●まずシナリオを読まれた際の率直な感想をお聞かせください。 最初にまず、日本の方々が韓国の現職大統領である金大中氏をめぐって起きた拉致事件をテーマとして取り上げたということ自体に驚きを感じました。しかし、シナリオを読み進めていくうちに、拉致事件を題材にしているとはいえ、金大中氏個人の物語ではなく、当時の日韓の政治的な状況を描きながらも、多くの人々が人権を隅されたという部分に焦点を当てて映画化しようとしていることに非常に好感を抱きました。まさに男の映画と言えると思いますが、これは必ずやいい作品になると確信しました。 ■ガプスさんは金車雲という、まさに拉致事件を指揮したとされる人物を今回演じられたわけですが、韓国の方がそういう役を演じることにはかなり抵抗があったのではないでしょうか。 負担とか抵抗とかそういったことはありませんでした。当時の韓国は日本と比べて政治的に困難な状況が続いていましたので、むしろ、そういう困難な状況に韓国が置かれていたこと、そして、そういう状況を生きた人間を自分が演じることによって、見る人にそういう姿を伝えたいと思いました。ですから、負担に思う気持ちよりも、この役を一所懸命、しっかり演じなければという気持ちのほうが先に立ちました。二度とこういうことがあってはいけないというメッセージを役者として自分が伝えられればと思いました。それがこの映画の最大のテーマだと思いますし、私の演技を見た人が当時のことに関心を持ち、テーマに共感を抱いてくださることが、俳優としての私の役目ではないかと思い、お引き受けしました。 ■前向きに役作りに取り組まれたとのことですが、金車雲は表向きは大使館員ですが実はKCIAの指揮官です。役作りの上で実際の諜報員の方と話をしたり、何か参考にされたことは? 俳優というのは、その作品において演じる人間を間接的に体験するわけですが、その当事者や関係者に関連した人に会うことは、作品にもよりますが、役に立つ場合と立たない場合があると思います。そういう人に直接会ってしまうとそればかりに捕らわれて、かえって邪魔になったり、もっと自由に演じられるにもかかわらず、それにこだわるあまり、せっかくの可能性を潰してしまうことがあります。今回、金車雲を演じる際、私が最も重要視したのは、車雲という人物はKCIAの中の一人として任務を忠実に実行するんですが、彼とて普通の、我々と同じ人間なんだという部分です。別の世界ではなく、みんなと同じ世界に住んでいる。彼も人間であり、金大中も、暗殺せよという残酷な命令を出すのも人間だという考えに立って、人間であれば成功することも誤ちを犯すこともある、そういう人間のありのままの姿を車雲という人物を通して演じてみたいと思いました。その点については事前に阪本監督とも話し合って人物像を作っていったんです。ですから、特に誰かに会うことはなく、あくまで今言ったことを想像しながら演技しました。 ■車雲がスパイという非日常的な世界の人間ではあっても、家族のことをすごく心配しているとか、佐藤さんが演じた富田にしても自衛隊員でありながら実は一人の人間として政美と恋をするという具合に、それぞれが様々な心の葛藤を抱えている、そういう部分がこの作品の見所と言ってよいのでしょうか。 確かにそこにこの映画は重点を置いています。人間としての苦悩や孤独、そういう姿を見せなければリアリティのある作品にならないと私は思います。ですから、この映画に登場する人間は国や立場の違いはあってもみんな人間だということを見せてこそ、この映画の中の人物一人ひとりが生きてくるのだと思います。 ■朴元大統領が非常戒厳令を出したのが一九七二年の十月。金大中拉致事件が起きた七三年当時、ガプスさんは高校生ぐらいだったと思いますが、当時の記憶が演技に反映した部分はありましたか。 当時の韓国では、何か事件が起きても一般的にすぐに情報として報道されたり、話題にのぼることはなく、かなりの時間を経てから知らされることが多かったんです。私も韓国の人間の一人として朴正熙時代を生きてきたわけですが、朴政権、すなわち軍事独裁政権の時代を経て今は民主化の時代を迎えているとはいえ、当時の国民は一つの政治的事件を詳しく知ることはできなかったので、この事件についてもずいぶん後になって知られるようになりました。政治的な陰謀を企んだ人間は数多くいたと思うんですが、そういったことは一切ふせられていましたし、金大中氏は当時の野党の指導者だったこともあり、拉致事件に関しても政権を握っていた朴大統領が暗殺を企てたのではないか、証拠隠しをしたのではないか、その程度のことしか分からず、具体的にどのような形で拉致されてどういう風に釈放されたのかまでは知りませんでした。ですから、今回『KT』に出演することになり、作品を通して実際こういうことが起きていたのかという今まで知らなかった部分、事件の真相を詳しく知ることができました。 ■ガプスさんの俳優としてのキャリアからすれば撮影で戸惑うようなことはなかったでしょうが、日本で、日本の監督とスタッフに囲まれての映画作りということで言葉の問題や撮影システムの違いなど、韓国では体験しなかったエピソードなどあれば......。 特に苦労はありませんでした。阪本監督をはじめ全スタッフ、共演者の方々が本当によくしてくれましたのでうまく撮影に臨めたと思います。ただ、言葉の問題で直かに監督とは話せないものですから、通訳を介して監督と考えや気持ちを伝え合うことになり、どうしても韓国での撮影より時間がかかるということはありました。でも、それは一つの通過点で時間がかかってもそうしなければならな仕方のないことです。私としては逆に、そうした状況の中でも忍耐強く話をしてくださった監督に感謝しております。私は一つの役を演じる際には常に監督の腹の内、胸の内が分からない限りは演技しないことを信条としています。監督の考えや気持ちをすべて受け止め、消化した上でなければ演技というものはできない、そういう哲学を持っています。ですから、大変だったと言えば、監督の考えとことん理解したいと思い、納得がいくまで話をつめるのに時間がかかったこと、日程的に日本の撮影はタイトなので、肉体的に大変だなと感じたことなどですね。それから、もう一つは、日本語の台詞です。私の役はそれほど多くはなかったんですが、私自身が日本語がまったくできない状態から始めたものですからすごく大変でした。それもただ日本語を話すだけではなく、演技しながら台詞をしゃべらなければいけませんから。かなり練習したんですけど(笑)。 ■役者として共演された佐藤浩市さん、日本の現代映画を代表する監督の一人である阪本順治監督、お二人の印象を。 佐藤さんは男性の私から見ても本当に魅力的な俳優さんです。役柄の上では私にとって佐藤さんは敵対する日本側の人間なわけですが、現場ではまるで兄弟のように接してくださいました。佐藤さんとは共演するシーンもいちばん多かったのですが、本当に優しく接してくれましたので、とても気持ち良く、落ち着いて取り組めました。日本で最後まで頑張って演じられたこと、そして、苦痛を少しも感じることなく演じ続けられたのは佐藤さんの力が大きかった。そういう意味で、彼は今回の恩人の一人です。本当に感謝しています。私も佐藤さんを見習い、また何か映画出演する際には相手に気を配り、私と共演する俳優たちが楽な気持ちで演技できるよう共演の程者と接したいと思っています。
私は韓国で演劇を長くやっており、ドラマや映画にも出演してきましたが、今回は阪本監督と知り合えただけでも本当に良かったと思っています。人生には数えられるほど少ない、非常に重要な出会いというものがありますが、阪本監督はその一人です。本当に嬉しいことですし、監督を尊敬しています。阪本監督は本物の映画を作れる方であり、この作品を通して私にとって記憶に残る大切な一人となりました。私は映画評論家ではありませんので、作品の評価などはできませんが、監督の映画作りの姿勢は非常に正直かつ誠実であり、何より隙がない。細かいところまできっちりなさる方だと思いました。それは本当に驚きました。私もこの映画に出演する以上は正直に、誠実にならないといけない、隙があってはいけないという気持ちで臨みましたが、私はきっと監督ほど徹底できなかったと思います。私もこれから年を重ねていくわけですが、死ぬまで忘れでられない方になるでしょう。気持ちとしては毎日でも監督に電話したいところですが、言葉が通じませんので、今のこの気持ちを伝えられない、それだけが残念です。戻る