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『寝姿を一緒に寝てる女に聞くのが好きなんだ』
いまの時流に背を向けている男だ。軽薄短小ではない。その逆で、あえて重厚長大を通そうとしている。それが、佐藤浩市なのである。
昨年の佐藤は、ほとんど映画『敦煌』にかかりきりだった。半年間も、シルクロードの大オアシス都市敦煌に撮影で滞在している。その中国ロケから話を始める。「主義主張が違う国柄ですから、日本で仕事するようにはいかなかった。僕らは、いつも限られた日数と予算の中で仕事をしている。そういう人間からみると、向こうの人たちは気に見えますね。
そんな事情もあって、いろんな意味で自 分を考える時間が、十分にありました。そのためあれこれ悩んだりしましたけど。そういうなかで、ふと思いついたのは、僕は、日本人でもなければ、何でもない。役者だということですね。さらにいうと、僕が、役者であろうとすればするほど、人間に近づいていくような気がしたんです。
中国のように国柄が違う国の人とは、対国家で接しちゃうと、お互いにズレが出てきちゃう。やはり、対個人で接しないとね。そうすると、好きな人間も嫌いな人間もいるわけで、それがあたり前。そう思い込めるまでは時間がかかりました。こんな人との接し方が、いちばん人間らしいんじゃないか、と思えるようになって、彼らとも、うまく接することができ るようになったんです」
どこにいても、体ごとぶつかり、その感触を肌で確かめている。そこが、佐藤らしい。この映画での役柄は、西夏に魅せられた一漢人。その主人公である趙行徳佐藤は演じている。「髪の色も、眼の色も同じですけど、異国の人を演じるのは、むずかしい。ギャップがあった。撮影に入ってから、2か月はのれなくて、何度も役に対する思い入れが変わっていく。だけど、大事なのは、国家とかじゃなくて、対個人として接することだと考え始めたら、役柄のうえでも、非常にヤリやすくなって、リラックスして、できるようになった」
役者という稼業は「プライベートは仕事の延長線上にある」と考えているから、あれこれ悩むのだろう。
いうならば、役者バカだ。次のエピソードが、それを如実に示している。
ここまで仕事のことばかり思い詰めていると、息抜きはどこで?と疑問になって、そのあたりを質問した。「ま、寝てるときは息抜いてますよ」
といったと思ったら、続けて、「寝てるときの自分は、自分じゃあ見ら れないわけですから、自分が寝ているときに、どういうアクションをしていたか。それを、たまたま一緒に寝ていた女のコに聞くのがすごく好きなんです。ここまでくると、もう変態の域なんですけどね。やたら髪の毛をかいていたとか、寝返りを打っていたとかね。
こうでもしないと、寝てる芝居を考えることはできないでしょう。寝てるといっても、ただ横になっているだけじゃないんです。当然、寝てるのと死んでるのでは、ちがうわけだから、どこかで息してるっていうのを感じさせなければならない。そうすると、横に寝てる人に聞くしかないんですよ」
こういう役者だから、『敦煌』のように準備期間も含めて、1年がかりの作品になると、その間中、明けても暮れても、頭から趙行徳という役柄が離れない。1年かけて、自分のなかにもう一人の趙行徳という別の人格を作っていく。1年かけてじっくりと作るんですから、そこから、抜け出すことは、なかなか難しいですね」
これでは、本当に息抜きするときがないではないかと思ったが、「芝居するということが、逆に実生活の息抜きになっているかもしれない」
という。並の役者ではとてもここまではいえない。おそらく、生まれながらの役者だからいえるセリフなのだろう。 『他の奴は1発のところ 僕は3発くらった』
役者稼業だからこそ、これほどまでの思い入れが、いい結果を生み出しているが、高校時代は、誰も受け入れてくれなかった。よく教師に殴られたという。「やっぱり、目がいけなかったんでしょうね。殴られるタイプでした。同じようなことをやっても、ある奴は、1発で許されるのに、僕は3発、くらうほうでしたね。多分、教師の目から見たら、生徒という領域を越えちゃってる人間に見えたんじゃないでしょうか」
よく顔をはらして家に帰ったらしい。役者になりたてのころも「しょっちゅう怒鳴り合ったり、殴り合 い寸前までいくことがあった」
このあたりは抵抗がスタイルとして身についていたようだ。「自分を好く人と嫌う人が極端だったと思いますよ」
というが、どこかしら世間に対して反発する匂いをまき散らしていたのではないだろうか。こんなこともいう。「僕と似たようなタイプがいて、ソイツは”人に好かれる本”とかを読んでいる。そういうことが僕には信じられない。人に、絶対っていうことはありえないし、そういうことまでして好かれようとは思わない。ともかく、人に好かれるよりも、嫌われても抵抗できる力を自分につけていこうと、今までずっとやってきたんです」
その佐藤も「好きなことをやってお金を貰える」というだけあって、性にも合ってるのだろう。かなり「余裕もでてきた」らしい。 「今は相手のいう条件の中でどういうふうに遊ぼうかと考える。前は、自分に出された条件に対して、全面的に自分を出そうとしていたけど」
一度結婚に失敗しているが、女性に関しては永遠の女性を探し求めているようだ。 「いつも、生涯一緒に暮らせるような女性を探しているつもりです。でも、結婚前提というわけじゃなくて、そういう心積もりで、付き合っているということですね。高校生のころから、一人で暮らしているけど、一人って、やっぱり寂しいですからね」
しかし、一筋縄でいかないところが、佐藤浩市ならではと思う。 「よく、寂しがりやの人嫌いといいますけど、ようするにわがままな男なんです」
それにしても、好悪の感情が激しい。「男でも女でも、好きになることはエキサイティングです。仕事でもね」
やはり思い入れは強いが、どこか役者という振り子が働き、のめり込んでいく佐藤を支えているようだ。 「極端な話、僕が女のコに“好きだよ"というとき、どういったら、いちばんわかりやすく伝えられるかなって考えるのは、これはもう芝居なんです。手紙がいいか、電話がいいか、これはもう一つの芝居の構成と一緒。要するに、芝居といっても、ウソではなく、相手にどうわかりやすく、いちばん思いが伝わるように演じるかということなんです」
まさに、佐藤は生まれながらの役者なのだろう。佐藤自身も、役者が「自分の『生きがい』」だといった。