メモリーオブジャイアンツ

『ジェーン・ウィザース』

ロック・ハドソンはいつも明るくて楽しかった。ジミーは役に集中していかめしい顔をしていた。 時間があれば、(二人は)いい友達になれたはず。

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『キャロル・ベイカー』

老けるのに不満だったのはジミーだけだった。 老け役が嫌だったのではなく、思うようにやれないと感じていたの。 自分が老年期のシーンを台無しにしたと感じていた。 パーティーで酔っ払ってつぶれるシーンは特に不満そうだった。 それで監督に何度も撮り直しを頼んでたわ。 おじ役のチル・ウィルスと私は少し開いた戸口に立ち ラズにとって重大なものを見てしまうシーン。まさにヒーローの死よ。 ラッシュを見たジミーは監督に近寄り、自分のショットを極力削るようにと言ったの。 私(キャロル)の顔ですべて伝えられるからと。彼は他の出演者の事も高く評価していたのよ。

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『ジェーン・ウィザース』

私も最初は当然ジミーに興味を抱いていたわ。会ったことがなかったの だけど彼は人と距離を置き、独りでいることが多かったわ。 だから彼のプライバシーを尊重したの。近寄らないようにしたわ。でもそれは彼だけ。 他の皆は私の大好きなテディベアみたいで。ジミー以外の人とは、まもなく気心が知れる仲になった。 彼は「おはよう」と言っても「やあ」しか返事しない。 コミュニケ―ションは皆無。ある時、いつものように皆の写真を撮っていたら ジミーが来て「俺の写真を撮らないんだね」と。 だから私は 「そんなこと考えたこともなかったわ。いつも独りでいるでしょ。 私たち・・・特に私に近寄りもしない。私はねヒトの希望はできるだけ尊重したいの。 だからあなたのことも邪魔をする気なんてない。」 彼は「俺の写真を撮っても別に構わないよ」ですって。 だから「喜んで撮るわ」と答えた。 この時をきっかけにして、そのあとはどんどん親しくなっていったわ

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『アール・ホリマン』

ジミーは以前、手段が大切なんだという考えを話してくれた。 熱い砂漠を走っていた時の話も聞かせてくれた。テキサスの夏だから猛暑だった。 アスファルトのハイウェーに事故車が泊まってた。ケガした黒人男性が路肩に横たわってた。 日差しが照り付ける中でけが人がいるのに、救急車が来るまで1時間もかかった。 ジミーは直射日光がけが人の顔に当たらぬように、傍に立って自分の身体で影を作ってあげた。 牧師が教会でその話をしたそうだ。通りすがりに車を降り人を助けるとは、すばらしい人間愛とね、。 教会で話題になったとジミーはいたく感動してた。

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『ジェーン・ウィザース』

ジミーは本番の前に信じられないことをしてたわ。 肩を揺さぶって指を振るの。私は恐る恐る見てた。 ある日聞こうと決心した。そこでジミーに近づいていき、質問をしてもいいかと切り出したわ。 「身体を曲げたり肩をゆすったり、どうしてそんなことをするの?」 彼の返事は「その気になるためだよ。これから演じる役に入り込む。君は何もしないんだね」 と逆に言われたわ。私は「アクターズ・スタジオのメソッドと演技のレッスンなんて受けたことがないの。 感じたまま演じる以外に演技法を知らない。役について一生懸命考えるの。この役ならどう考えるかとか。」 すると彼はこう言ったわ「それはいいアイデアだね。」

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『キャロル・ベイカー』

ジミーはスターになりたてで、少しコンプレックスがあったと思う。 リズやロックをからかうこともあったわ。アクターズ・スタジオの出身じゃないからってね。 ブロードウェーの希望の星じゃないって。 多少二人をうらやんでたのかも。二人と同等の扱いを受けてたのにね。 扱いが違わないかどうか、彼はいつでもその事を気にしすぎてたと思う。

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『ジョージ・スティーヴンス・Jr』

父は時間をかけて撮る人だった。ジミーは若くせっかちで、遅いペースにじれったさを感じてた。 と言っても父は結果を重視していたし、ジミーは結果を出してた。それは一種の想像力と努力のたまものだったろう。 投げ縄も衣装もよく研究してたね。父もミスキャストとは一度も考えなかったと思う。 ジミーの演技は作品に鋭さや興奮を与えてくれたんだ。

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『キャロル・ベイカー』

ワーナーの撮影所に行った時はニューヨークから来たばかり。初の映画出演だった。 ワーナーは私と契約を結ぶために、ハリウッド大通りのホテルを押さえてくれた。 撮影所では名乗ったけど、知らないと言われて足止めよ。数分後にジミーがバイクに乗ってやって来た。 最近はバイクに乗る人は大勢いるでしょうけど、当時バイクは刺激的な乗り物だった。 彼は私を後ろに乗せて撮影所内を走り回ってくれた。

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『ジェーン・ウィザース』

毎日、長い時間撮影した。でも夜は何もすることがなかった。 だからウィザード慰問所を始めたの。借りていた家に皆が集まって来たわ。 モノポリー大会やブリッジ大会をした。バカな遊びを色々やったわ。 退屈しのぎだったけど楽しかった。ロックはほぼ毎晩来た。 ジミーは皆が帰った後にしか来ようとしなかったわ。彼が初めて来たときはびっくりした。 戸締りを済ませてコーラのビンを片付けていたら予備の寝室から物音がしたの。 「今のは何の音?」調べてみようとドアを開けたら、ベッドにジミーが寝てた。上下に開く旧式の窓が開けられてた。 彼はその窓から中に入って、ベッドに寝ていたの。手を頭の後ろにおいて、帽子で顔が隠れるようにして。 「いったい何をしているの」と聞くと彼は「皆が帰ったから話にきた」と。 「そんな必要はない」と私は言った。「今後は皆と同じように玄関から来てちょうだい」 彼は「このほうがいい」と言ったわ。だから釘とカナヅチで窓を二つとも打ち付けてしまった。 「玄関からしか入れないわよ」

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『ジョージ・スティーヴンス・Jr』

ジェットリンクを演じるジミーの着てた服は実際に着て生活してた物だ。 そして帽子も汗や泥にまみれてた。父は西部の男は2枚しかシャツを持たないと言ってた。 だからシャツは汚れてくたびれて生活感がある。 父がジェットリンク役をジミーに依頼する前に、ジミーはワーナーの撮影所を歩き回ってた。 ジェットらしい服装で役を得ようと頑張ってたんだ。モンゴメリー・クリフトなど経験者を検討していたので 若い彼の起用は賭けだった。

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『キャロル・ベイカー』

ジミーは素晴らしい俳優だと思っていた。役に自分のすべてを注ぐべきと固く信じていたようね。 彼はカウボーイとずっと一緒に過ごし、奇行をしていると報道された。 投げ縄をしたり、はたまた乗馬をしたり、ライフルに挑戦してみたり そういうのは全部役作りの為だったの。おかげで見事なカウボーイぶりよ。 そして投げ縄を練習した成果はポーチのシーンで見られる。帽子の被り方も完璧。シャツも常に着たままだった。

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『ジェーン・ウィザース』

ピンクのカウボーイシャツがお気に入りだった。確かにシンプルでおしゃれなシャツだった。 だけどそれを毎日ずっと着続けてた。いつ洗ったのかと聞くと「洗濯でなくされた」というの。 残りはこの一枚だと。だから「隣の部屋へ行って、洗いたてのバスローブを着なさい」と言ったわ。 そして「代わりに、そのシャツを貸して」。私が洗ってあげたのよ。丁寧に手洗いをした後で乾燥機に入れたところ 彼は縮むのではと心配していた。以来彼のシャツを洗うのは私の仕事になったわ。清潔になったわ。

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『ジョージ・スティーヴンス・Jr』

父はジミーの起用を決めると彼と話し合いをした。レーシングカーの話もした。 父は彼に言った。 「運転好きなのは分かる。だがみんなの事を考えてくれ。 腕や足を負ったり君の身に何かあればこれに関わる300人の仕事がストップするんだ。 だから撮影中は運転しないでほしい。」 ジミーはこれを了解した。そして本当に一度も運転しなかった。

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『キャロル・ベイカー』

彼は数年前から知ってたけど、よくわからない人だった。 私たちアクターズ・スタジオの出身者は週一回集まってクラシックを聴いた。 真面目な人たちだったのよ。ジミーもよく来たけどいつも遅刻であいさつもなし。 しかも誰にも断らないでいつの間にか帰ってた。誰とも話さなかったのはとてもシャイだったからだわ。 だからどんな人だかよくわからなかった。この作品にかかったときに私にくっついてきたのも 以前からの知り合いだったからよ。この撮影中に彼と過ごして以前よりよくわかった。 何年も前から知ってたのにね。彼って人は友達は欲しくても友達を作るのが下手だったの。 リズをロックから奪うとか動機があれば話は別よ。それなら積極的になって打ち解けて話もできるわ。

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『ジョージ・スティーヴンス・Jr』

彼は撮影が終わると車でサリナスのレース場へ。父は「車はレース場までトラックで搬送を」 「そうする」とジミーは答えたそうだ。これが父と彼との最後の会話になった。

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『キャロル・ベイカー』

監督の息子さんは空軍で、いつもアメリカ中を飛び回ってたものだから私たちも心配だった。 ジミーはレーシング・カーやバイクに夢中だったから、撮影前は当然心配したわ。 だけど実際には撮影してる間は、ワーナーから運転を禁じられていたのよ。 彼は他の人より2、3週早く撮影が終わったの。皆に言ってたわ。「愛車のレーシングカーでレースに出る」って。 スポーツカーを運転して帰るって言ってた。

知らせがあったときはみんな試写室にいた。その日のラッシュを見ていたのよ。急に電気がついて監督が電話をしてた。 あの顔は一生忘れられない。血の気が引いて真っ青だったわ。何か悪いことが起きたのはすぐに部屋全体に伝わった。 飛行機乗りの息子さんのことがまずは頭をよぎったわ。監督は何度か深く息をついて試写室は静まり返った。 しばらくして監督は口を開き抑揚のない声で こういった

「ジェームズディーンが交通事故で亡くなった」

私たちは呆然としてしまった。泣きも叫びもしない。誰も動くことさえできなかった。 その後のことは覚えてない。ラッシュは見なかった。長い間座ってたけどその後ぞろぞろと外に出た。

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『ロック・ハドソン』

あの時・・・、知らせが来た時は・・・みんな試写室でラッシュを見ていた。 誰かが泣きながら「ジミーが死んだ」と。監督は外に出た。僕も彼の後を追った。 ワーナー・スタジオのサウンドステージを抜け、そこで見失ってしまった。なぜ?どこへ? 独りになりたかったんだろうな。

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『ジェーン・ウィザース』

あの朝は妙に静かで変だった。いつもの朝ならもっと活気があるのだけど あの朝はいつもとは全然違った。変に静かなことには他の人も気づいてた。 だって「どうしたのよ」と皆に尋ねても、上の空で聞いてなかったぐらいよ。 静かにさせるために笛を吹かなくても大丈夫ね。そこへ監督の姿が目に入った。 それまで見たこともないような様子だった。

・・・何かあったと感じたわ。ナイフで心臓を刺された気がした。 ジミーではないようにと祈った。レースに行くと聞いてたから。彼とはその前の日にあってるのよ。 ピンクのシャツを手に「俺が戻ってくるまで預かってくれるかい?」と。 でも彼が立ち去ったとき不思議な感じがした。何とも言いようがないけど、もう会えないような気がしたの。

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『モンテ・ヘイル』

ある日、端に結び目の付いたロープを持ってた。輪を作って結び目を通すとまた結び目ができる。 ジミーが「教えてくれ」と。だから俺は「後ろから腕を持つよ。じっとしてれば俺がやってやるから。」 そして何度か結び目を作る練習をした。「出来るようになったから作品中で使えば」と。 ジェットが大金を拒むシーンがとても好きだね。

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『撮影に参加した地元のテキサス人』

A:

ジーンズをはいてデニスホッパーと一緒。 ジミーはクスクス笑っていて本当にセクシーで楽しそうだったわ。 私たちとの会話を楽しんでいたわ。3、4回くらいだったけど、朝食中に食堂に入れてもらったの。 写真を撮ったわ。何を食べてるかなんて話してくれた。

B:

友達何人かと一緒に彼をパーティーに招いたの。 来てくれたけど実は男は彼一人だった。かわいそうに、さっさと帰してあげたわ。

C:

自分を演じてるのよ。最高の役者になりたくて。「本物の役者を見せる」って言ってたわ。

A:

撮影終了後、ジェームズ・ディーンたちはお祝いしてたわ。家に帰れるんだもの、そしてあの悲劇。

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『ボブ(ロバート)・ヒンクル』

1955年9月30日金曜日だ。 前日に撮影が終わって、ジミーはレースのためサリナスへ。俺も同乗するはずだった。 ジミーの父親が行けなくなって俺もダメになった。 夜中の一時にスタジオを出た。レースに出る準備も整ってた。朝に会おうといった・・・。

「話がある。問題が起きた」と言うと「どうした?」「ジミーが死んだ。」 ・・・ リズが泣き始めて・・・すまん。ジョージもみんなも泣いてた。 もう40年も前の事なのになぜ泣けてくるのかな。 誰もがショックを受けた。若くて才能もあった。本当に惜しい。

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『デニス・ホッパー』

撮影終了前に死んだ。あと二週間の予定だったのに交通事故で。ステーションワゴンと正面衝突したんだ。 ジョージたちはラッシュフィルムを見てたから。 24歳の演技として最高だ。それに疑問の余地はないと思う。19歳から始まって60代までを演じたんだ。 映画史に残る名演技だろう。


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