今回の阪本版は深作版のリメイクではなく、ドラマはまったく違うのですが、ある映画イメージが同時代の先輩監督から監督へ引き継がれていくのは珍しいケースですね。

深作 ●僕も「仁義なき戦い」シリーズのあと「新仁義なき戦い」シリーズを撮ったけれど、ネタもなくなり、いつまでも戦後から始まるヤクザの変貌の歴史をやっていてもしょうがないと、3本で終わった。今度は、阪本さんがどういう切り口で現代のヤクザ社会に切り込み、現代のバイオレンスに挑戦されるか、僕自身、バイオレンスは撮りつづけたい素材、世界だと思っているので、すごく刺激になるし、楽しみにしているんです。

阪本 ●僕としては、仕事を受ける前から、どうやってこのタイトルを背負うのかが問題で、受けたあとも、前の映画をビデオで見直したり、東映のプロデューサーがそれのスチールとかパンフレットをごっそり持ってこられて、呪縛にかかったというか、たいへんでした(笑)。結局、深作さんにとっての広島原爆ドームみたいな風景は僕なら何なんだ、とそれに。ヤクザというものと自分との距離がすごくあるわけで、新しい切り口をどう見つければいいか分からない状態がずっとありましたね。

一阪本監督は深作監督が『仁義なき戦い』を撮られたときぐらいの年齢でしょう?阪本今年42歳です。

深作 ●それだったらまったく同じ。僕は42歳のときに撮った。

阪本 歳は同じだけれど、パワーは半分以下だと思いますよ。現場の声の大きさでもう負けてる(笑)。

深作 ●人間にとって40歳というのは、個人差があるにしても、ひとつの節目でしょう。阪本さんのある節目はまさしくここ2、3年に来たんじゃないですか。「顔」を見て、そう思いましたよ。ああ、この人は変わり始めたな、と。

阪本 30歳から映画をつくらせてもらってきた10年間を振り返ると、自己模倣をしてきたなという反省、許されてきたものがたくさんあったなという気がして、何か違うものにチャレンジしようというときに、藤山直美という素材を得たんですね。

深作 いい巡り合いだったと思う。あなたが監督になったのは30歳ですか。

阪本 はい。

深作 ●これも僕とまったく同じですね。10年やって、うねりが出てくるというか、人によって違うだろうけれど、僕の場合、乗れる波に乗っかれたと思いだしたのは40歳を過ぎてからですね。「人斬り与太』シリーズなどですね。

阪本 僕も初めてヤクザを撮るのに、いきなり全国組織の話ではなく、「人斬り与太・狂犬三兄弟」とか、3人にスポットを当てたものをやってから「新・仁義なき戦い』に入りたかったですよ(笑)。僕のなかのバイオレンスというのは、もう深作さんとはまったく違うと思うんです。今回、ヤクザという課題を与えられて、幼いころにふたりで人殺しをした男たちが大きくなって、ひとりはヤクザに、もうひとりはコリアン実業家になって裏社会を知っていて、という、そんな男たちの歪んだ友情の話にしてしまったのは、やはりヤクザとの距離が縮められなかったんですよ。

深作 ●それは当然ですね。僕の場合には、15歳のときに敗戦という節目が明確にありましから、のちのち折りにふれて、俺は何で監督なんかやってるいるんだろうという問題に突き当たったとき、手探り気味ながら15歳の経験が蘇るわけです。「仁義なき戦い」を撮るとき、それがひとつの核になった。阪本さんはそういう戦争なんかとはまったく関係ないわけですからね。

深作監督の新作『バトル・ロワイアル」はズバリ15歳の少年少女のドラマなんですね。しかも42人の群像劇。「仁義なき戦い』シリーズはむろん、深作映画には群像劇が多くて、その点では阪本監督の『新・仁義なき戦い」も共通しています。

深作 僕の場合、ひとりの人間を追っていって、その人物と一緒にお客さんをハラハラドキドキさせたり、ある共感を獲得するというほうが、しんどいんですね。やはりそれも、敗戦で何もかも崩れてしまったことと関係しているんだろうと思いますけれど、人間なんてどこでどう転ぶか分からないんだから、ひとりの人物を追っていくより、大勢がぶつかり合って、こっちの都合で転び、あっちの都合で転びというドラマのほうが面白い。

阪本 ●今回、フルネームの役だけで47人で、こういうのは初めてですよ。それで、色気も香もあるヤクザの顔を探すのは、こんなにたいへんなことか、と。でも、演出をしてみると、こんなに楽しいものはない。とりあえず昔の「仁義なき戦い」に勝てるのは平均身長なんですよ、190とか189とか(笑)。深作●こっちは、15歳の42人を70歳のジジイが相手にするなんてとんでもないことですね(笑)。大それたことだったと思いますけれど、しょうがない、向こうを乗っけるしかないし、ここういう映画をやりたいと思うのは、どこか成長しきれないガキみたいなところが自分にあるからでしょうね。

阪本 やはりそれは技術だと思うんですよ。メーキングビデオを少し見せてもらうと、相手の年齢と関係なく同じ目線になって演出なさっているので、深作さんの一言でギャーッと子どもたちが笑ったり、何か寄り添うようにいたりするんですから。

深作 だけど、70歳と15歳はやっぱり違いますよ。彼ら彼女らだって驚いたよね。70歳のジジイと一緒に仕事をして、笑ったりヒイヒイ言ったりなんて、想像もしなかったと思うんですよ。それで、ああ、仕事ってこういうことなのかと-映画づくりについてのイメージも変わりますね。深作だから、それぞれがこの仕事を通じて何を感じたかということだけを切り取って考えれば、今も、10年前も、30年前も、戦前にしても、映画なんていうバカな仕事に高ぶり合ってバカな夢を見合うという点では、同じような気がしますね。例えば稲垣浩さんも、マキノ雅弘さんも、内田吐夢さんも、小津安二郎さんも、みんなどこか、阿呆なことを阿呆と思いながら阿呆にしないで付き合いつづけたというか、遊びつづけたんでしょうね。そのことの良さが映画の世界だろうという気がします。

阪本 遊びの実感も湧き始めているんですけれど、僕なんかの世代が映画の世界に入ったのは、カッコいいと思ったところが一番にあるから、やっぱり格好をつけてしまうんですね。

深作 ●そういう感じが映画のなかに出てきていたんだ。阪本さんの世代にとっては、表現という仕事はカッコいい、と。僕はまったくカッコいいと思わず、こんなバカなことをやっていていいのか、と。ただ映画が面白いから、やりたいと思っただけで。でも、何か社会にぶつけたいものがあって、それが暴力の表現になったりしたわけですよね。

深作 僕らがオギャーと生まれたときには、人間を締めつけって、否応なく反社会性といったものを引きずりながら生きてこざるを得なかった世代ですよね。それが阪本さんあたりの世代になると、そういう体制は崩壊していて、なくとも縛られているものはない。自分の生きざまに関わってくる別の世間社会のあり方があって、そう単純にはいかない。というところがある。そのなかで突出してくるバイオレンスはまた違うと思いますね。

阪本 戦争も知らないし、テレビで浅間山荘事件を見たという記憶はあっても、身近な事件というのはないから、僕がバイオレンスを描くとき、切り口がなかなか見つけられないわけで。俺は暴れたいという乗りで「どついたるねん」を撮った。で、「バトルロワイアル』の一部分を見ると、これが今の暴力、バイオレンスの切り口なんだ、とすごくショックでしたね。群衆劇でいえば、今、おとなの群衆劇はたぶんつまらないんだろうと感じました。わけが分からないからキレる」という言葉で済まされているガキたちの集団を使ってバイオレンスをやるのが、今の切り口だ、と。自分が古典的な組織の跡目争いをベースにした映画を撮ったあとだからこそ、よけいにそう感じましたね。

深作 今回の「新・仁義なき戦い」の男たちの闘いの形がぐじゃぐじゃになっているのも、今の切り口ではないですか。

阪本 魂の小さなこの男たちを好きになれるか、というだけの話ですからね。結局、僕個人としての映画づくりであって、インディーズでやってきたということもあるのかもしれないけれど。

しかし「顔」なんかでは、その面白さが鮮烈に響いてくるわけだから、今度の「新・仁義なき戦い」が僕らのつくったものとどう違うかはすごく楽しみですね。

一阪本監督が「顔」で変わり始めたと深作監督は言われたけれど、「おもちゃ」につづいて15歳の子どもたちの生き残りゲームなんて、深作監督自身、どんどん変わっていきますよね。

深作 年寄りの気まぐれというやつですよ(笑)。「仁義なき戦い」でいえば、それまで何をやっても駄目だ、まいった、またミスった、という連続で10年やってきて、この仕事は楽しいなと思ったのは、さっきの「狂犬三兄弟」のころですからね。それは、50年代、60年代というのは古いものに寄り添ったり呼応していく時代だったから、任侠映画が生まれたりしたんだけれど、70年代はそういうものが破裂して、不思議に敗戦の45年にピシャッと一致した時期だと思うんですよ。だから、僕の監督歴40年でいえば、そうい時代と自分がブレたり、ピシャッと一致したり、その繰り返しだったんだろうなと思いますね。

阪本 ●深作さんの話を聞いていると、自分がやれること、やりたいことと言い換えてもいいんですけれど、そこには、映画の力がやれることというのも含まれているんですよ。僕みたいに映画が自信をなくしていった環境のなかで助監督から監督をやっていると、映画がやれることという発想はなくなってくる。例えば今の子どもがゲームをやっていると、ゲームには負けるよなと思いながら自分のやれる範囲で映画を撮ろう、と。「バトル・ロワイアル」は、もしかしたら映画がやれることにおいては、ガキが熱中しているゲームを越える可能性がある、という予感が僕にはあるんですよ。

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