ディノチッタ


 ローマ市内から西へ西南へ。新ローマの壮麗なビル群の間をぬけて更に車をとばす。約一時間。畑の真中に二棟の巨大なステージが姿を見せる。チネチッタと並んでイタリアの映画界を代表するスタジオ。ディノ・デ・ラウレンティス・スタジオ。愛称ディノチッタ。
 スタジオの門をくぐる前のたとえようもない興奮。ハリウッドやバインウッド、チネチッタなどもう数えきれない程世界のスタジオを訪れたのだが、このワクワクする気持はどうしてもおさえられない。未知の世界にくりひろがる人間ドラマへの限りない期待ーー。
 スタジオをとりかんで二キロ四方に及ぶオープン。西部の町が三つ、古代ローマの町が一つ広がっている。ここのサウンド・ステージは世界に三つしかない大きさと設備をもっている。一つはハリウッドのMGM、一つはロンドンのパインウッド。
 正門を入ると事務本館が三棟、その後に問題の大ステージが姿を見せる。迎えてくれたのはトム・カーライという宣伝マン。目下このスタジオでは二本の超大作がクランク中。あなたはほんとにラッキーだよ。長身を折るようにしてトムは言う。一本はピーター・オトゥール、ソフィア・ローレンのミュージカル「ラ・マンチャの男」、もう一本はチャールズブロンスンの新作「バラキ・ペーパー」。こりゃ凄いよ。めったにとんな機会はあるものじゃない。見せてもらいましょう。逢わせてもらいましょう。もう一〇〇パーセントの興奮に足をガタガタ言わせながらまずは本館に足をふみこむ。ここの一部はスタアたちのドレッシング・ルームになっていて名札がずらり。ああ、オトゥールの声がするよ。あ、ローレンが発声のレッスンをしている......。
 第一日、まずは「ラ・マンチャの「男」のセットから案内してもらったのだが、これについては号をあらためてレポートしよう。
 チャールズ・ブロンスンは何をしてるんだろう。一刻も早く逢いたいんだが・・・聞けば今日は特別なシーンのためローマ市中のホールを借りきって撮影中だそうだ。明日まで待ってここのセットで逢ったらというトムの言葉を無視。すぐ車を駆ってロケ現場へとんで行く。

ブロンズンとヴァンチュラ


 いたよ、いました。公会堂のようなホールをセットにしたててマフィアの集会シーンを撮影中。壇上にいるのが「007は殺しの番号」などでおなじみのジョセフ・ワイズマン。フロア第一列にリノ・ヴァンチュラ、第二列の左すみにブロンスン。でも何かへんだなあ、ムードが違う。そうだヒゲがないのである。ヘアスタイルもいつもとちがうよ。何だかすっかり若くなって「荒野の七人」や「大脱走」の時とまったく同じ顔になっている。
 この「バラキ・ベーパー」。実在の人物バラキの物語が出版されてベストセラーになりそれを映画化したわけだが、後で監督のテレンス・ヤングに聞いたところによるとヒゲのないブロンスンは本物のバラキにそっくりなんだそうだ。ヤング監督の命令でブロンスンはヒゲをばっさりおとした。バラキの二十代から五十代まで、ブロンスンは新しい境地にとり組もうとしている。
 今日のシーンはその若いバラキがリーダー、ワイズマンの紹介でマフィア仲間の主要ポストにつくところ。ヴァンチュラ先輩がドスをたっぷりきかせた声で祝いを言う。
 テレンス・ヤングの演出は実に快調。ミッチェル・キャメラ二台をならべてアップとロングを同時にどんどん撮って行く。テスト五回、本番三回のペース。朗々たるキングス・イングリッシュで叫んでおいて、ヴァンチュラを指導する時はフランス語、エキストラにどなる時はイタリア語とつかいわける憎さ。そんな中でヤング監督のブロンスンを見るまなざしは暖い。この鮮烈な個性への絶対の信頼。
 その夜逢ったブロンスンの愛妻ジル・アイアランド。ぬける様に美しい白い肌。思ったよりずっとずっと小柄。その体を最愛のハズによせかけて、ホントもう愛しきっているという風ぜい。ブロンスンはこれ程人に信頼され愛される魅惑を持っているのか......。
 翌日。この日はイタリアの祝日とあって人々は休む中を「バラキ・ベーパー」のスタッフだけはスタジオにつめかけての猛撮影ぶり。
 まずセットイン前のリノ・ヴァンチュラをつかまえる。今日は50代のシーンとあって髪を白々と染めている。
 「長年月にわたる役柄だから大変ですね」
 「いや、実に面白い。ブロンスン、ワイズマンという願ってもない相手だし監督がテレンス・ヤングだ。私にとっていい経験だ。」
 こっちだって英語はあまりうまくないんだがヴァンチュラもそれ程うまくない。もともと無口な人らしいのだが、いっしょ懸命こちらの言う事を聞きとろうと、ぽつりぽつりと語ってくれる。そして会話の間にチラと見せるほほえみ。そいつがいいんだな。表面すごくぼくとつに見え、それでいてこの人はきっと心の暖かい人なのだと思う。「冒険者たち」や「ラムの大通り」で見せたあの<男の魅力>は、やはり彼の本質から発散されたものだった。
 「このところいい仕事についてますね。アンリコの”ラムの大通り"クロード・ルルーシュの��冒険また冒険ーー」
 「冒険また冒険は映画製作の楽しさを存分に感じた。セットは全然つかわないでどんどんロケで撮り上げる。スクリプトは我々の意見も入れ、撮影しながら追加して行く。ルルーシュは才能豊かな男だよ」
 この作品、カンヌ映画祭で見せてもらったがヴァンチュラのとことん野放図で強くってお人好しの悪党がすごくいいんだなあ。<男>の本質とはこんなものかも知れない。のびのびとそんなすばらしい役を演じられたよろこびがまざまざと彼の語りにあらわれている。
 セット。今日はニューヨークのレストラン。ブロンスンの格闘シーン。ぐんと幅の広いダブル。すその広いズボン。一九二〇年代の典型的なダンディズム。ブロンスン、ヤング監督、共に今日は調子よさそうである。リハーサルは二回。本番五回。スチール撮影用に一回。やはりブロンスンのアクションとなれば迫力がある。
 キャメラ移動の間を狙ってブロンスンに近づく。いくら忙しくったって何としても話をしなくっちゃあ。自己紹介もそこそこに早速質問。
 「快調そうですね」
 「内容が面白い時は自然はりきってくるもんだよ」
 「ヒゲがありませんね」
 「うん。チャトズ・ランド”と”メカニック"まではヒゲをのばしてたんだがね。この映画のバラキは実伝だし本人がのばしていないとあってはおとさなくっちゃあね。この映画がすんだらまたのばすさ。私はヒゲがすきだ」
 片手でハナの下をチラリとなぜる。やっぱり気になるようだな。
 「あなた化粧品は何を愛用してるんですか」
 「いや撮影の時もあまりつけないなあ・・・(ニヤリとして)マンダムをのぞいてはね」
 昼食はテレンス・ヤング監督と。「ブロンスンはまさに72年のキャラクターだ。」
 独得のキングス・イングリッシュで語る。「今は何よりも世界の才能を結集し映画をつくる時代」
 アメリカのブロンズンを迎えてイタリアで大作をとるイギリスのヤング監督。次は日本の三船、フランスのアラン・ドロンの顔合せで「暗殺者」をイランで撮るという。「007/ロシアより愛をこめて」が自分の一番すきなアクション映画だと語る彼。ロンドンで逢ったマイケル・・ウィナーにしてもそうだったが、もう映画をつくるのが面白くて楽しくて仕方がないと言った感じ。世界の才能が集って自由に面白い映画をつくる。ああこれはほんとにすばらし楽しい事なのである。(水野晴夫)

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