような気がしていましたけれど。石川さんに比べると半分以下ですよね。

パンタ しかし、自分に移し替えてみると、二十三歳から三十五歳って、やっぱり色々なことがあったな。別に大したことはしていないんだけどね(笑)。その間、ずーっと獄中に居るって言うのは想像の域を越えるね。

見沢 そうですね。若い時期の十二年ですから、シャバにいたらもっと色々なことが出来たと思う。でも、これも運命ですから。

パンタ しかし、獄中は娯楽が一切ない。これって大変だっただろう。

見沢 そうですね。音楽も休憩時間に流れるラジオくらいで、これはほとんど演歌ですから。ロックなんて絶対にかからない(笑)。だから、オレ出所したとたんいいオーディオをローンで買いましたよ。ともかく、これだけは中に居たときから決めていたんです。

パンタ TVはどうなの?

見沢 雑居房の場合はあります。でも、これも官が番組を決めるんで、時代劇か刑事物。もう「西部警察」なんて何回見せられたかわからないですよ(笑)。

パンタ あとは慰間っていうのはどうなの?

見沢 これも、売れない演歌歌手とかばっかりですね。あと、自信を失った落語家っていうのもいいかもしれない。ともかく、娯楽に飢えているんで、つまらないギャグでも大様笑ですからね(笑)。自信を取り戻す。

パンタ 女性歌手とかこないの?

見沢 たまに来ますけれどね。何せだだっ広い講堂に五百人が集められて見るんですから遠くて、点くらいにしか見えないんですよ。

パンタ でも、生の女性を見るチャンスってそのくらいしかないだろう?

見沢 そうですね。だから、別に美人じゃなも囚人は大喜びですからね。その時には異様な興奮が漂っていますよ。

パンタ オレも一度行ってみるか(笑)。でも、オレの場合歌う曲がないよな。「立ち上がれ!」なんて言ったら、「ウォー!」なんて五百人が決起しちゃったりして、オレがしたってことで帰れなくなっちゃうもんな。

見沢 それは、いいかもしれない(笑)。曲を選んで、一度行ってみてくださいよ。あの熱狂的な拍手はちょっと味わってみる価値がありますよ。ライブとかとはまた違った感触を得ると思うな(笑)。

パンタ そうか、考えてみよう(笑)。でも娯楽って言うとこのくらい?

見沢 そうですね。昔は映画会がありましたね。今は出来るだけ囚人を集めないようにしているんで、各房でビデオを見ているようですけれど。(笑)。

パンタ 煙草は?

見沢 煙草は入所前吸っていたんですけれど大してつらくなかった。出所の帰りにさっそく吸いましたけれど、思ったより感動しなかったですね。現実感がなかったというか。

パンタ でも、若いんだから禁欲は一番つらかっただろう?

見沢 うーん。それは、みんな一番つらいですよね。SEXができないのは当たり前だけと、マスターベーション禁止ですからね。これはどう考えたって不可能でしょう(笑)。男の場合、生きていればどんどん精子が生産されちゃうんだから、出さないわけにはいかない。大小便の排泄と同じくらい当たり前のことですからね。

パンタ 見つかったら懲罰か?

見沢 そうですよ。陰部摩擦罪って言うんです(笑)。官も普通はドアをノックする程度で黙認してくれたりするんですけれど、ある時、証拠物件としてティッシュを押収されたヤツが居て、調書を取られましたね。普通はトイレに流しちゃうんですけれどね。

パンタ 普段はどうやってするわけ?

見沢 どうやってって普通ですけれどね(笑)。何が悲しいって、やっぱり雑居は辛いですよね。就寝前に布団に入ると、1mも離れていないところに他人がいるのに、ゴソゴソとやりだす。男同士ですから、みんな見てみぬフリをしてますけれど、やっぱりきつい。

パンタ あと、それだけ男が居たら、ホモが横行しないの?

見沢 オレも惚れられて追っ掛け回されましたけれど、実際に行為に至るってことは絶対に不可能ですからね。入浴の時に、隣に並ん裸を見て満足するとか、身の周りの世話をせっせとしてくれるとか、究極のプラトニックですよ(笑)。

パンタ そうか。そりゃ、大変だな(笑)。雑居も煩わしいけれど、見沢クンは十二年のう八年半は独居生活だったんだろう?

見沢 そうです。最初の三年半はやっぱり仮釈が欲しかったし、いい子にしてましたけど、あとの八年半は反抗しっぱなし。何かって言うと、請願書を書いていましたから問題児だったんで、ずーっと独居でしたね。

パンタ 独居のつらさはまた違う?

見沢 全然違いますね。ともかく、わずかな娯楽もすべて取り上げられてしまいますし、工場に行って仕事をすることも出来ない。工場に居るときは、オレはプレス工場でバインダーを作っていたんで、まだ物が完成するっていう満足感がありましたけれど、独居ではただひたすら茶色のずた袋貼りですから。一日二百枚のノルマがあるんで、自分がマシーンになったような気になる。出所してから、街であの袋を見かけるとゾッとしましたね。

パンタ 独居では誰とも話せないの?

見沢 工場に居る頃は、作業中は会話禁止で休憩時間に仲間と話したり出来るわけですが、独居となると官に「用便願います!」とかいうくらいかな(笑)。

パンタ ああ、そのエピソードがまた面白いんだよな(笑)。

見沢 ええ。全く官の考えていることはわからないって言うか(笑)。一度、コント55号のギャグ映画で「人殺し」っていうのをやったんですよ。何度も言いますけれど千葉刑にいるのは八割が殺人者なんですよ。この連中に見せるのに「人殺し」はないだろうって、オレは愕然としましたけれど、けっこうみんな大笑いして楽しんでいるんで、全く囚人の考えていることもわかんないですよね(笑)。

パンタ あと、あの一柳の野球の話(笑)

見沢 両親を金属バットで殺しちゃったって言う一柳クンね。

パンタ あいつ、オレの高校(海城)の後輩なんだよ。あれも偏差値競走の被害者だと思うけどね。

見沢 運動の時間に、野球をやっていたらあ囚人が青ざめて官に報告に行ったんですよ。「先生、一柳が金属バット振り回してますがよろしいんでしょうか?」って。官も苦笑ですよね。運動用具を取り上げるわけにもいかないし。普通の殺人はチャカか刃物が武器なわけですけれど、それは持ち込めない。でも、一柳の場合は、そこにあるわけですからね。でも、本人にはその自覚がまったくない。まわりだけが気付いてビビッてる(笑)。

パンタ 笑うよな。でも、やっぱり(一柳は)野球は好きなわけね。

見沢 データには詳しかったですね。いつの試合で畏島が誰からホームランを打ったとか。でも、実際には下手だったんで、いつもベンチを暖めていましたけれどね(笑)。

パンタ 娯楽はこんなもんか。で、あとは禁酒、禁煙、禁欲だろう?

見沢 そうですね。オレの場合、元々酒はほとんど飲めないんで、禁酒はつらくなかったけれど、アル中だったらつらいだろうな。出所の頃には治ると思いますけれど(笑)。

パンタ しかも、しょっちゅう懲罰を受けてたんだよな。

見沢 そうですね。ちょっと反抗すればすぐに懲罰といって、一日八時間、独居房の鉄扉に書いてある「反省」という紙を見続けながら、あぐらを組んで座り続けるんです。これも脚の角度が四十五度と決まっていて、夕方には脚の感覚がなくなるほどきついですね。

パンタ そういう時、何考えてるの?

見沢 二、三日目までは何か考えられるけれど、もうその後は考えることが出てこない。

パンタ そうだよな、それって辛いよな。

見沢 ショーペンハウアーが「フィラデルフア刑務所の罰は一日中何もさせないことで、これは人類史上最も厳しい罪だ」と言ったそうですが、その通りです。この罰は最長で六十日なんですが、じっとしていないとどんど延長されていくんで、最大で七ヵ月座り続けたヤツがいました。

パンタ しかし、よく耐えられたね。

見沢 独居にいると半年で、精神に異常をきたすと言われてますから、オレみたいに八年居て、発狂もせず出てこられたのは本当に珍しいケースなんだそうです。

パンタ 何が支えだったの。

見沢 文学でしょうね。落ち込んでいたらとことんまで落ち込んでしまうから、途中で視点を変えたんです。せっかくだから取材してやろうって思って、精神科医に頼み込んで、精神障害囚のいく八王子医療刑務所にも二カ月ほど行きました。獄中で小説を書きつづけ手紙という形で母に送り、清書してもらって新日本文学賞を受けたんです。

パンタ ミリ単位で書いたって言うヤツね。

見沢 そうですね。週に一回身内にだけは便七枚まで手紙が書けるんですけれど、二枚くらいは手紙にして、あとの五枚に原稿用紙五十枚分くらいの原稿を書いて送ってました。母はそれを三回拡大コピーにかけて、虫眼鏡で見て清書したそうです(笑)。

パンタ それが「天皇ごっこ」だよね。

見沢 そうですね。ともかく新日本文学賞は何回か出すうちに最終候補までは残っていたんで、獄中あるうちに絶対に取りたいと狙っていましたから、出所のわずか一ヶ月前に受賞の報せを受けた時には、本当に飛び上がりたいほど嬉しかったですよ(笑)。

パンタ そうか。「囚人狂時代」には他にも獄中の有名人のエピソードなんかあって、本当に面白いんだけど、これはBURSTの読者には、本を買って読んで貰おうな(笑)。

見沢 そう(笑)。マスコミで随分取り上げられたんで、今、発売一ヶ月で五刷三万部までいっているかな。紀ノ国屋書店のベスト10に入ったそうです。五万部は売りたいんで、ちゃんと買って読むように!(笑)

パンタ これから、何がしたい?

見沢 「新潮」の編集者に「ドストエフスキーの『悪霊』が書けるのは、日本で君しか居ない!」って言われたんで(笑)。それを目指したいですね。

パンタ そうか、今文壇もミュージック界も商業主義になって、文壇は新人賞、音楽はコンテスト出身者ばかり。個性のあるヤツがいなくなってつまらないから、見沢クンみたいなヤツが活躍してくれるのを期待してるよ。

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