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「宝島30』もついに終焉を迎えた。わたしにとっては、昨年のオウム問題をめぐる論争が印象づけられてしまった雑誌だが、いろんな感慨がある。一連の論争の中で、オウムを批判し、オウム擁護を嫌った私を倫理主義者のように言う人がいる。だからというわけではないが、今回はぜんぜんそうじゃない原稿を書こうと思う。
私はずっと、オウムのサリン事件のような、個人としての覚悟のない殺人が好みではないと言ってきた。覚悟のない殺人には、それを犯したという射精の快楽もない。うっかり精を漏らしてしまったような、気力だけは抜けちゃう、つまらない犯罪である。
不況ムード立ちこめ、せっかく不穏な空気に満たされている今の時代。私も『お前がセカイを殺したいなら」という本を上梓し、戦後五十年目の平穏な時代に破壊の妄想を繰り広げようと思っていたのに、軟弱なオウムがよけいなことをしてくれた。
犯行声明も出さぬ、誰一人として自首もしないせこい奴らのせこいテロルのおかげで、 せっかく世紀末に向けてワクワクしていた出鼻をくじかれたと思ったのは私だけではある まい。本当の破壊、本当の快楽、本当の妄想 が我々には必要なのだ、と今こそアジテーションしたい。
さて、本題に入る。
昨年の春、Kという面識のない人(新日本文学会々員・当時)から、九四年の第二五回新日本文学賞に佳作入選した、ある小説を私に読んでほしいと連絡があった。当時、私は批評集『お前がセカイ?』を出したばかりで、K氏はその本を通じて私の存在を知ったのかもしれない。
K氏は「読んでも面白かったら、作者と会う場をセッティングする」とまで言ってきた。
『天皇ごっこ』というタイトルを見たとき、あまり面白そうな感じがしなかった。
私は、大学時代、デビューしたばかりの島田雅彦の小説「優しいサヨクのための嬉遊曲』を読んで、ちょっと嫌な気分になった記憶があった。左翼を「サヨク」と呼ぶことによって、イデオロギーからの距離の遠さを自己戯画化してみせ、「今の若者ってこうなんですよ」と「ブンガク」界のオッサンたちに媚を売るこの作品。だが、当時、現役の若者だった 自分にとっては、あまりにもリアリティが ない世界に思えたのである。
学生運動がもっと大衆的な広がりを持った時代なら、あの小説にあるような、ライト感覚でデモに参加したりする層もいただろうが、八〇年代がそういう時代であるはずもない。
立て看に何が書いてあっても一般学生は見向きもしない。「政治」とか「思想」という言葉はそれ自体、ダサかった。
時代から見離され、孤立化した新左翼セクトが急進化し、公安警察の目から身分を隠し通せるほどのテロ集団としてプロフェッショナル化していったのが当時の現状であり、到底「サヨク」などという言葉が似合うものではなかった。
八〇年代は確かに物事を軽くした。しかし、そのことを「サヨク」などというタームで象徴化してしまったら、大事な「何か」が失われてしまう。そう思った。しかしその「何か」理屈にして言えない焦りに苛立つ学生時代の私だった。
『天皇ごっこ」というタイトルは、私にそうした記憶を呼び起させ「あれのウヨク版だったら嫌だな」と思わせてしまったのである。
だが、実際の作品を読んでいくうちに、そ の印象はひっくり返されていった。
『天皇ごっこ』。それは、私にとって「超カタ ルシス小説」だった。 「人を殺して、何が悪い!」
昭和から平成への替わり目の年。過去への郷愁や伝説としてではなく、現在の自分たちにとっての「天皇」を、おそらく日本でもっとも切実に感じている人々がいた。刑務所の囚人たちである。
天皇の代替わりにより「恩赦」で罪が許されるのではないかという噂で刑務所内はもちきりだった。かつて殺人をした若き政治犯の田村は、自分の恩赦を請願しつつ、腰のカリエスに苦しむ老囚・川田にも請願を書かせる。あんたは戦争中、陛下のために戦ったんだ。それで家を失って身体を壊して働けなくなり犯罪に手を染めた。だから恩赦を受ける権利がある。田村はこのようにして囚人仲間を次々とオルグしていった。
「天皇陛下万歳!」。それは彼らにとって、単現実逃避の上に美名の修辞をかぶせただ けのものであったが、田村はいつしか本気で昭和天皇を愛しく思うようになる。天皇崩御右翼の殉死がまったくなかったことを田村は悲しむ。自分自身だって、昨日まではそこまで切実に天皇のことを考えていなかったのにもかかわらず。〈計算高い精神は、奇妙な逆説の魔術で、無垢の純白に染まっていった(「天皇ごっこ』本文より)
だが、恩赦は来なかった。罪が減じられたのは軽犯罪者のみ。
田村たちを「人殺しのくせによ」と罵る看守。ついに所内で暴動が起きる。
田村がアジる。殺して何が悪い。みんな人殺しだ。それがどうした。
(二十年三月十日は一夜で十万が死んだ。沖縄の住民は十万が死んで焼かれ、エノラゲイ は一瞬に七万八千人を焼き五年で二十四万を殺した。八月九日は一瞬で二万三千人だ。しかしFDRやトルーマン、エノラゲイの乗員は鉄格子の中でこうして苦しみもがいたか?
もし近々アメリカが中南米に兵を送り、中東を無差別空爆し何十万人を虐殺しても、軍人は勲章をもらいTVで得意気に会見し、大統領の支持率は上がるだけだ・・・・・・陛下の御巡幸はみそぎだった。あれで傷はいやされた。過去のどんな罪ケガレも清めてしまう。それが天皇制だ、恩赦だ・・・・・・〉
私は素直に感動した。この被害者意識、カッコイイなあ。
高校時代に初めて聴いた頭脳警察の歌「世界革命戦争宣言』を思い出した。
<君達にブラック・パンサーを殺し、ゲット戦車で押しつぶす権利があるなら、我々にも、ニクソン、佐藤、キージンガー、ドゴールを殺し、ペンタゴン、防衛庁、警視庁、君達の家々を爆弾で破壊する権利がある。君達に、沖縄の民を銃剣で刺し殺す権利があるなら、我々にも君達をナイフで突き殺す権利があ~る!〉「世界革命戦争宣言』歌詞より)
自分の存在の正当性を言うために、世の中 のあらゆる権力悪や弱者の存在を呼び寄せ、 一気に吐き出す。まだ「尾崎豊」も「まっすぐメッセージソング」もなかった私の高校時代、頭脳警察を密かに聴くのがカタルシスだった。
「頭脳警察は左翼のとき、好きでしたね。セクトの事務所でいつも流れてた。ブント系は皆聴いてました。頭脳警察と並んで人気があったのは、なぜか中島みゆき(笑)。とくに「世情』は人気があった。えっ?『時代』?いや、あれよりも「世情』の方が聴かれてたよ」
東中野の新日本文学会館で私を待っていた『天皇ごっこ』作者の見沢知廉氏(五九年生まれ)は、あいさつ代わりにそう言って、笑った。まだ十代のように、あどけない笑顔だった。頭はパンチパーマで眼光は鋭く、かつての暴走族の突攻隊長がそのまま時間が凍結されて現代に再登場したかのようである。そのコワモテの風情に反して、肌の色は抜けるように白く、整った繊細な面だちが危ういバランスを形作っている。私はこのような「少年性」を留めた人の色気に弱いクチなので、ハッとした後にそのまま小さく息を呑んだ。
仲介役のK氏は、私の批評集で頭脳警察に ついて書いた部分を見沢氏にコピーして送ってあったそうなので、話はそこから始まったのだった。 「オレの言葉は暴力だ」
見沢氏の肌が白いのは、八二年にイギリス大使館焼き打ちゲリラやスパイ粛清事件を起こし、九四年の暮れまでの十二年間、獄中に身を置いていたからかもしれない。十代の頃から暴走族や新左翼、新右翼と転進し、テロリズムを実践してきたという見沢氏。出獄し今、大国主義を廃し、いろんな民族が牧歌的に共存する世界を目指す民族派の革命運動にふたたび身を投じている。私は不遜にも、彼のそのような素顔すらロクに知らず、会うことになったのである。
私は、ただただ、自分が読んだ『天皇ごっこ』の感動をはじめて会った作者にぶつけていた。
第一章の最後。田村たちの暴動は看守たち暴力鎮圧される。腰のカリエスを理由に恩赦を希望していた川田が「恩赦恩赦陛 下万歳!」と叫びつつ、「糞尿にまみれて、保護房でぴくぴく震えつつ獄死した。/即位恩赦、天皇の祭典は終わった」と結ぶところは、悲劇なんだけど、読んでて、妙に歯切れが良くてキモチイイ。
そう伝えたら、作者は「現代の日本文学は人をあっさり殺さないですからね。僕はあっさり殺すから、気持ちいいのかな」
とあっさり言った。 「それもあると思いますけど、川田の死というのは、憤死ですよね。憤死という形での憎悪を読み手に叩き付ける。作者が一歩進んできて、切りつけてくる感覚がキモチイイんだと思います。こういう憎悪は普通、あけすけにぶつけないて、なにかて暗示させて、読者の想像力に委ねる方が高級だみたいな考え方が、日本の文学界にはあるじゃないですか。『声高に言うのはよくない」みたいな」と私が言うと、見沢氏は得たりとばかり口を開いた。「たとえば、一九世紀以前の欧米では、文学に限らず、絵画でも音楽でも、物凄い偉大な芸術作ってる人ってのは、かーなり、猛烈な屈折とか狂気があるわけです。それを他にぶつけようがないんで、芸術にぶつけて救いを 得ている......」
見沢氏は強迫神経症だったマーラーや癲癇だったドストエフスキー、ゴッホを例に取って立て板に水の如く芸術家の狂気を説明してくれる。「...............ところが明治以来の日本の作家は心の屈折とか情念が足りない。中途半端。中流の上のやつらが、ファッションとして日本に入ってきた文化を、外面的に受け入れているだけ物真似にすぎない」
「では見沢さんにも、世界への怨念があるわけですか」「猛烈に強いと思います。ルサンチマン、あるいはリビドーといってもいいでしょう」
「オレだけがもう美だ」
オムニバス小説『天皇ごっこ』の第二章は、左翼の大物の命を狙う右翼テロリストの、世界との一体感が徹底して描写される。
<妙だ。一挙一動が決まりすぎている。くっきりと浮かび上がっている。背景と矛盾していないちゃんとした映画の中のテロリストだ。にやっと笑いさえしてみせる〉『天皇ご っこ」本文より)。
第一章で恩赦を求める囚人たちのルサンチマンが描かれているので、この気持ちは自然に入ってくる。世界からの疎外感を持った人間が、一足飛びにテロという「歴史上の物語」の主人公になった当惑。 〈オレはロビーを歩いた。ゴミがうろうろしていた。もうすぐオレは歴史になる。貴様ら――気楽にソファーで雑誌を読む女、デート、会社の打ち合わせは豚だ。
社会の歯車、無名のまま消える芥どもめ。オレだけがもう美だ・・・・・・〉「右翼っていうのは、ドロップアウトした人間が多いんですよ。暴走族上がりでね。僕はもともと中流の上の家庭だったんですが、父の会社が倒産し、一家離散して、僕も高校を中退、暴走族に入ったり新左翼運動したり。でも実は左翼は居心地悪かった。左翼は中流の上の人間が多いからどうしても疎外感を持ってしまう。ところが逆に、右翼に来ると、僕なんかドロップアウトの内に入らない。もっと悲惨な家庭で育った奴がいっぱいいる。部落出身者や在日朝鮮人も多いしね」
続く第三章は左翼の話。三里塚で、アジテ ーターの戸村一作が「反天皇」を口にした途 端、それまで分離していた左翼諸勢力が一気に団結し、盛り上がるという展開。
(なにが万世一系だ。うそっぱちだ。大陸の侵略者の子孫に過ぎん。超A級戦犯を裁け!
なにがアッ、ソウだ。我々は天皇のおんためとやらで紙一枚で戦場や開拓にかり出され、そして戦後はその税金泥棒のためにこの血と汗で耕した北総大地を差し出せという。おんなじじゃないか。天皇の御名において、お国のためとやらで何万、何億の人民がこうして差別抑圧され殺されてきたことか。殺せ!叩っ斬れ!しばり首にしろ!一族皆殺しだ!>
タブーを破った戸村の怖いものなしの舌鋒に「ウォー!イギナシッ!うわっははっは、イギナシ!ウォー」「ディスコよりもすごいぜ、こりゃあ」と声が挙がる。 「天皇」を口にした途端、こうまで盛り上がるのは、彼ら左翼も天皇の裏返しの赤子ということなんだろうなと私が思っていると、作家自身が文中でこう説明する。
その瞬間、狡猾で理屈っぽく敵意の塊の反逆児たちは、逆の意味で「陛下の赤子」にな った〉
もうこの段階に来ると、作家の言わずもが なの説明にまで愛着がわいてくる。
そして最終第四章。精神病院の治療では、患者に演劇で「天皇」を演じさせるのが効果的である、というエピソード。はじめ私は、三章と四章が話の中でつながっているのかと誤読した。三里塚の一体感そのものが、治療のために作られた「お芝居」だったということなのかな、と思ってしまったのだ。
この精神病院のくだりは、私には「世界の不幸を背負い、天皇を押し頂くような奴の論理というのは、ようするに病者の論理なの「だ」という小説全体の結論に読めた。
見沢氏は、作家としては明晰すぎるほど、物事を分析してしまう。頭がよすぎるのだ。だがそのことに、彼自身苛立っているのがよくわかる。だから次々にイメージで脳を刺激し、アドレナリンを分泌する。そのそばから事象が分析される。その繰り返しが「ごっこ」というタイトルの意味なんだな、と私は思った。 「ごっこ」でしかないという焦り。それは、もはや自分と世界を一体化して考えられず、 あらゆるイデオロギーが相対化されてしまう時代への苛立ちでもある。でも、彼は、それが相対化されたお祭りだとわかっていても、「やる」のである。見沢知廉にはそういうふてぶてしさがある。
その意味で、『天皇ごっこ』は、私にとっては、桐山襲の「パルチザン伝説』や大江健三郎の『政治少年死す』と比べても、決定的に新しい作品であった。 封殺された『天皇ごっこ』論
しかし、「天皇ごっこ』は、文壇での評価は必ずしも高くなく、賞を与えた当の新日本文学会の中でさえ評価が分かれ、「新日本文学」誌の論者のほとんどが否定的な見方しかしていない。曰く「描写が粗雑で、劇画的」「テロ礼賛している」「この作者は、人生をナメてSNJ........
私と見沢氏を引き合わせてくれたK氏は、会の中での数少ない「天皇ごっこ』支持者の一人であり、通常、佳作入選作は誌面に載せない方針の「新日本文学」に同作の掲載を踏みきるなど、作家・見沢知廉を支持する数々 のやや強引な試みが他の会員の逆燐に触れ、遂に活動停止処分を受けてしまう。私はK氏の依頼で『天皇ごっこ」論を「新日本文学」誌に書いたが、これもまた、そのアオリで没原稿にされてしまった。
新日本文学会では、『天皇ごっこ』についてはもう触れたくない、賞を与えたこと自体、もうなかったことにしたいとすら思っていると、私はK氏から言われた。
せっかくの見沢氏との出会いを、活字に残すことができなかったという無念が残った。
だが見沢氏の活動は出だしのハプニングに足を引っ張られはしなかった。あれから一年、見沢氏は「天皇ごっこ」の各章を膨らませ、新右翼と新左翼の一行が北朝鮮でよど号グループに出会う第五章をつけ加え、長編化して単行本にした。そして、今までどこにも紹介されたことのなかった千葉刑務所内部の実態記述、一柳展也や岡田茂、石川一雄など有名囚のエピソードを交えた獄中ノンフィクション「囚人狂時代』を上梓した。後者はテレビでも取り上げられ、数万の売り上げを記録している。また文芸誌に新作を発表することも予定されている。
そうした活躍を機に、私は『宝島30』で見沢氏にインタビューするという形で、ふたたびお会いできることになった。
前回は、作品の感動をただ本人に伝えたいという衝動のみで接していればよかったが、今回は、見沢氏の文学の背景にあるテロリズムの思想、そして元殺人者としての側面についてちゃんと迫ろうと覚悟を決めた。
外国人売春婦が待ち合わせをする場所で有名な新宿プリンスホテルの喫茶室で待ち合わせ、一年ぶりに会った見沢氏は、以前より血色のよい顔をしていた。何よりも変わったのは、髪がパンチパーマでなくなり、普通の真ん中分けになったことだ。前よりも外見が「普「通の人」になった。最近はヤンキーの若者でさえパンチパーマなどしていないことに気づいたからだというが、ちょっと勿体ない気がした。 殺人者の心理 -『天皇ごっこ」への批判の中に「テロリズムに至る過程がうまく描かれていない。登場人物が簡単に人を殺しすぎる」というものが ありましたが、見沢さんの方からの反論はありますか?「そういう人こそ、殺人者の心理をわかってないな、と。だって、ドストエフスキーでさえ、人を殺しちゃいないわけです。言っちゃ悪いけど(笑)。
以前、見沢さんが新聞に書かれたエッセイで、自分が殺した男の声が獄中で夜、響いてきて、俺の命の代償にお前は文章を書けと叱咤激励されて小説を書いてきたと感動的な調子で記されていましたが?
刑務所でも、僕は何人もの殺人者に全部話聞いてきたんですけど、ラスコリーニコフとマクベスみたいに、殺した後に朦朧状態になったり、手を洗ったりするっていうのは、僕が聞いた例ではないんです。殺人した後、ずっと引きずって悩んじゃうというのはないんですね」「あれは大新聞なんで、やっぱり文化部の意向がありましてね」
――実際は強い贖罪意識という感じではないんですか。「殺人というのは、セックスとか、食事とかと同じように、人間にとっては、始原的って いうか、自然のひとつじゃないかっていうく らいに思ったんですよ、僕は」
大江健三郎の『セブンティーン』でも、セックスと殺人が二重写しになっていますが。「あれは非常に正しいんです。ある意味で射精行為みたいに、非常に自然な欲求だっていうふうに思えて仕方がなかったですね。いろんな話聞くと」
ああー。「ホントに普通の人が、ちょっと歯車が狂っただけていっちゃうってのが殺人だと思う。横領とか詐欺とか、そういうのだと、どうしようもない根っからのワルってのはいるんですよ、確かに。でも殺人てのは普通の人で、勢いっていうか、運命が狂っただけでイッちゃう」
スパイ粛清事件
見沢氏が殺人をやった「スパイ粛清事件」について聞いてみた。警察によってスパイにさせられていた右翼を処刑し、富士山麓に埋めたという事件である。 -「囚人狂時代』の中で、見沢さんが獄中の殺人犯に話を聞いて、彼らが殺人をするきっかけは、たまたま信号が赤だったとかいう、神のサインみたいなものだというくだりがありますが、それは見沢さんにとっては...。「ちょうど台風が来てまして、あれが僕のサインになっちゃったんですね。これはスパイに違いないって思ったときに、十何年かぶりの大きな台風が来てた。台風だと目撃者も出にくいし、証拠も残らないだろう。これは今査問しなくちゃいけないという、強迫観念になっちゃったわけですよ。我々の場合、台風が来なければあそこまでやったかどうかっていうのはありました」
―――スパイ粛清事件を右翼版連合赤軍事件と呼ぶ人もいるようですが、連赤の総括死に似たとこもあったんですか。「似てますねえ。ただ、どちらかというと、 日共の方に似てるという気が」
日共というと、戦前の宮本顕治。「そう。総括を迫っていく内に粛清に行くっていうよりは、もう、彼は最初からスパイだっていうのを、ある程度確証してから査問。粛清になっていった。そこは宮本顕治がスパ イを殺したときに近い。だからミヤケン(宮本顕治)に凄いシンパシーを感じたんで、『天皇ごっこ』で殺させてもらったんです(笑)」
―石田という登場人物がそうですね。単行本化された長編版『天皇ごっこ』の第二章では、右翼テロリストの人物像に加えて、殺される側である左翼の大物・石田の人物像も深く描かれています。見沢さんは御自身の粛清事件についてはまだ小説にしていませんが、今回、書き加えた戦前の石田のスパイ粛清場面は、それに代わるものだと、つまり石田の粛清事件という形で自らのことを書かれているのかと深読みしたんですが。「それは、いや、実際そうです。かなり感情移入してます。たとえば、査問のときに相手がブルブル震えるとか、それはそのまま使ってますね。完全な二重写し」
Xミヤケンはオレの合わせ鏡 「天皇ごっこ」の石田はずっと天皇を呪咀しながら生きてきた。天皇にテロルをしかけることができず、スパイ粛清事件の方で捕まってしまった無念。そして獄中での生活。見 沢氏は宮本顕治をモデルにしたこの石田を、 主人公の右翼テロリストの合わせ鏡として描いている。「実際の宮本顕治は小説の石田ほど天皇にこだわりっぱなしではないけどね」
「囚人狂時代」で、刑務所の規則は明治の監獄法以来、ずっと変わっていないという記述がありましたが、宮本顕治が置かれた状況も見沢さんが置かれた状況とそれほど変わりないという、想像力の働き方もあったわけですか。「ミヤケンの獄中記読むと、もう、ほとんど同じなんです。用語から何から。ミヤケンは有名な不良因というか、反抗因だった。僕とそっくりなんですよね。幹部に直接、年中会って、あれを改善しろ、検閲を緩めろって、毎日のようにやってる。そういう不良因やると、ものすごくストレスがたまるんで、僕も潰瘍になったんだけど、ミヤケンも胃腸やられて」
――親近感は身体的なものだったんですね。「そう。で、彼もようするに、オレは政治犯治安維持法で捕まってるんだと主張している。ところが一部の職員やマスコミには、 いや刑事犯だと。殺人犯じゃないかという言い方をされて、すごく苦しむ。その辺もそっくり。だから、ミヤケンに対するシンパシーって物凄い強いんで、死ぬ前に一度会ってみたいというか、でも会ってくれないだろうなって。キャハハハ(笑)」
小市民的人生への恐怖
一年前に、見沢氏と会ったとき、彼は、まだ完成していなかった「天皇ごっこ」長編版の構想を一章ずつ話してくれた。その中で、精神病院を扱った四章を膨らまし、かつて見沢氏が書いた作品『七号病室」の要素を注入すると言っていた。 「七号病室」とは、こんな作品である。どん文学を読んでも、主人公や作家を精神病の症状に当てはめてしまう癖を持つ心理学者が人間の深淵を見るため、重罪刑務所の囚人相手のカウンセリングを買ってる。
彼はそこで、作家自身がモデルであるインテリ右翼の政治犯・Tと出会う。Tは自分を「日本と世界の権力の奪取」を指導する「メシア」だと信じている。 *
Tは刑務所で貼りの仕事をしながら、世界の救済を考えている。
医者は、こんなTに対しカウンセリングの常套手段を使う。それは病者の誇大妄想に比して、矮小な自分自身を思い知らされずにはおれない過去のトラウマに直面させるという方法だ。Tは、中学までは超優等生だったが、高校のときに家業失速でドロップアウト、登校拒否、家庭内暴力、非行に走った。彼の過去はトラウマの宝庫である。
だが、医者に自分自身の全能感と不安感の分裂を突きつけられても、Tはあっさりと認めてしまう。Tは確かに、家庭が崩壊したときのショックをいまでも覚えている。けれども、同時に、「小市民的レール」から解放されたがっていた自分もあったという。「両親の離婚証書を見た時は、本当に笑いましたよ。あれは本当のカタルシス。爆笑だったなあ。一点の曇りもなかったですねえ。一家離散にしても、それが来たから喜んだんじやなくて、来る前の平穏が怖いからひどく悩んで、呪ったんです。家業が破滅するように。それに、小市民的人生への恐怖は中学生の頃からあって、一家離散の後からじゃないです しねえ」
「オレは天皇だ」
まだ家業が順調だった頃、家庭教師を二人つけ、親に周囲は皆、敵だと教えられてきた小学生時代の見沢氏は、電車に乗ってても、回りの人間に身構えていたという。その頃、ヒットラーの手記と、ドストエフスキイの『罪と罰』に耽溺した。
「要するに、選ばれた人間は世界を変革する権利があるというような万能感に、小学校四、五年のときから取りつかれたというのがありまして」
小説「七号病室』のTは不敵に描かれているが、実際の独房での見沢氏は、さすがに徹底的な服従体制の中で自分の万能感がくじかれたという。しかし、そこで彼は自分が、神ではないかもしれないが、世界を変革する毒素、つまり白血球のようなものではないかと自分を捉え直し、文学の世界で生きることを改めて決心した。
「天皇ごっこ」の四章には、この「七号病室」か医者のやり取りが挿入され、ここでは Tは、自分を「天皇」だと思いこむ。一年前、見沢氏は、この章のラストを、Tが天皇劇によって癒されて終わるのか、それとも、最後まで「自分が天皇だ」と叫んで終わるのか、まだ決めかねていると言っていた。結果は後者となった。
「その辺はいつも揺れています。振幅は激しいですね」
いくら万能感を持った人間でも、自分が無力だという負の意識との間で揺れないはずはない。だが見沢氏は、その振幅さえ、小説の力にしてしまう。
ヒットラーに憧れる受験生、登校拒否、暴走族、テスト中に答案用紙を破っての高校中退、突攻服の右翼・・・・・・見沢氏は、かつて橋本治が「八〇年安保」と呼んだ、あらゆる「アンチ」の風景を集約させたような人物だ。私は、彼のような人間が生き続けているということに、やはり勇気づけられる。「明日、クリントンが来るんで、また忙しくなるんですよ」
インタビューの時間が終わり、彼はふたたび活動家の顔に戻り、席を立っていった。 私がセカイを殺した瞬間