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私は政治犯であり体制に屈しない反抗因であるということで、八年半を、最も過酷な処置であると批判されている独房で過ごしました。
通常社会で生きている人間にとっては「何もしない」ということは快楽ですが、拘禁された状態でそれを続けるということは逆に辛く厳しいことです。しかも小説を書くことが許されない時期があり、ハンストに入りました。あとから医者に聞いた話ですが、文字どおり死線をさまよっていたそうです。
そんな時に、二つの不思議な体験をしました。夢を見たのです。川の濁流に突っ込んでいったトラックが再度、劇的に浮き上がり、対岸に渡って走り去っていく。奇妙な夢を見たものだと目覚めた瞬間、ちょうど、目線の高さである空中に白文字で詩が浮かんだので す。呆然としながら読むと、韻を踏んで美しい、実に詩的な文章でした。そのうち、その詩を音読する不思議な声が聞こえました。私は叙情的な詩は、まるで苦手で書けないのです。ですから、自分の意識下から出たものとは考えられない。内容は、私の文学の道を示唆するものでした。そしてそれは神託のように、後日びたりと当たるのです。信じられないようなことですが、事実だからしょうがない。その神告めいたものを聞いていたために、私は死の欲望から逃れることができたのです。
もう一つは、幽体離脱でした。ほんの五、六秒のことだったと思います。あまりにも過酷な状況なために発狂寸前だったのではないかと、一般の人は思うでしょう?
ところが、直後に精神科医数人が詳しく討した結果、これはど う分析しても、幻聴幻視の類では ないという結果がでたのです。
なんとかしてもう一度あの体験をしたいと思って、就寝する前に、誰にとはなく祈ったものですが、もう二度とああいう体験はできませんでした。あれは、地獄の中の地獄を味わって、死と隣り合わせというところまでいったからでき体験だと思います。芥川龍之介ではないけれど、地獄の底まで落ちると、人間には必ず蜘蛛の糸が下りてくるのではないでしょうか。
私はこの二つの体験が、心の支えになって十二年間、発狂もせず、奇跡的に健康な体のまま世間に出ることができたのだと思います。
かつて非行少年と呼ばれた頃、さまざまな手段で死の感覚を味わっていました。シンナー、ライタガス、タオルで自分の首を締める「タオル」と呼ばれる遊び。そ してバイク。どれも恍惚感があるんですね。一回、その恍惚を味わうと一週間くらいは、辛い現実と向き合って生きていくことができるんです。死ぬことですべてが清算され、現実の苦痛から解放される。新しい自分に生まれ変われるのではないかという、期待感もある。しかし、擬似の死によって一瞬の幸福感を味わうことができるんです。今、非合法のドラッグに手を出しているのは、セーラー服普通に着こなしている女子高生や茶髪の若者にしても、その根底にはこれと通する現実逃避、漠然とした人生 や社会への絶望があると思います。
死体の写真集や、殺し殺される格闘技系のゲームが若者に難なく受け入れられているのも彼らが、心の奥で、どんな人間にも平等に訪れる絶対的なものとして「死」だけを唯一信じ、受け入れているからではないでしょうか。これは死が罪悪ではなかった時代に戻っているとも思えます。文明の爛熟期にはよくあることで、文明はどんどん発達していっているのに、人間はそこまでの速さで歩しているわけではないのですから。死への憧憬は、原始返りのひとつなのかもしれません。