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『チャイナシャドー」を撮影中のジョン・ ローンを訪ねて香港の地を踏んだのは、 昨年の5月末。北京の学生デモの熱気が香港にも伝わり、中国人スタッフも多い撮影クルーは異様なほど盛り上がっていた。そして惨劇の起きた6月4日。天安門での犠牲者を悼む喪章と黒はち巻きを身に付けたジョン・ローンはいつもとは全然違う震えた声で怒りを露わにしたも のである。 ジョンにとって、あらゆる意味で“フイルモグラフィーの中の1本”を超えてしまった『チャイナシャドー』。日本公開と、PRのための来日を前に、今では敵てなくなった故郷・香港で語ってくれた自分自身のアイデンティティー、そしてこの映画への思い入れなどをたっぷりお贈りしよう。 香港で映画を作ることに心を動かされた 撮影真っ只中にあの天安門事件が起こったり、いろんな意味で「チャイナシャドー』は忘れられない作品になったと思いますが、まずこの映画に寄せあなた自身の“想い”から聞かせてください。 ジョン・ローン(以下J・Lと略す):とにかくこの映画で明確に言えるのは、非常にエキサイティングで稀な状況下にあった、と。つまり、アジア中でこの映画ほど大勢の人々にサポートされた作品はこれまでなかったと思う。 日本では僕の力を信じて巨額の投資をしてくれたし、アメリカ人、香港の中国人、オーストラリア人、英国人の力を借りて、アジアで1本の映画が完成された合作映画というと今まではミフネ(三船敏郎)がいつも軍師を演じたりするお決まりの『トラトラトラ』のような戦争映画だったろう?それが今回は初めて現代的で国際的なドラマになったと思うんだ。僕はこれからもアジアのことを世界的規模で、かつ普遍的に扱う映画に関わっていきたいと考えているが、その点から見ても『チャイナシャドー」は大きな意味を持つと思う。
映画には多少複雑な個所もあったかもしれないけど、今、この時代に作ったということが、何年か経った時に凄い意味を持つかもしれませんね。JL:そうなんだ!本当に時間的な意味では的を得ているよね。映画自体はところどころ混乱が見られるけど、僕自身は自分のことを“決して失敗が許されないような大物”とは思ってないからね。何 か学ぶことがそこにあればいいし、今回は僕にとって初めて最初から最後まで映画制作に関わった映画で、それがとてもエキサイティングな体験だったんだよ。プロデューサーとしてのクレジットはされていないけど、僕自身、プロデュース面に携ってる わけで。
他に思い入れのあることは?JL:まったく個人的な話なんだけど、香港で映画を作るということに心を動かされた。僕が(18歳で)香港を出た時には心情的にもいやなことばかりだったし、苦い思い出しか残ってなくて。何しろ『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』のプロモーションで初めて香港に戻って来た時などは、この街がイヤでイヤで、ちょっとでも早く香港から去りだかったぐらいで。香港の人々が自分にそれほど親切にしてくれないという風に感じたのは、僕が香港を捨ててしまったからなんだろうね。とにかく僕にとっての香港はイヤな場所”だった。それが今では、香港に帰ってくるたびに人々とのつながりが深まっているという感じがするし、彼らに対して憐憫の情のようなものさえ抱いている。だって彼らは、何の約束もない将来のために必死に働いているんだよ。それに、いつか香港を去ってまた一からやり直さなければならないんだからね。いや、中には香港を後にするなんて想像すらできない人もいる。ただこの地を出て行くにしろ、残るにしろ、香港の人は決して喜んで香港を捨てたいわけじゃない。だから、そういう人達の 心情を考えると胸が痛くなるよね。そして...こういう状態だと、自分が今まで味わってきたことをれだなんて思わなくなってくる。それよりも苦しんでいる人に対しては自然に同情してしまうし。肉体的にその苦しみを分かち合うことは出来なくても心情的には彼らと同じように苦しんでいるつもりだ。僕も中国人であるからというのではなく、人間として、という意味でね。 僕自身、ある人の話を聞いて感動せずにいられなかったんだが今でこそ成功を収め、家族共々幸福に暮らしている彼だけれど、中国から海を泳いで香港に渡って来た当時は、新聞紙にくるまって路上で寝ていたという。道路で乞食のように寝ることも覚悟の上、本当に何もない状態で香港に来れるのは何なんだろう?と。この話を聞くと中国人の何世紀 にも及ぶ苦悶の歴史を思い出してしまうんだ。だか らこそ“ヘンリー黄”という自分の役柄がとても好きなんだ。中国人の苦しみの本質を多少なりともえぐることができたし、表現することもできたからね。
以前、あなたが話してくれた中国の古典話『キャメル・ボーイ」と同じものがヘンリー黄やあなたにもあるんでしょうね。田舎の少年が上海に出て来て、人力車夫となって街で成功しようとするけれど、そのうち現実の壁にぶつかる、というような話が。JL:僕自身、こういう話はいつの時代にも存在すると思っている。人間というのは常に向上していきたいんだからね。若者がバスにとび乗ってハリウッドやNYで一旗上げてやろうとやって来るのは日 常茶飯事だし。ただ、ヘンリー黄の場合は少し違うと思う。なぜなら、彼はビジネスマンとして成功しようと思っていたわけでなく、中国という母国に対して理想的な考えを持っていたわけだから。彼は常にリーダー的な存在になる人物じゃないかな。中国人の団結は必要不可欠な大切なことなのに、現実の 中国は今、凍結している状態。ヘンリーにはそういう 状態を打開していく心や才能が備わっているんだ と思う。 映画の終わりの部分の台詞は、僕のアイデアが基になっているんだけど、彼が手ぶらで中国に戻って行っても「何か重要なことを成し遂げるんじゃないかという印象を与えたと思う。それは別に政治的意味などでなく、もしかしたら産業界においてかもしれない。ただ単に新しいビジネスのため、とは思えないだろう。とにかく彼は、どこに行っても必ずブリーダーになる素質が備わっている。そこが僕には気に入っているんだ。
あのラストシーンの飄飄さがいいですね。気張 ろうと思えば気張ることもできた場面なのに、さり気なく向こう側(中国)に戻って行く感じが、逆に深い意味を持つようで。JL:見る側の人間というのは、直観的に鋭いものを持っている。僕は、それが歌舞伎であれ、映画であれ、芸術の"核心”というのは送り手が真摯であるかどうか、純粋であるか否かにかかっていると 思っている。だからこそ自分も真摯であろうと心掛けているし。自分に対して自信を持ち、かつ自由であろうとするためには苦悩を味わうこともあるけれど、だからこそ正直でいられるのだ、とも思うんだよ。正直さを忘れ、見え見えに表情を作り過ぎたりすれば、観客は「何か違うな」とピンとくるはずだ しね。
『僕自身、今、アジアの再発見をしている』 製作発表の段階から、あなたとヘンリー黄の共通点については喧伝されてきたけれど、演じている間に新たに発見したようなものは?JL:ヘンリー黄という人物は、僕自身の中には存在しない、と言っていいと思う。「ラストエンペラー』と同じように、僕が彼を創り上げたんだ、と。つまり外側でではなく、自分の内側に何かを見出さなければならなかった......そういう発見という意味ではちょうどいい時期にヘンリー黄を演ずることができたんじゃないかな。というのは、恐らく彼は僕以上に自信家で、自分が自分であることを謳歌している人間だと思うから。僕自身、そんなヘンリーを通して「自分であること」を楽しめたし、「安心できる心地良さ」を味わったよ。彼は『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン」のジョーイ・タイ役よりもずっと強いキャラクターだったから。もっとも、野望や陰謀を秘めながらもヘンリーという人間はとても正直だと思うし、だからこそ彼が好きなんだ。言い方をかえると、ヘンリーという人間の人格を使って自分らしさを表に出そうとしていた、ということになるのかな。例えば衣装の選び方一つとっても、ヘンリーは適当にゆとりのあるスーツを着るんじゃないかなと思ったから、ジョーイ・タイのようにもったいぶった格好はしなかった。何しろジョーイは、ダンヒルのライターを使ったりして見栄っ張りで(笑)そのくせ迷信に取り憑かれた香港人という感じだった だろう?でもヘンリーはもっと正直な人間だ。ラ ストシーンで白いシンプルなシャツを選んだのも、 それでだよ。
共通点とは逆に、ヘンリーとあなたとの相違点をうかがった時に、「彼がビジネスマンで、僕はアーティストという点かな」とおっしゃったのが印象的でした。その後すぐ「でもヘンリーはヘンリーで、ある意味でアーティストなんだよ。創作して、破壊して・・・・・・幻想を創って、かっこ良さ、誘惑的な雰囲気を創り上げていく・・・・・・別の次元の劇場に生きている男なんだ」とつけ加えられたコメントも。その思いは演じていて次第に強くなりましたか?JL:もちろんだよ。ヘンリーに限らず、君のようなジャーナリストも、そして子供や家族の世話、毎日の雑務を一手に引き受けてさらりとこなしている主婦だって、ある意味ではアーティストだと思う。それぞれの分野で、周囲の人達の心をなごませたり楽しませたりするのは芸術だと思うから。政治家もそう。彼らはどういう風にして人々の注目を集め、耳を傾けさせればいいかを知っているだろう?それだって一種の芸術だよ。 面白いのは、今度は逆に僕自身、もっとビジネスマンにならなければいけないと思うんだ。というのも、芸術に対してナイーブにばかりなってはいられないからね。世界中からもらう「一緒に仕事をしてくれ」というオファーの中から、ビジネス面でもいい決断を下さなければならない。僕自身の自由は自分で守っていくしかないし。ここ数年の自分で歩んで来た道を考えてみると、自分はビジネスマンとしてもなかなかのもんだと自負しているよ。ケチなことをしたという意味じゃなくてね(笑)。なぜこんな話をするかというと、現在、アーティストとして成功するためには頭の切れるビジネスマンでなくてはならないんだ。そうそう、ヘンリーにもほんの少しだけ、力になってもらったよ(笑)。映画のクランクイン前に、香港の金融の中心ポン・センターに行って、ウォール街にいるような投資銀行家達に会ったんだ。ヘンリーの役作りのため。いや、彼ら、とくに大きな取り引きで意志決定を下す人間っていうのは凄い切れ者ばかりだよ。同時に、素晴らしい芸術家でもある。彼らは人々の毎日の生活に深く関わっているものを頭を使って創り出してるんだから。例えば、何十億ドルという金を投じて香港と中国の間により良いコミュニケーション・システムを確立しようとするプロジェクトに関わっているビジネスマンに会ったんだ。とにかく、香港は中国とのコミュニケーションの中心になるところだし、僕自身、そうなることを願っている。じゃないと、中国はまた馬鹿げたことをするかもしれないからね。香港はこれからもずっと存在していくわけだし、北京がこの後10年で香港のようになるのは不可能だろう?で、彼らは僕に、香港の新空港建設や北京香港間を走らせる超特急の計画等に関するビデオを見せてくれたんだけど、これはもう芸術だよ。かなりの想像力があり、リーダーシップをとれる人物が創り得る。 ある類のね。もう僕は彼らを素直に尊敬してしまったし、刺激も受けた。それにとても忙しいにもかかわらず親切にしてくれ、2時間も僕のために割いてくれて...............というのは、彼らはアジアに興味を持っているから、僕にも興味を持ってくれたんだ。おかしな話だけど、ある銀行家は「あなたがポール・ニューマンやロバート・レッドフォードだったら私は10分間くらいしか時間をとれませんが、あなたはジョン・ローンですし、我々はアジアに対して興味を持っていますから、お力になりましょう」と言ってくれたよ(笑)。アジア全体が僕の力になってくれている、アジア全体が僕に目を向けてくれているとても心強い思いがした。なんか僕自身、今、アジアの再発見をしているようで、居心地がいいし、映画界以外の人間ともこうした交流を通じて、これまでと違ったより良いアジアを創り出していきたい、と考えているんだ。
僕にとって、世界中が家族だと思っている ヘンリー黄が例えば競売の時などに見せる冷徹な強さと共に、人間的な弱さも魅力的だと思いますが、そのあたり、あなたはどう思う?JL:僕は、人間は基本的には誰でも自信を持っているし、正直であり、かつ栄光のためなら敢えて“弱さ”をさらけ出すのも臆さないものだと思っているんだ。それはたぶんその人物の“強さ”からくるんだろうね。弱さを見せることさえ恐れないくらいしっかりしたものがないといけないんだから。僕はいろんな意味でまだまだヘンリーの域には達していないな、と思ってるよ。あれほど自信もないし、確信も持っていないから。だから、自分のことを実際以下に感じることなく、自分の弱さを平気で他人にさらけ出せるくらい確信を持てるようになれば、と思ってるんだ。だって我々は人間でしかないんだからね。だからこそ傷つきやすく、感受性に富んでいて、そして完璧ではない。機械じゃないからね。
――じゃあなた自身の弱さ、というのは何?JL:難しい質問だな。まだ自分のことをそこまで公にさらす準備ができてないからね。というのも今僕は、“自分”というものを保持しようとしているところだから。敢えて言うとすれば、僕の"弱さ”は同時に“強さ”だと思う。つまり“感情”がそれなんだけど・・・・・・。僕は自分の感情に従おうとしているし、正直であろうとしているから、感情はもう皮膚に近いようなものなんだ。だからこそ演技でもその心の底からわき出してくる感情を表に出そうとするわけだけど。表面的な態度とかフリじゃなくてね。すると往々にして感情的すぎてしまうことになる。個人的なことでではないんだけど、僕が感情を表に出しすぎると、突然、周りの人々はその表に出た僕の感情だけに注目してしまって、本来の目的、話の筋から意識が離れてしまうんだよ。ここが僕の弱点だろうね。ただし、よくなりつつあると自分でも思うけど。
どうして良くなったんでしょうか?JL:生きているからだよ。言い換えれば、僕の人生というのは他の人達のそれとは全く違っていて、常に神経を張りつめたような生活だと思うんだ。仕事をしている時は、自分自身の持つ感情と映画の中の役の感情の双方をうまく繰り、なおかつ自分の感情に触れて常に自問し続けていなければならないんだよ。だから、こういう過程を通して僕はいつも何かを学んでいるんだと思う。そしてそれも自分の枠を広げていく上では役に立っている、と。だからこそ、自分の仕事が好きなんだろうね。理由はそれだけ。金も名声も、人からどう思われるかなんてこともどうでもいい僕が仕事に夢中になれるのは、自分のことがよくわかり始めてきたということだから。 僕は、そうやって自分自身をセラピーにかけることによって自分が自分の友達であり、心理セラピストであるということに気づき、誇りを持ってるんだ。なぜなら自分の問題を解決することができるし、もし解決することができないにしても、それをきちんと理解できるからね。
映画の中では、アイデンティティーを探すというか、それを無理矢理つきつけられることもテーマの一つになっていると思いますが、人間、自分が何者かはもちろん知りたいけれど、反面、答えが近づくと恐怖を感じたりもする。その思いはあなたにもありませんか?JL:僕は自分のアイデンティティーはきちんと見つけたと思っている。それは、自分がアーティストだということなんだ。アーティストには肉親とか時計(時間)というものはいらないんだよ。必要なのは、経験とアーティストであるための訓練だけ。世界中が僕にとっては家族だと思っているし、すべての神々を受け入れることもできる。無からスタートした僕は、今でも相変わらず何も持っていないけ ど、でもすべてを持っているような気がするんだ。
でも、それに近づく前は葛藤のようなものがあったんではないですか?JL:小さい頃、兄弟や姉妹、あるいは人とのつながりがあったらいいなと望んでいたことは覚えているよ。だからといって、大きな問題を抱えたことはないな。僕の性格なんだろうね。寂しい思いをする時もあるけど、それは皆同じだと思うしね。植物を見ても、土の中から地上に芽を出すためにあんなに固い土を押し上げているだろう!?自然界のものはすべてそうじゃないかな。混沌としている中、後退することはできず、前進あるのみ。そのサイクルの繰り返しで。 環境に甘えることを覚えてしまった人間もいるけど、彼らは甘い物がどういう物かということさえわからなくなっている。当然、苦いという意味もね。家族や身寄りがいなかった、あるいはそれで苦労したというのは、僕の人格を確立するための一部でしかない。苦悶することなく良い結果が生まれてくるわけはないからね。それだけだよ。
人間の苦しみは、良い結末のためにある ーチェーホフの芝居には、どんなに状況が過酷でも生きていかなければならないことを知っている人間が出てきて、それが心を打つ。ヘンリー黄も、これまでの映画なら、派手に自分の命を断つという解決があったはずなのに、生きていく道を選びますね。どんなに大変でも生き抜くという選択はあなたの半生と通じるような気がしますか。JL:そう。僕は諦めなかったということなんだろうね。ずっと前、アメリカでもう希望も何もないと思った時に、生きることを諦めかけたこともあったけど、なぜか神は僕が生き続けることを選ばせた。
その理由は何だと思いますか?JL:はっきりとはわからないけど、僕は基本的にはとても楽天家だし、この世界に対しても尽きぬ好奇心を持っている。僕を前に歩かせ続けたものは僕が常に抱いている疑問、漠然とした思いだと思うんだ。まだ若かった頃、僕は世の中の動きや人々を見ていても「最終的には良い結果を迎えるのではないか?」といった疑問というか希望のようなものを持っていたんだ。別の言い方をすれば「良くなるはずだ!」とね。つまり、人間の苦しみ、悩みというのは最終的なものじゃないのでは?と。だから今は、意識的かつ肯定的に「苦しみは良い結末のためにある。最終的には良くなる」と言うことにしている。もちろん中には花を咲かせずに死んでしまうも のもあるし、人間だって突然の事故で命を落とすこともある。でもそれも含めての自然の法則なんじゃないかな。自然には常に例外というものがあるけれどすべてはより良い方向に進んでいくものと信じ てるよ。
突然、直球の質問を(笑)。『チャイナシャドー』を客観的に見てみて、あなたの好きなシーンを教えて下さいませんか。JL:僕は映画の中で言葉や何やらで説明するのが大嫌いなんだ。いいドラマというのは説明などしなくても、ただ映画を見せるだけで人々の理解を得るものだと思っているから。というわけで、ヘンリ ワードヤン 一、当時は呉昌が中国を去るあの冒頭のシンプルな場面が好きだな。くどくど説明しなくても、何が起こりつつあるか、わかってもらえるはずだしね。呉昌とモンリンが中国から香港へ泳いで渡るというシーンも、変に力んでなくていいと思う。実際には30マイル(約48km)を泳がなくてはならないんだけど、観客はそれは知らないだろうね。でも、これって映画の素晴らしさじゃないかな。肉体的に苦しみを表現することで"30マイルの遠泳”と言わなくともわからせることができるのだから。 それと・・・・歌を歌っているシーンや踊っているところなんかはとても素直な表現だと思うんだ。ちゃんと中国を見せていたもの。あれはどうしようもなく中国であり、中国人なんだよね。 ラストの中国に歩いて行くシーンもシンプルで素直で、好きだな。あれは僕自身の姿で、僕が10代の頃、香港を後にしたのと同じだったんだ。荷物はたったひとつしか持っていなかったけれど、何も怖くはなかった。ヘンリーと同じだよ。もちろん、ヘンリーが中国に戻って行ったのと、僕が中国からアメリカへと渡ったのは違う種類のものだったけど、フィーリングは同じだと思う。我々は自分を信じていたんだ!それまでに自分の作り上げたものなんてまったく重要じゃなかったから、すべてを後にして行ったんだよ。必要なものは全部ここ(自分自身の中)にあったわけだから。それに誰もそれを僕から取りあげることなんて出来はしないんだよ。僕だけのものだからね。
今おっしゃったダンスのシーン。あなたが京劇をやっていたことは情報で知っていたけど、ああやってポーズをとるだけでも「ああなるほどね」と。ちゃんと決まってしまうんですね。自分で踊っていても「やはり基礎は身についているんだな」と思いました?JL:体の中を脈々と流れているとでもいうのかどうしようもないことなんだよね。あのダンスについて言えば、本当に一生懸命やったと思う。踊りを踊るというのではなく、フィーリングという意味で ね。映画を見終わってからも、自分でも「いい動きをしていたな」と思っているよ。だってダンスをダンスとして扱っていたのではなく、あれはお祝いのために人々が寄り集まっていくところを表現したわけだし。一番イヤだったのは「ジョン・ローンがパフォーマンスをしている」という風に見られること。だから踊っている時はダンサーのようには見えないようにしようと心掛けたんだけど、それでもかなり上手くやっていたなと思ったよ(笑)。やりすぎないようにしようとあれでも一生懸命だったんだ。大切なのは、人々が祝い合うという精神だからね。
でも、困ったことにそれでも型はきれいに決まってしまう(笑)と?JL:そうだね。僕にとっては逆に凄く難しいことなんだよ。近頃は以前のように毎日踊っているというわけじゃないし、京劇の訓練をしているというわけでもない。それでもダンスをしたくなったら、すぐにきちんと踊れるようになると思う。もちろん昔みたいに上手には踊れないだろうけど、でも基本はきちんと出来ているからね。僕の身体は他の人よりもずっと体力があるし、それほど努力しなくてもちゃんと出来るように戻るんだよ。肉体的なことで、という意味でだけどね。 いつもシンプルでいたい。自分らしく・・・・・・
――ヘンリー黄というのは常に攻める人だったと思うけれど、あなた自身が積極的に攻め、積極的に守るのはどういうところでしょう。JL:自分自身のすべてを使うというのが僕の仕事であって、それが両方に関わってくると思う。より多くの人に好きになってもらえばもっと有名になるわけで、そうすればもっと広く知られることになる。でもそれが僕にとって苦痛なんだよ。だって僕は、基本的にはとてもシャイな人間だからね。人に見られるのは好きじゃないのに、人に見られるのが 自分の仕事でもある、と・・・・・...僕にとってはそれが 葛藤なんだけど、今後ずっとさいなまれることになるんだろうなあ。 正直に言うと、僕は小さい頃から公の場に出るといつも人の目を引いていた。きっと僕が一応かわいかったからだろうね(笑)。とにかく、いつも人に見られていたし、それが自分でもわかっていた。当時はそこからは何の結果も出て来なかったけど、今は日本でも自由に出歩くことができなくなって・・・・・・。ありのままの自分を見せて人を招き入れることと、人間だから時にはそれをしたくないという、この二つのバランスをとることが非常に難しくなるんだよ。だから決して自伝を書いたりはしないと思う。 そうでなくても伝記というのはあり余る程あるわけだからね(笑)。アメリカでは、TVの27回シリーズの番組に出たというだけでもう伝記が出されてしまうんだよ(笑)。馬鹿げてるよね。一体何を書くっていうんだろうね。でもこれが僕が身を置いているビジネスの世界にある見せかけだけのことの一つなんだよね。......もっとも僕にしろ時々はそういうことをしてしまおうかな、と思ったりもするよ。僕だって人間だからね(笑)。でも、すぐにシンプルでいることの大切さを思い出すんだ。 時々は一人にしてほしい。自分を取り戻したいんだ。そうしないと自分らしくなれないからね。
「自伝を云々」という話であなたの許可を求め たいことを思い出しました。映画の中でヘンリーが実は日本人だった、という結末に観客があなた自身を重ねて見て、ある種のミステリーやロマンを感じるのは許されますか?JL:あり得るよね。だって当の僕すらわからないんだからね。僕も、自分のルーツが一体どこにあるのかなんてまったくわかっていない。だから柳町監督が僕とヘンリーを結びつけたんだろうね。その発見こそ、彼がこの映画を作ろうと思ったきっかけじゃないかな。あのキャラクターに僕をうまく使っているんだからね。
―あなたがアーティストである事実こそ、先程の「積極的な攻め」を意味するのかもしれませんね。JL:とにかく我々は今混沌とした世界に生きている。天安門や南ア、東欧などでは世界のため、自分の信じることのために戦って毎日生命を失っている人がいる。日本やアメリカは他の国々を助けるという意味では先頭に立っているけれど、裏では兵器を作ってるわけだよね。こんな破壊的で人間らしさを失った世界を僕ごときが変えるなんて無理。だから僕は人間の精神を昇華させるように奨励するぐらいしかできないと思っている。それが僕にとってのアーティスト”の持つ意味なんだ。僕は演じることで、踊ることで人間の美しさをアピールし、人の気持を惹きつけうとしている。僕の心で人の心を動かそうとしている。だから僕はアーティストでい続けているんだよ。それに逆説的な言い方になるけれど人間ひとりでは何もできないということはない、とも思うんだ。変化の糸口は誰だって作れるものだもの。もし我々がベストを尽していれば世界は既に変わりつつあるんだ。僕はそう信じているよ。
1990年4月8日、香港マンダリンホテルにて