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「清太と節子の見た八月十五日の空と海はこの上なくきれいだった」 (アニメージュ 1986年6月号
――最初に、この作品を今、なぜ映画化するのか、高畑監督、話していただけますか? 高畑 「小説を初めて読んだとき、主人公の清太が、戦時中の中学三年生としては、ずいぶん感じが違うなあと思った。 そこがすごく面白かった。あの時代の少年と言うと、ともかく力強く生き抜くみたいな感じがあって、そのためには我慢もしなきゃいかんと。 そういうことが戦争中から戦後の復興、あるいは高度成長にかけてずっと変わらなかったという気がするんです。やることは変わっても、人を支えている気持ちみたいなところで変わってなかった。」
野坂 「そうですね。」
高畑 「ところが、清太というのは違う、オバサンにイヤミを言われると、その屈辱に耐えないでぱっとそこから身を引いて別の行動をとる、我慢をしない、そういう清太の気持ちは、むしろ、今の子供たちの方がよくわかるんじゃないかと思うんです。 あそこで我慢をしなきゃならんと思うのは僕らの世代です、今の子供たちは、ムカつくなんて言い方にも端的に現れているように、快いか快くないかという判断を基準にして、何かをやろうとする。 そういうありかたと、清太の行動とはどこかで通じるものがあるんですね。子供たちに限らず、時代そのものがそうなりつつあるような気がして、この時期に映画化できるんだったら非常にいいんじゃないかと思ったんです。」
野坂 「あの主人公は、戦時中の子供としては、どちらかというと、ごく甘ったれの子供だったわけで、その点で言ったら、今の子供たちも、同じ境遇に置かれたら、アッという間にああなっちゃうだろうと僕も思いますね。 で、結局、あの兄弟は、二人だけの所に閉じこもることでしか、あの過酷な中を生きていくことが出来なかった。母親という庇護者を失った時、兄は全世界を敵に回しても、自分が庇護者となって妹をかばおうとする。 自分自身が妹のための食料になっても構わないという所まで思いつめる。それはかなりの悲劇であると同時に、一方では大変幸せな境遇でもある。清太としては。、世界中で二人っきりの天国を築こうとしているわけですね。」
高畑 「非常によくわかります」
野坂 「あれは心中物だから・・・」
高畑 「そうですね。それは最初に読んだときに非常に強く意識しました。 近松の心中物とか、そういうものを感じまして。構成から言ってもそうだという気がしたんです。主人公たちが死ぬことを前提にして、その死に至る道筋をずっと追っている。 ただその、いま天国っておっしゃったのはその通りだと思うんです。映画でもそこをきちんと描きたいと思っています。」
野坂 「現実問題として、あの男の子だってそんなロマンティックなことを考えているわけじゃないんで、実際、お腹がすいちゃうわけだし。でも、節子の四歳という年頃は、客観的に見て、女の子が一番かわいい年ごろでしょう。 それから十四、五歳の少年といえば、自分が男であるということに、つまり自己というものに気が付き始める年代なんです。そういう二人が、二人っきりの生活に閉じこもるわけですから、そこには明らかに近親愛みたいなものがある。 自分と言葉を交わす人間といえば妹しかいない訳で、血のつながりと言う非常に強いきずなもあるけれども、一方においては女の子として好きになることは完全にさえぎられているという状況で、 彼の感情というのはきわめて高まってくる――純粋化してくるわけです。」
高畑 「ええ。」
野坂 「妹の方も、環境の変化と、兄の変かというようなものに影響されて急速に大人になり、結局、兄に対して、母親の立場になったり、恋人の立場になったりする。圧倒的に保護されているんだけれども、逆に精神的な支えにもなっているわけです。 で、妹が肉体的にはどんどん衰えて行くときに、その「衰え」というものを、兄は美しくなっていくという形で見ざるを得ない。少年の日の甘美な妄想というか、そういうものがあるんですね、結局、あれはもう、死に至る毎日が道行きなんです。」
『アニメーションだから映像化できる世界』高畑 「僕は、小説を初めて読んだ時から、これをアニメーションでやりたいと思っていたんです。今回、その夢が実現したわけですが・・・。」
野坂 「あの小説についての映画化の話は何度かあったんですけど、いつも実現しなかったんです。 それは、舞台となる焼け跡の茫漠たる焼土を再現するのはまず無理だろうというのと、それから生身の身体でやった場合に、今の子供は絶対主人公を演じられないと思っていたんです。 お腹が減ってる少年が出てきて、その少年がぶくぶく太ってたらやっぱりおかしいわけですよ。大人だったらそこら辺を芸達者な所でカバーして、 これはこしらえものであると言う格好で済むと思いますが、この小説ではそうはいかない。で、このお話をいただいたときは、非常にびっくりしました。アニメーションで映画化するとはね・・・。 僕はアニメーションというと、夏休み向けのたのしい作品と云うイメージがあって(笑)、少年の冒険とか、勇気ある行動とかね。ですから、こういう悲しいお話がアニメーションになるなんて考えもしなかったんです。」
高畑 「アニメーション作品に冒険ものが多いというのは、自然だし、別に悪いことじゃないと思うんです。 ただ同時に矛盾も感じていたんですね。アニメーションということとは別にしても、戦時中の立派なお話は、非常に感動もしますし、涙を流したりもするわけですが、 そういうものを呼んだり、観たりした若い人たちが凄くコンプレックスを抱いているわけです。あの時代の人はすごかったんだなぁとか、とても私はあんなことは出来ないわ、とか。 で、何かそれはおかしいような気がするんです。勇気を与えようと思って作っているのに、観た人がなんか自分とは違うことなんじゃないかと思ってしまうなんてね。 だから何かもっと設定みたいなものがないかなとは、この作品に出会う前から考えていたんです。」
野坂 「今、スタジオで、あれは何て言うんですか、スケッチのようなものを拝見して、なるほど、これはアニメーションでやるしか方法はなかったんだなと思いました。」
高畑 「そうですか」
野坂 「全く昔のまんまなんですよ。舞台となる田んぼのところから、街並みの様子から。実写で、どこかほかの場所をとったんではかなえられないですからね、あの感じは。 昔のあの辺の写真というのは僕も随分探したんですが、いまだ見つけてないんです、で、さっき絵を拝見して、そっくり再現されているので驚きました。」
高畑 「ただ、主人公の設定としては、非常にアニメーションにしにくい設定なんですね。 十四歳というのは、実際、今の中学生もそうですけど、観てると無表情というのは、いつも不機嫌というか、精神のバランスが取れていない。 身体もそうですけど、顔なんかにもそれが出てしまう。ところが、アニメーションというのは基本的に戦で描くという、非常に端的な表現ですから、そういう表情を出すのが難しい。 笑った時にはけろっとしたいかにも愉快っていう顔で、で、悲しいって言ったら一義的にワッと悲しいになっちゃう。 そういう風な、今泣いたカラスがもう笑うという典型みたいなジャンルなものですから。その中で、こういう思春期の男の子を扱うというのは、とても大きな冒険で、清太像にどこまで近づけるかが、大問題なんです。」
野坂 「なるほど、」
高畑 「妹の節子の方も、それ以上に難しい。僕は実はテレビシリーズで『アルプスの少女ハイジ』というのをやったんですけど、あれはスタートは五歳なんです。 あの作品では原作の中の、五歳の少女の一つの理想像みたいなものを作れればいいと思ってやっていましたが、それより年下の女の子というのは扱かったことがないんじゃないでしょうか。 その上日本を扱ったことがない(笑)。それは、日本のアニメーションと言うのは、リアリティーをはっきり押し出したうえで日本を扱わせて貰えないんですね、中々。 外国の事はたくさん調べるんです。『ハイジ』なんかだったらわざわざスイスへ行って色々調べたりする。ところが、日本について、そういうことは、ほとんどできていないんです。」
野坂 「死ぬことが、まったく当たり前にあった時代的背景というものを描くのも難しいことでしょうね。 想像を絶しているでしょう、朝起きたらそこに死体があるというのは。 いっぺん夕立みたいなワーッと空襲が来たあとには、ごろごろ死体が転がっていて、それまでの町の風景が一変してしまうわけですからね。」
高畑 「そういうことを描いていくのは非常に難しいと思います。 ただ、色んな困難はあるとしても、作画スタッフには、アニメーションの具体的であるという所を生かしてやって行こうと言っているわけです。 キャラクターにしても、顔だけじゃなくて、体全体で何を表すことが出来るか、そこに挑戦したいと思います。節子の節子らしい感じが、どういう風に出していけるかですね。」
『原作者自身が体験した昭和20年の春』 ――この作品は、野坂さんの自伝的意味合いが強い作品だとお聞きしていますが。野坂 「この作品を描いたのは昭和42年なんですが、それこそ高度経済成長の真っ盛りの時期でして、こちらから観てるとその時の世の中が、何かマトモじゃないというか、本当じゃないみたいな気がした。 それで、本当の人間というのは違うんじゃないかという問いかけで、ちょっと理想化した兄弟の在り方、もっと極端に言えば、男と女の在り方を描きたかったんです。 確かに自分の体験を踏まえてはいますが、そう言う意味では主人公を理想的な背景に置いたみたいなものです。 僕自身、十四歳の時まで全く世間知らずで、ふつうの子供より駄目な子供でしたけど、ああいう状況に放り込まれたら急速に大人になってしまった。 それが自分でも嫌だった。毎日毎日の生活に適応しなくちゃならないから、まるでコマ落としで大人になって行った感じなんです。 ふつうは徐々に、様々な屈折を経て、人の裏切りにあったり、大人の冷たさにぶつかったりして大人になっていく。 こっちはひと月の間に十年ぐらいを経験しちゃったわけだから、ぼくの中に内在していた、ずるさとかが猛烈に開き直りみたいに出てきてしまった。 その時に支えになったのは、当時二歳だった僕の妹だったんです。盗みをしても何をしても、この妹のためにやっているんだからいいじゃないかという感じがあったんですね。 急速に大人になっていくときに、自分自身の大人になりたくないと言う気持ちとか、大人になりつつある過程において、我ながらひどいことをやってるという負い目なんかを、すべて妹の存在が補ってくれたんです。」
高畑 「・・・」
野坂 「妹が死んだのは、その部分は小説と年代的にそっくりなんですが、戦争が終わって一週間目の、当時、ぼくのいた福井県の田舎では、ちょうど灯火管制が解除された日です。二十二日だったかな。 夕方ね、表から妹の骨を拾って、ぼーっとして帰ってきたら、向こうの村に灯がともっている。それを見たときの、驚いた感じといったらなかった。こちら側で妹が死んで、あちら側で灯がよみがえった。 火がよみがえるというのは平和がよみがえるということにも結び付くわけだけど、その時僕は、つくづく生き延びたっていう感じがしたし、一方においてはものすごく、怖かったです。」
高畑 「こわいっていうのは?」
野坂 「いやつまり、火がよみがえったところに、ぼくは生きなきゃいけない訳でしょう。真っ暗なところだったら、僕でも生きられるような気がしてたんです。ひどいことをしてもね、真っ暗な世の中だから仕方がないわけだから。 ところが、日がよみがえって、一般の市民生活が復活すると、急速に大人びてしまった十四歳の少年がその中でどうやって生きて行けばいいのかという、大変な混乱があった。支えになってきた妹は死んでしまった後だし。」
高畑 「はい」
野坂 「正直に言うと妹が死んでお荷物がなくなったという解放感もありましたよ。これで夜中に泣かれなくて済むとか、負ぶってそこら辺をうろつかなくて済むという、大変妹には気の毒だけれど、そういう気も確かにありました。 だからあの小説というのは、ぼくはそれが嫌で読み返さないんですが、あまりにも空々しいところがある。絶対、あの妹をね、お荷物に思ったことはあるはずですから。」
高畑 「そうですね。」
野坂 「この子さえいなきゃ自分はこういう風に逃げられるとか、絶対、思ったはずですよ。」
高畑 「そこら辺の事で言いますと、映画化する場合、どうしても節子というのが具体的に出てしまうわけです、 四歳ともなると、もっとわがまま言っててこずらせるとか、そういう事があるはずだし、それで清太がたまらなくなるようなシーンがあってもいいんじゃないかと思うんですが、 やはりそれはそれで難しいんですね。物語として成り立たせるのは。」
野坂 「そこは監督の才能で補っていただきたいところです(笑)。僕自身が、ちょっと身につまされて描き切れなかったということがあるんです。 書いてるうちに、どうしても兄貴の方を美化して書いちゃうんですね。自分自身が出来なかった部分をそこで補っちゃうというのがあって。僕は決して主人公のようには優しくはなかった。 あんな風にしてあげたいと、頭では考えていたけど、実際にはできなかった。自分のものを食べないで妹にやろうと心の中では思っても、いざ、それを手に持つと、こっちも腹が減ってるものですから、やはり食べてしまう。 その食べたときの美味しさたるやないわけですが、食べ終わったときの苦痛というのも凄いわけです。 世の中に俺みたいに駄目な奴はいないんじゃないかと思ったりしてね。小説では、そこら辺の事は、一切書きませんでした。」
『全面的に信頼して監督にお任せしています』 ――映画化に際して、原作者から監督への要望はあるんですか野坂 「もう、監督の才能というのを全面的に信頼していますから(笑) だから、むしろ僕の方としては、今言ったような、兄貴の方に混乱がずいぶんあったと思うわけで、うるわしい兄弟愛だけじゃなかったという、そこら辺の部分を表していただければと思います。 それはよく言う、『原作が描き切れていない部分』を補っていただくということですが。」
高畑 「うーん(笑)」
野坂 「それはまあどんな風に表してくれても全く構わない訳で、何の注文も付けません、ぼくの言葉にこだわる必要はないと思います。 今の人たちが分かればいいわけで、受け取る方がどういう受け取り方をするのか、これもまた自由ですからね ただ、ぼくは反戦映画というのは何にしても嫌いなんだ、かわいそう、かわいそうという映画もいやですね。」
高畑 「映画化に際して、いくつも難しい点はあるんですけど、一つには、原作の語り口そのものを活かせないかなと思うわけです。 あれは、明らかに清太から見ている話だと思うんですよね。客観的に書いてある部分でも、やはり清太の気持ちを通してみていいるんです、そういう意味で、その語り口を何か活かす方法はないかと・・・。」
野坂 「それは、やはり時代背景が難しいからですか?」
高畑 「そう、わかりにくい。言わなくてはわからないだろうと思うんですよ。 さっきおっしゃった、死が身近にあったということもそうですし、それだけじゃなくて、日常の細かなこともいちいち分からないんです。 第一、製作しているスタッフがその時代を知らない者ですから。小学校四年生だった僕が経験しているだけで、あとは全く経験していない。 絵を描きはじめましても、例えば駐在所を描くと、パーッと光が漏れてる絵を描いてしまうんです。 灯火管制があったとき、ガラスには飛び散らないように何か貼ってあったとか、人から聞いて知っている筈なのに、いざ描くときには、抜け落ちて行ってしまうんですよね。 配給がどうとか、隣組がどうとかそういったことも、どれぐらい作品の中に反映させればよいのかも、むずかしいところです。 何も説明する映画を作ろうと思っているわけではないので、それは必要最小限の事でいいんですが、何か工夫して、そういうことを取り込んでいかなくちゃいけないと思うんです、」
野坂 「ええ」
高畑 「これを映画化したいと思った時に、二つも三つも道があったわけで、最初は、今までぼくたちがやって来たアニメーション映画ではない表現形式なんかを取り入れながらやりたいと思ったんですが、 しかしこういう風なスケジュールが決まり封切も決まり、その中でスタッフ編制もしてやっていくとなると、中々そういう表現上の試行錯誤と言うのはできなくて、 やはり、自分たちが一番得意にしてきたやつを最大限に発揮するという方向で、なおかつ新しいものに挑戦するというそういう作品にしていきたいと思います。ちょっと抽象的ですが(笑)」
野坂 「あの二人は楽しんでるでしょう」
高畑 「ええ、映画化にあたってもそのつもりでやってます。非常に充実してるということだけでなくて、楽しんでるということを何とか――。」
野坂 「とてもよく笑ったろうし。何かちょっとしたことが、いちいちきらきら光って見えただろうね。 海とか、空とか、むやみやたらに、八月十五日の空は青かったっていうけれど、あの時の僕らの目というのは、実によく物が見えていたんです。もう死んじゃうわけですから。 末期の目で観てたわけでしょう。何でもいちいち新鮮に見えたしね。 例えばトマト一つにしても、盗んで着て食べるとき、食欲と結びついていたにはちがいないけれど、トマトなりの生の充実感というものが、こちらへ伝わって来たんですね。 すぐそばに死があるわけだから、こちら側の生の充実感たるや、ものすごかった。 それは単に、今度いつ食べられるか分からないから、今食べてるものの味わいがよりひとしお深かったとか、そんなことじゃない。もっと根本的なことなんです。 実際、風景も本当にきれいだった。舞台になった街自体、ふつうに見たって綺麗なところだったわけです、それがもうじき焼かれるというんで、町全体がおののきながら待っていたんですから、 なおさら綺麗に見える。だから非常にきれいな風景の中で展開された、二人にとってはまことに充実した時間の流れが、今から見ると大悲劇であったという――」
高畑 「よくわかります。その辺りのことが伝えられるといいのですが。」
野坂 「今、お話を伺った限り、すべて信頼して、僕としては、バトンタッチしたいと思います。もう、監督の自由にやっていただいて・・・。 当分、吉祥寺の方には足を向けて寝ないようにしますからね(笑)」