北川れい子


 はじめに薔薇"ありき。若い好奇心とエネルギーを秘めた野性の薔薇の蕾のような見習い修道士クリスチャン・スレーター。おっと「薔薇の名前」の役名はアドソだったっけ。
 そしていま、若くて向こう見ずな危ない仲間たちを率いて血と暴力がうずまく暗黒街のメインストリートを闊歩する「モブスターズ」のスレーターを見るとき、かつての野性の薔薇のそのみごとな咲きっぷりにわが胸はときめかずにはいられない。ンニャロ。もう食べちゃいたいくらい魅力的。でも敵サンは野性の薔科の男の子。うっかり口にしたら飲み込む前に鋭いトゲで日中は傷だらけ......。
 ところで冷静に判断すればクリスチャン・スレーターはいわゆる美型一直線のヤング・スターではない。「薔薇の名前」のときの、活き活きとした表情を重い頭巾でくるんでいた顔には武骨で純朴な田舎娘のような硬質な美しさがあったが、以降の彼は武骨さはそのままだが純朴さが太々しさに変わり、いささか小柄でゴツゴツした容貌から受けるイメージは、薔薇の蕾転じて、ズバリ、触れるとヤバい手榴弾。
 そう、ピンを抜かなければそれなりに安全だが、野心とエネルギーにあふれているからいつどこで何にぶつかってピンが弾けて爆発するやも知れず、それは彼がこれまでに演じてきたどのキャラクターにも共通する。
 父を助けて夢の車の開発に若さをぶつける「タッカー」の息子役、邪悪な企み冷静に実行する「ヘザース/ベロニカの熱い日」の転校生役、「ヤングガン2」の暴走ガンマン役、海賊放送で大人や社会への怒りを爆発させる「今夜はトーク・ハード」、そして「ロビン・フッド」若い武闘農夫役etc。
 その極めつけが「モブスターズ」のチャールズラッキー"ルチアーノ役で、ストリート・キッズからギャングの大物へと成り上っていく彼の姿は、まさに触れると危ない手榴弾そのままだ。ホント、ニクいクリスチャン・スレーター様。

永千絵


 パトリック・デンプシーくんは今25歳だけれど、母親ほどの年齢の女性と結婚しているんだそうである。それも4年前に結婚したということは、彼は当時21歳!だったわけだ。
 デンプシーくんと初めてお目にかかったのが、第二次大戦中、年上の女性と次々問題を起こしてはマスコミに騒がれたという、実在の青年に扮した「ウー・ウー・キッド」だったから、私生活でも同じようなコトしてんだな、とものすごく無責任な感想をもったこともある。「モブスターズ」で来日したデンプシーくんに会って実際に話を聞いてみると、彼は高校も終えていなくて、「実社会がぼくの教育の場だった」と素直に教えてくれたけれど、その彼にいろいろな意味で影響を与えてくれたのが「妻」だったのだそうだ。
 実物を間近で眺めて、年上の女のひととしては「なるほど」と思わざるをえなかった。もともと好みのタイプではあったけれど、うむ、可愛い。たしかにくすぐられる。「ウー・ウー・キッド」を始めとして、「モブスターズ」までの出演作品はすべて、といっていいと思う、デンプシーくんは、とにかく気ままな女の子たちに、いいようにふりまわされても決してメゲない明るい青年であった。「グリフターズ」以前のジョン・キューザックにも似ているところがある。
 なかでも「ダルク家の三姉妹」は、映画そのものも素晴らしかったけれど、老女に恋心を抱かせる主人公の男の子がデンプシーくん以外の俳優さんだったら、どうだったろう、半分も感動的でなかったんじゃないかと思う。
 元気いっぱい女の子を追っかけまわさないデンプシーくんを「モブスターズ」で初めて観たわけだけれど、うん、やっぱりらしくなかった。きれいだな、とは思ったけど。俳優さんに「あの役は似合わない、この役は似合わない』と言うのはファンの身勝手を承知のうえで、もうしばらく女の子を追っかけまわしていてほしい、と。やっぱり勝手だな。

中俣真知子


 歳のせいかこのところ美形の男性を見ても心がときめくことがなかったが、コスタスに会った途端、ネジを巻き直したかのように胸が高鳴るのを感じた。さすが『ピープル』誌で「世界で最も美しい五十人」に選ばれただけある。端整という言葉は彼のために作られたのではないかと思われるほどだ。プロサッカーで鍛えた肉体は凜として逞しい。その美貌には派手さはなく、ハリウッド最盛期の美男俳優のようなクラシックな品格が感じられる。しかもあの笑顔。あれはニヤケ顔とか愛想笑いとか不敵な笑いの類ではなく、優しさから(もしくは緊張から)発した自然の笑みだが逆にそれがあまりに優しすぎるから、あまりに上品だから、ほかの騒々しい共演者たちと較べるとイマイチ目立ち足りない。実は彼は最初バグシー役に決まっていたのだが、途中で(唯一ラヴシーンのない)コステロ役に替えられたという苦い体験をした。なのに対照的な二つの役柄のアプローチができて勉強になったと飽くまで謙虚なのである。
 実際、二十八歳のコスタスは非常に控え目でひたむきな青年だ。一流誌のモデルを務めたことよりも皿洗いのバイトをしていたことのほうを誇りにしているように見受けられる。四カ国語に堪能なことなど何とも思っていない。現在交際中の女性との関係を末永く大切にしたいと素直に言う。「ハリウッド禅」のヴァレティノ役は獲得できなかったものの、オーディションで大島渚監督に会えたことが自分のキャリアにとって重要な意味を持つとけなげにも言う。だが無論こうした彼の真摯な姿勢が俳優としての成功に直結するわけではない。まして俳優が美貌で鳴らす時代が過ぎ去ったいま、一面ではコスタスの整った美しさはハンデになる。しかし彼の瞳の奥を見つめるだけで、穏やかさの中に闘志とただなら気迫が潜んでいることに気づく。それらが満ちあふれて謙虚の覆いを突き破ったとき、彼の端整な美貌は単なる添え物にすぎなくなるのかもしれない。

栗原紀久枝


 最初に打ち明けてしまうと、彼は演技派ではないと思う。この映画でも、演技ではスレイター、デンプシーに一歩も二歩も水をあけられていた。けれど、彼の美しさといったら!カッコ良さでは4人の中でピカ一である。それはもう、彼の武器である。ちょっと出の一発屋の美貌にしとくのは惜しい程の美しさである。だから私が勝手に思ってるのだけど、グリーコの進む道はH美男子の方向であってほしい。本当の、正統派の二枚目(極端に言ってしまえば大根でもいい)。昔のハリウッドスターのような、コテコテの二枚目に。今、そういうキャラクターの俳優はあまりいない。皆、認められる風変わりな、というか本格派の芝居をやりたがる。グリーコはカッコいいから、お調子者のデンプシーに物真似されたりしてからかわれる。でもそこで照れ二枚目半に逃げちゃイカンと私は思う。 今、アメリカの高校生たちは、部屋にグリーコの写真を一杯ピンナップしているそうだ。そういう”キャーキャー言われることについて、グリーコは「Reallynice」と一言。また"セックスシンボルと言われることについても「母も喜んでいる」と。そういう鷹揚さを見てると、素質あるな、と思う。うん。
 この類い稀な美しさを理解して、彼を(あんまり喋らせず)綺麗に見せてあげて、すごくお洒落な画面に仕上げて......という扱いの出来る監督と出会えれば、彼は本当の二枚目スターになれる。「モブスターズ」の中に、女の肌に刃物をシューッとすべらす、すごくHなシーンがあったけれど、あれはハマリ役だった。映画全体の中でも、あのシーンは光ってた。やっぱりコスタスじゃああはいかなかったと思う。ミッキー・ロークやニコラス・ケージなんかのHさは何か屈折した方にいっちゃうけど、そういう屈折したものを払拭したところに、新しいHっぽさ美しさは存在していてほしいと思う。「ナインハーフ」よりもっとHな映画を期待したい。(談)

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