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今からおよそ二十年前、たった一人で香港からアメリカにあった青年がいた。お金もなく、身寄りもないその青年は、時に孤独と 絶望のあまり、死を考えることもあった・・・・・ジョン・ローン。 今や世界のスーパースターとなった彼に、どこか孤独のかげを感じるのは、その生い立ちゆえかもしれない。彼は語る。「僕は愛を求めているんだ。それがあればもっと幸せになれると思う」と。 ジョン・ローンは、来年六月公開予定の映画『チャイナシャ ドー」撮影のため、この日香港の新界地区にある農村にいた。 「今、僕が泊まっているホテルの部屋から、僕の育った町が見えるんだ。はるか向こうのその町を眺めているとね、香港出てから今までたどってきた道をふと振り返って、物思いにふけってしまう......。アメリカでは日頃考えないような昔のこともね」
彼が育ったのは、ホンハムという下町。撮影の出番を待つ間、タバコをくゆらせながら、彼は淡々と話し始めた。「昔は、家のむかい側が石切り場で、とても観光客が来るような町じゃなかった。今は高層のビル街になってしまったけど」香港に生まれたが、幼くして孤児となったため、正確な年船は今でもわからない。十八歳のころに渡米してから、すでに二十年近くの年月がたっている。
「当時の思い出といわれても、ね。僕には親戚がいるわけでも、友だちがいるわけでもなく、本当に一人だったから。上海語を話すお婆さんに育てられて、物心ついてから、京劇の学校に預けられたんだ。今は閉校してしまったチンチュウ・アカデミーという学校。朝から晩まで稽古と訓練にあけくれて、子どもたちの間で友情を育てる時間も空間もなかった」 『僕はいつでも、愛を求めているんだ』 彼の身のこなしの美しさ、音感のすばらしさには定評がある。それは、この孤独で、貧しい子ども時代にきたえられた。「僕の生まれつきの長所はね・・・うーん、どういったらいいのかな、ホイエィがないこと」
ホイエイ と、ペンを借りて”虚栄”と漢字で書いて見せる。「他の子が持っているおもちゃがないからといって、みじめな思いをした覚えがないんだ。自分が何も持っていなくても、不安もなく、心配もしなかったし、不幸せじゃなかった。今でもそうだけど、それが僕の上等なところだと思うよ。物欲もないし、見栄がないし、他人をうらやましがらないもの。生きていく上では、けっこう助かることだよね。何もない状態に満足しきっているってわけじゃないけれど、気楽な気持ちくらしていける」
でも、こうして世界的スターとなって、何か変わったところもあるんじゃないですか?「正直なところ、これまで夢中できたから、自分の変わりようには気がつかなかった。気がついたら、ここにいたってい う感じでね。今は、確かに選択の自由があるよ。ある物が欲しいと思ったら手に入れることができるから、気分はいいけれど、お金にしても、どうしても欲しくて手に入れたわけではないし、その手の野心はなかったね。時々、僕はバカじゃないかと思うよ。豊かにくらせるようになった今でも、お金のことをあまり考えないし、こと仕事となると、必要以上にシリアスになって、自分のありったけの力をそそぎ込む。謙虚に言っているんじゃなくてさ、僕はバカまじめなんだね」
ぜいたくを極めるハリウッド映画界のスターというイメージとは、彼は無縁だ。「もしかしたら、他の人より少しは、自分を知っているってことかな。今の自分の存在に違和感や幻想がない。ラッキーなことに物欲にもかられない。僕は、とにかく自分に正直に、好きな仕事に挑戦していくだけなんだ」
そういう今が幸せで満ち足りている?「いや、満足はしていないよ。以前よりは、っていうだけ。もし、満ち足りていて、本当に幸せだったら、もう成長する必要もないでしょう。そのままでいいんだから。 今、僕を刺激してやまないのは"知識"なんだ。もっと知識を身につけて、人生の疑問を解き、新しい自分を発見したい。それから、僕は愛を求めているんだ。見つけよう、物色しょうっていうんじゃない。そんな具体的方法は知らないもの愛はね、心の中で求めるもの。だから、僕に知と愛があれば、もっと幸せになれると思うよ」
いつも欲にとらわれず、シンプルに、正直に生きたいと願っているジョン。しかし、そんな彼にも、過去には死を考え苦しい時期もあったという。「はたちを過ぎた頃、アメリカに渡って三、四年目だったと思う。学校を卒業して、演劇の勉強をしながら、役者の仕事を捜していた。僕はまだ若くて、未熟だったし、英語もうまくはなかったし、いわゆる典型的な東洋人の顔立ちでもなかったから、役のチャンスはめぐってこない。そういういやな現実 に延々と直面しなければならなかった。当時は友だちがいるわけでも、恋人がいるわけでもなかったし、もともと孤独に育っているから、そんな時に、人の手を借りたりできなかった............。でもだからといって、悲しくて叫んだりはしない。ひたすら楽しい夢を見たいとだけ願いながら、ベッドに身を横たえる毎日だったんだ。とにかく、僕はこの世に場違いな存在のような気がしてね。 で、ある日、空を見上げたら、体が浮き上がり、空に吸い込まれるような感じがした。その時、思ったんだ。何者かが僕の命を奪ってくれればいい。この世から消滅できれば、自分の抱えている全ての問題もなくなってしまうと。今思い出すとおかしな話だよね」
孤独や寂しさには慣れていた彼にも、さすがに耐えられないほどの辛さだったのだろう。 俳優で身を立てようという夢を持って渡米したのですか?「そういう風なイメージがあるらしいんだけど、実は全然違うんだ。何も考えずに渡米したら、カリフォルニアが気に入 ってそのまま滞在してしまっただけ。別に香港に思い残すよ うなこともなかったしね。役者になろうと決心したのはもっと後、アメリカで学校を卒業してからの話だよ」
京劇学校から逃げ出した、と聞いたけど、どうして?「京劇の世界というのは、一種のオーナー制度なんだよ。この子をお預けします、みたいなことが書かれた契約書に、いったん大人がサインしたら、もう子どもの意志も希望も認められないんだ。だから、僕は逃げ出すしかなかった」
英語も習わずに、アメリカに行ってしまった?「そう、ことばも出来ないから、向こうに行っても大学にも 入れないわけ。それで、夜間のいわゆる成人学校でまず英語を学んだんだ。一年したら少しは話せるようになったから、その後カレッジに入った。学校はおもしろかったよ。天文学、文学、生物学、何にでも興味があった。だって香港にいる時、教育なんてあきらめていたもの。他の人がアメリカの大学に行ったなんて聞いても、それは夢の世界だと思っていた」
カレッジ時代は、どのように生活していたんですか?「当時、カリフォルニアは安く生活できたから、小さなアパートに住み、アルバイトで学費をかせぎ、車を乗り廻していたね。車は本当にオンボロだったけど、そんなのは全然平ちゃ らだった。卒業できるようになった時は、もう感動。誇らしくて、 興奮する出来事だったね。留学なんか、限られたお金持ちのお嬢さんお坊ちゃんにしかできないと思っていたしね」
今でこそ、アジアからの留学生も大勢いますけどね。「そうそう、そういえば、日本のオフィスレディの留学熱 については、読んだり、聞いたりしているよ」
元留学生としては、どう思いますか?「人生何でもやってみたらいいと思うんだ。日本の会社では、女性には出世のチャンスがないとか、自立した女性がある年齢を過ぎると、結婚が難しくなるとかあるみたいだけど、これってとっても悲しいことだよね。 だれだって、情熱の向くままに生きるのがいちばんいいんだよ。何も人生にはこうしなければならないというような決まったルールなんてないんだから。留学するのも、ビジネス界でがんばるのもいい。自分の地平線を広げるためにね。神は公平だから、そういう女性にはちゃんと特別すてきな男性が現れると、僕は信じてる。だから頑張っている女性が、もっと 自分を伸ばせるように、励ましてあげたい。 僕たちのいのちは、生きるためにあるのだから、自分の求 めるまま、すなおに生きたいよね」
そのためには何が大事?「情熱と努力。これはいつでもどこでも大切だよ」
もっと愛をみんなで分かちあいたい ジョン・ローンは、日本が好きだ。日本にいると、若い女性ファンの純粋な思いを感じとることができるから。彼女たちのその気持ちこそ、まさしく愛なのだ、と彼は思っている。「僕は、愛のエネルギーが行き来するのがわかるんだよ。会った時でも、手紙をもらっても、本当に幸せな、豊かな気持ちになる。そういう一人一人の愛を、もっともっとみんなで分かちあいたいと思うんだ」
そんな彼が、今、夢中になっている女性がいる。アメリカの映画女優、メリル・ストリープだ。「彼女は、人間としてすべての面ですばらしいと思う。女優 としてだけじゃない。母親としても、妻としても自然で美しく輝いてみえる。彼女は農薬や大気汚染などの環境問題にも深くかかわっているでしょう。それも、彼女が子どもを持っている母親の実感からきているんだね」
美しいといえば、あなたにとって、女性の美しさとは?「メリルだって、化粧品の宣伝に出てくるモデルのような顔だちではないよね。でも内側から輝いている。僕はね、このごろそういう自然な美しさに、以前よりも敏感になっているんだ。たとえば八十三歳のお婆さんの顔は、そのしわに今ま生きてきた実感がこもっていて、すなおに美しいと思える。ただ、時として、人は人の美しさに気がつかない。見た目だけじゃないってことがわからないのは残念だね。メリルはね、自分の美しさを自分で発見したから、我々の目にも、その美しさがきわだってみえる。僕らは、化粧品会社から、美とはこういうものですよ、と教えられながら育ってしまうだろう。整った顔立ちや均整のとれた体、いわゆるパーフェクト・フィーチャーとでもいうのかな。でも、魂がなければ、ただのマネキンだよね。鼻の高さだとか、二重まぶたうんぬんとかそんなの、ばからしいよ」
つまり、自分らしさを大切に、ということですね。「他人から、あなたは赤い服がいいですよ、とか、緑が似合うから緑を着なさいと言われてそうするのではなくて、自分はこれが好き、これが似合う、と信じられること。それが美しさだと思う」
身を乗り出すようにして話し続ける。端整でバランスのとれたマスク。だが、笑うと急に人なつっこくなる眼差し。彼自身も�<pーフェクト・フィーチャー�≠セ。「好感を持たれるのは、だれでもうれしいでしょう。悪い気持ちはしませんよ。でも、顔の作りとか外見とかいうものは、神や両親から与えられたもの。僕自身が努力して勝ち得たものではない。だから、僕の役目は、与えられたその形の中味を作ることだと思うんだ。自分を磨くこと。性格や心って、本当に顔に現れるから」
とはいえ、外見も、役選びなどに重要な鍵となる俳優の世界のこと。羨望や嫉妬の対象になって、気苦労も多いのでは?「たまにはね。でもごく少なくて、自分で気にならないくら い。それに、幸いなことに僕の場合、いつも自分のルックスよりも、僕の役作りの努力のほうが認められていると思う。『アイスマン』は、ほとんど端役だったんだけれど、僕が熱心に役作りをしたから、出番を増やしてもらえた。『モダーンズ』の画の役だって、もともと東洋人俳優がやるような役ではなかった。初めはミック・ジャガーが候補に上っていたくらいだから。でも、僕ならもっと興味深い役作りをするかもしれないということで廻ってきた。決して外見じゃあないんだ」
『チャイナシャドー』では、香港のビジネス界にすい星のように現れた男、ヘンリーを演じている。比較的弱い性格の男が多かったこれまでとは異なり、意志強固な男の役だ。「ヘンリーは、外見も感性も今までやったどの映画の役より も、実際の僕に近いんじゃないかな。これからも、仕事の幅をどんどん広げていきたいとは思ってる」
こと仕事の話になると、さらに口調は熱っぽくなる。 興味のむくままやってみたいんだ あなたのくらしの中では、やはり仕事が第一?「そうだね。自分と仕事を切り離すことはできない」
-では結婚については?「タイミングが悪いと思うんだ。知識欲も仕事への意欲もますますさかんだし、仕事って本当に僕を満足させてくれるん一日の撮影が終わって、ホテルの部屋に一人で帰るのは味けないとは思うけれど、"アーティスト"になるためには孤独の代償をはらわなくちゃ。時々、自分自身でも、アーティストっていうのは、お坊さんみたいだなって思うよ。厳しくて、孤独で......」
―アーティストとは、どういう人?芸術家ということ?「いや、僕が言うアーティストというのは、あらゆる面で自分の可能性を試し、広げていける人のこと。僕もそうありたい!近ごろ、絵を描きだしたんだ。まだ下手だけれど、うまいとか下手とかは問題じゃない。興味のむくままやってみたいんだ。それがアーティストになるってことなんだから。僕はあらゆることに興味をそそられる。自分がどう生きるかってことに、とっても興味があるんだ」
撮影スタッフからスタンバイの声がかかり、そうインタビューの最後を結んで席を立った彼に、もう一つだけ質問をなげかけてみる。 失恋したことがありますか?「ノー」
と言ったまま、彼はしばらく考え込んでいる。「もしかしたら、相手を失恋させたり、失望させたりしたことはあるかもしれないけれど・・・・・・」
また少し沈黙。やがて思いなおしたように顔を上げ、言葉をつないだ。「今まで、僕はがむしゃらに仕事に打ち込んできた。生き抜くために無我夢中だったから。そんな僕に、相手が合わせられなくて、失望させてしまったことがあるんじゃないだろう・・・・・・。今の質問で、改めて気づかされたよ。いい質問をしてくれて、ありがとう」
別れぎわ、彼は、力強く握手を求め、「これからは、失恋もしたいね」
そう言ってニッコリ微笑んだ。 インタビューを終えて―本誌編集部「スタッフみんなのエネルギーが高い時は、撮影もインタビューも、こんなにも(パチンと指を鳴らして)すべてがスムーズにうまくいくんだよね」取材後、こう言ってJ・ローンは、最上級の笑みを私たちスタッフに送ってくれた。彼はきっと、人々の賞賛のエネルギーを食べて、ここまで大きくなってきた人なのだろう。そしてそれこそが、彼のスター"たるゆえんであると思う。 インタビュー中、不覚ながら、彼のストーリーに惹きこまれ、聞き惚れてしまう場面が何度かあった。何気なく、むしろ楽しげに語ってくれたジョンだけれど、家庭もなく、何の支えもなく、自分で自分のすべてをつくりあげなければならなかった彼の孤独、辛さは、用心深く選ばれた彼の言葉の裏からひしひしと伝わってくると思う。 彼自身も言っているように、無垢でも無知でもない今、これからが彼の正念場だといえるだろう。初めてのアルバムづくりにも取り組んでいるとい彼の、さらなる飛躍を見守っていきたい。