笠松
 

今回は登場人物が多いでしょう。

笠松 多いですよね。多いと、どうしても画面のなかでダブるところが出てくるんですけれど、東映の役者さんとか、そういう人たちは、ダブリのことをこっちが言わなくても自分で気にして、うまく動いてくれるので、楽ですよ。

例えば農道で車から下りるカットがありますよね。ずらりと並んだ三代目の葬列の車がタテの構図でうつっていて、何十台という車のなかから主要人物たちが下りてくる。

笠松 あそこなんか、こっちが何も言わなくても、全部みな、ちゃんとダブらないように動いてくれた。カメラのある場所が分かっているから、みんな、それが見えるように動いてくれたんですね。俺もカメラを覗いていて、ああ!と感動しました。プロの役者が揃うとこうなる、という見本のような絵ですよね。

それに今回は背の高い俳優が多い。

笠松 ほんとに多いですね。ただ、みんな高いのであまり気にならない(笑)。このあいだ、布袋君と余貴美子さんのカットを撮ったときは、さすがに少し身長差が気になったぐらいで。以前、豊川君と薬師丸ひろ子さんの「きらきらひかる」では身長差が35、6センチで、これはたいへんでした(笑)。

一豊川さんが親分の車を見送るシーンなんかでパッと半身を折ると、背の高さが効果的で、もうカッコいいんですよ。

笠松 スタイルいいし、衣裳がキマってるし。彼は今回の衣裳はかなり気に入っていますからね。そういうときはフルサイズで見せたほうがいい、ということはありますね。

話の中身以前に、絵として前の「仁義なき戦い」と違う感じがしますね。

笠松 それは、衣裳を含めた監督の狙いがありますからね。スーツ系で、モノトーンで、いわゆるヤクザ映画にありそうなチャラチャラしたシャツとかはやめよう、と。大幹部連中も企業の重役みたいな感じで衣裳合わせをしました。跡目争いの密談も、会社や政治の世界の密談みたいな感じを狙って。


阪本監督と初めて組んでどうでした?

高田 楽しかったですよ。今までいろいろな監督と付き合ってきたけれど、彼は若手のわりには、自分の阪本イズムでつくってきたものをたえず頭の隅に置きながら、あらゆるものを吸収してそこへまとめていこうとするんですね。-脚本づくりがたいへんだったそうですね。高田私の家へ来てメシを食って酒を飲みながらというのを、3日か4日おきに繰り返したんかな。これは楽しかったし、ある意味でカルチャーショックとまでは言わないけれども、刺激があって。歳も息子みたいなものですからね。女房と、若旦那が今日は来るんやと言いながら、若旦那は何が好きやろうとか、酒の銘柄をいろいろ変えたり、彼が持ってきたり、そうやりながら私が脚本を書き直していったんですよ。頭から全部、5回ぐらい。

企画の出発は何だったのですか。

高田 ●最初はタイトルも「新・仁義なき戦い」ではなく、私はヤクザものでやりたいテーマがあったんですよ。前からいろいろ取材してきたなかに面白い話が山ほどあって、それを材料に実録ものをつくろうと、私はホンを書いていったんです。今とはまったく別の形で映画にするつもりで。そしたら、東映京都のプロデューサーが阪本順治にひどくこだわったんで、俺とは水と油や、と。私は彼の作品をずっと見ていて、彼にもはっきり言ったんですけれど。たとえば「どついたるねん」は非常に面白かったが、ああいうラストシーンをやる監督は嫌いだ、どっちか分からんじゃないか、あそこで結論を出すのが腕だ、と。「顔」の終わり方もそうでしょう。で、結局、私が書いてきたものをとにかく見せることにした。そしたら彼から電話が掛かってきて、会いたいとじゃあというので会ったら、彼の発想は実に面白いんですよ。

阪本流の映画づくりですね。

高田 彼は俳優にこだわる。我々は、主役ぐらいは決まっているにしても、キャラクターをつくってから俳優という順ですよね。ところが彼は、この役は誰にやらせたい、この場面で誰にこうやらせたい、というようにイメージをつくっていく監督なんです。ちょっと五社英雄に似ているかな。で、彼の書いてきたホンを見せてもらったら、バラバラだけど、すごく面白い部分がある。その彼の書いた部分部分の面白さに自分が乗っかると、違う自分が出てくるんですよ。だから、最近、やり方が良くないと思うのは、ホンができてから監督を決めるでしょう。我々が東映ヤクザ映画を次々やっていたときは、深作さんにしても五社さんにしても、同じ旅館に泊まって、最初のメシを食う段階から一緒だったんですよ。

友情というテーマはどこから出てきたんですか。

高田 話のベースには、昭和60年から始まった“山一戦争”を中心とするヤクザの抗争などがあるんですけれど、あれは完全な組織の闘いですよ。そういうことを踏まえて、そのなかでヤクザがある意味でいちばん寂しい想いをするのは何かというと、やっぱり友情だと私は思っていたんです。欲望むきだしの話のなかで、組織に縛られたなかでの男の友情を徹底して描いたら、絶対にお客は泣くだろう、と。これは版本監督もまったくそのとおりだと、初めから構想は一致していました。

-観客のことでいえば、やはり深作版「仁義なき戦い」シリーズを思い出して比較するでしょうね。高田さん自身、前の作品に関わっておられる。

高田 今回、いちばん困ったのは、前の「仁義なき戦い」に対する意識が強すぎることですね。私はプロデューサーに、そういうのをつくるつもりは全然ない、俺はヤクザ映画とは思っていないよ、とはっきり言ったんです。何年か前、松方弘樹のものなんかをやったときには、何とか前のヤクザ映画のイメージに戻そう戻そうとして面白くなかったですからね。ヤクザより友情に力点を、ということですね。

高田 阪本順治が現われる前には、ヤクザ映画の面白いものを、ということで、「極道の妻たち」の要素を入れた男の映画をつくろうと企んでいたんですよ。で、阪本順治になってからは、昔のものをどうのこうの言うのはやめよう、組織論はいやでも入ってくるから、徹底して二人の男の絡みを描こう、と。心のなかにはお互いに友情はあっても、コンプレックスというか、どうしようもない過去のある二人が、最後にはぶつかって両方とも散華していく。そんな構成にするとは言ったんだけれど、ヤクザの絡む話だから、技術的には難しかったですね。だから全体を5回も書き直された。

高田 最終的に私が200字の原稿用紙で250枚ぐらい書いたのを、彼が200枚にしたんです。長すぎるから。私のホンでは、やっぱり台詞とかで説得しようと思うから、どうしても長くなる。阪本順治がその説得の部分を全部削ぎ落とした。これは彼のスゴイカだし、今までの東映映画のことを知っているようでいて知らない強さかなと思いますね。ですから、水と油というか、メジャーの組織で仕事してきた人間とインディーズとの違いはあります。

インディーズの監督とは初めて?

高田 初めてです。だから、たいへん面白かった。息子みたいなものだから可愛いし、才能は感じるし、同じ大阪人ですし、彼のお母さんの話と私の母親の話とで盛り上がったり。私としては、この歳になって、彼の出したものにさらに上乗せするアイデアが出てくるだけの若さが自分に残っている、ということを知った喜びがありますね。阪本順治には彼自身の青春があって、インディーズでやってきた生きざまがあるんですけれど、私は私で、自分自身の昔の青春を取り戻したみたいな、とんでもないアイデアを平気で出せる相手だったんですよ。今、ほかの監督に同じことをしても、呆気にとられて。彼はそれを咀嚼しようとするんです。だから、ものすごく時間がかかったけれど、私のほうは、あれだけ削って捨てられてもべつに腹は立ちませんでしたね。

・今回が阪本監督のメジャー初体験なんですね。

高田 インディーズのあの逞しさを忘れてくれなければいいなと私が言ったりすると、みんなは、彼はいやでもメジャーになっていくんじゃないですかと言うけれど、本当に私もそうなってほしい。そういう監督がいないから。正直いって、一部のコアのファンだけに受け止められる監督にはなってほしくない。本当の大物になってほしいんですよ。今回の映画は大エンターテインメントで、しかも少ない予算でこれだけのキャストを集めるのは、彼の人徳だし、今まで積み重ねてきた力だし、こういう形で大きくなっていってもらいたいなと思いますよ。

一役者たちの信頼は不思議なくらいですね。

高田 あれは天性のものですよ。俳優さんだけでなしに、彼は我々スタッフに対してもすごく敬意を持ってくれている。それが伝わるんですよ。オジン殺しですね(笑)。

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