マーティン・シーン
小森和子






  

小森 『ファイナル・カウントダウン』ですって?

シーン はい。昨年の夏に撮影しました。カーク・ダグラスとキャサリン・ロスがいっしょ で、もちろんこんどの『地獄の黙示録』のあと撮ったのですが・・・・・・。

小森 監督さんはどなた?

シーン もと俳優のドン・テーラーです。原子力空母ニミッツの話で、太平洋上を航海中とつぜんワープして1941年12月6日に戻 るのです。そして、なんと日本軍の真珠湾攻 を阻止しようとするんですよ。

小森 とても興味をそそられるわね。

シーン それにね、この映画には日本人がふ たり出演しているんですよ。

小森 まあ、どんな役?

シーン ひとりはゼロ戦のパイロットでニミッツのジェット機に落とされて、捕虜になるんです。もうひとりは通訳ですけど・・・・・・。

小森 そうなの。さてあなたは『カサンドラ・クロス』撮影中にフランシス・コッポラ監督 に呼び出されたと聞きましたが、どんな気分でした?

シーン ホントウに興奮しました。

小森 そのとき『地獄の黙示録』の ウィラード大尉 役だってことがわかっていたの?

シーン いいえ、ただなんとなくそんな気もしていました。コッポラ監督があの時点でも う撮影を始めて5週間経っていました。それ でこちらはこちらで、撮影中に彼に会うために一時帰国するように言われたわけです。会ってみると、彼はウィラード大尉役だったハーベイ・カイテルをおろして新規に何人かの俳優と面接していました。その候補にボクも入っていると言ってくれたんですよ。

小森 まあ、よかったわね。そのときが初対面?

シーン いいえ、『ゴッドファーザー』を彼がつくったときから知っていました。じつはあのときボクもスクリーン・テストを何回も受けましたから.....。

小森 へえ、そうだったの。それでコッポラ 監督ってどんな感じでした?・・・

シーン 個人的に彼の人柄が大好きです。とても思いやりがある人なんですよ。

小森 そう、じゃあ仕事上ではどうでした?

シーン とてもきびしい人です。自分に対しても人に対しても、できる限りのことを要求するんです。フランシスはともかくベストをつくさなければ許さないんですよ。何度も何度もテスト撮りをしても、NGをだされるこ ともあるんです。それでも、ぼくは彼のやりかたがいいと思います。できあがった映画を見たとき、心からよかったと思えるし、自分がやり終えたものを誇りに感じら れるんです。

小森 さすがに大監督ね。ところで、こんどのこの『地獄の黙示録』であなたご自身にとって最も難しかったところは?

シーン ファースト ・シーンです。あのなんともいえない、けだるくて恐怖を呼び起こすようなところです。そしていちばん痛ましかったのは村の攻撃 シーンですね。というのはその村のベトナム 人やフィリピン人たちはみんな私のウィラー大尉の古い友だちにあたるわけです。それまでずっと会わないで、いざ攻撃というときに運命的な再会をします。私自身、この場面では悲しくてつらくてどうしようもありませんでした。つまり、殺すほうも殺されるほうも、戦争に巻き込まれている人間すべてが、戦争の犠牲者だということです。

小森 なるほどね。

シーン 以前は、攻め入られて殺されて地面に倒れる人たちを見て、可哀そうなのは彼らだと思っていました。しかし、今は、侵入者自身もその暴力のゆえにあわれで、両者とも同じく悲しい人たちなのです。

ウィラード大尉に殺され たがっていたカーツ大佐

小森 そうね、まったくハートブレイキングなシーンだったわ。ところでこの映画を見た人たちの中には難解だという人もいますけど......。とくにマーロン・ブランドのカーツ大佐はウィラードにとってどんな存在だったのかしら?ウィラード大尉はカーツ大佐の心がよく読みとれるように思われたわ。でも、命令だから殺さなければならなかったの?

シーン いいえ、あの彼を殺したのは、もう命令がどうのこうのということじゃないんです。映画ではウィラードがカーツを見つけだした時、彼は兵士にとり囲まれていました。ウィラードは愛国心のために敵を倒すのですが、もうこの時点ではウィラードは国のために戦う兵士ではなく、それを超えた存在になっていました。敵を倒すのでなくカーツ個人を滅ぼそうとするのです。だが、そのカーツが自分を苦しめ魂を破壊していったのです。彼は死ぬ時、「恐怖、恐怖」と叫びます。彼 は自分が過ちをおかしたことを知っていました。だから、深い苦しみの淵にはまり込んで、その罪を償おうと自らを野獣のような野蛮人にしてしまったのです。つまり、自分がいちばん恐れていたものに自ら身を落としたのです。

小森 彼は、悲劇を自分から率先して行使したわけね。

シーン そうです。あるシーンで、カーツが 小児麻痺の予防接種を受けた子供たちの手を切り落とした時の「恐怖」について話しているところがあります。その時彼は突然、「彼らは勝つだろう」と思ったと言っています。それ以来、カーツにとって自分自身が、つまり「恐怖」を行使している彼自身が敵となっていったのです。そして、自分の内部と戦い始めました。しかし、それは国のためでもなければ何でもない。戦う理由のない侵略だったわけで、しだいにカーツは「恐怖」との戦いの間で倒錯していくのです。

小森 自らを罰し始めたのね。

シーン 暴力のための暴力を行使するようになったのですね。ウィラードは、カーツが死んだも同然だと思い、狂ってもはや自分ではどうにもならないところまできていることをさとったのです。このままほっといても、きっと彼は自殺するだろうからと思って、いわばカーツを死なせてあげたんです。

小森 つまりカーツは、自分の犯したあやまちと恐れからウィラードに殺されたがっていたみたいね。ふたりともにやりがいのある難しい役ね。カーツ大佐役のマーロン・ブランドについての個人的な印象は?

シーン ぼくはちっちゃなころから、ずっと ブランドのファンでしたよ(笑)。

小森 じゃ彼の作品はほとんど見てる?

シーン たぶん2本を除いては。好きなのは『波止場』と『若き獅子たち』です。

小森 長い間ブランドの熱烈なファンでいらして、こんど実際に共演してみてどんな人でした?ファンのままでいたほうがよかった?

シーン とんでもない、1日でもっと崇拝者になりましたよ。思いやりが深くて、人間的でおまけにすごくユーモアに富んだ、とても魅力がある人なんですよ。

小森 ずいぶんな惚れこみようね。ところであなたは小さい時からずっと俳優さんになりたいと思ってらしたそうね。きっかけは?

シーン とくにきっかけも周囲の影響もないけど、自分で心にそうきめていたんです。初めて役者として仕事した時にね、すごく興奮したのを覚えています 。その時とてもうれしかったんだけど、このままずっとこの仕事をつづけていてもこういう感動は2度と味わえないかもしれないなあ、と考えたことがあるんですよ。

小森 何でも初めての時の感動って、ひとし おですものねえ。

シーン ところが、年々その感動は深まる一 方でね、これじゃたいへんだと思っているところです(笑)。

小森 あなたも映画キチってわけ?

シーン ええ、熱烈なファンです。

小森 じゃ、今でも特に心に残っているよう 映画があるでしょ?

シーン もちろん。西部劇が大好きでした。そしてミュージカルも。『雨に唄えば』やなんか。

小森 ホントノウェスタンのスターではどんな人が好き?

シーン ロイ・ロジャースにジーン・オートリー。

小森 まあ、ずいぶん古い方たちですね。

シーン ええ、ふたりともボクが子供のころはたいへんな人気でしたよ。土曜になるとボクの故郷の小さな劇場に通って、ロイ・ロジャースの続きものをよく見ました。じつは ボク、ロイ・ロジャース・ファンクラブにも入ってたんですよ。

小森 まあ、ホントウに?

シーン はい。8つから10才のときです。で だんだん大きくなるにしたがって、西部劇以外の映画にも興味をもちはじめました。

小森 たとえば、どんな映画?

シーン 映画というより、ある人にです。そ の人がボクのすべてを変えてしまった。

人生そのものを探求しつ づけていたJ・ディーン

小森 へえ、誰なの?

シーン ジェームズ・ディーンです。

小森 うわあ、ワンダフル!

シーン 小森さん、ディーンの熱烈ファンな んでしょ(笑)。知ってますよ。

小森 そう、もうとっても!そう言えば、あなたが出た初期の作品では、時どき顔の表情や全体のフィーリングがディーンを想わせ たの。

シーン ありがとう。 じつはボク、ジェームズ・ディーンが育ったすぐ近くで育ったんですよ。オハイオ州ディトンの出身なんですが、ディーンはそこか1時間、州境を越えインディアナ州の町の出身なんです。ですから、あの地方のボクの時代の若い人たちすべてに彼は強烈な印象を残していきました。

小森 そう、そうだったの

シーン 彼は、すべての人にとって大きな衝撃でした。みんなも言ってるけど、マーロン・ブランドは役者たちの演技の方法を変えたけど、ジェームズ・ディーンは若い人たちすべての生き方を変えた、と思うんです。

小森 そうね、私の人生や人生観も変えてしまったみたい。

シーン いま、ディーン没後25周年記念式典今年9月30日(ディーンの命日)に開催しようという話があるんですが、ボクもその「ジェームズ・ディーン追悼委員会」に入っています。誰でも大歓迎ですから、ぜひいらしてください。

小森 ええ、なんとかいくようにします!

シーン リー・ストラスバーグや彼と関わりをもった人たちが来るんですよ。ディーンが亡くなってから、もう2年も経ったなんて信じられませんね。でも、彼はなんというか、じつに自由な人だったと思います。彼といっしょに仕事をした人たちに聞くと、みんな口々に、ディーンという人に心を動かされたと言っています、何らかの形で。

小森 わかるような気がするわ。

シーン ユーモアにあふれ、生き生きとしてて人生そのものを探求しつづけていた人ですね。いま映画を見ても、彼は生き生きしてるし、とってもすばらしい。わずか24才だったというのに・・・・・・きっと天才だったんでしょうねえ!

小森 姿が目に浮かぶようだわ・・・・。さて、話は変わりますけど、あなたのプライベートのことを聞かせて。奥さまのジャネットさんとはどうしてお知り合いに?女優さん?

シーン いいえ、彼女は画家でした。ぼくの友だちが彼女と同じ美術学校に通っていまし下級生のジャネットをみつけましてね、ぜひボクに会わせたいって言うんです。それでまあ、ブラインド・デートということになっ たんです。

小森 それでお互いに一目惚れだったの?

シーン いやあ、彼女のほうは全然ボクを気に入らなかったんです!(笑)ボクは積極的でしたけど......。そこで、ある日、ボクの出芝居に彼女を招待したんです、いいところを見せようと思って。これが大成功!ボクが舞台に立つやいなや、彼女いっぺんでボクにまいっちゃったみたい!(笑)。

小森 さすが役者さんね(笑)。

シーン いやだなあ、半分冗談ですよ(笑)。

小森 それでゴールインはいつでしたの?

シーン 1960年です。会ってから6カ月ぐらいでいっしょになりました。彼女とても京都が見たいと言うので、今は京都に行ってます。あなたに会わせたかった。

小森 そう。私も会いたかったわ。ところでスポーツは何かおやりになる?

シーン 競争したりするのはできませんが、乗馬とかジョギングはやります。末っ子の娘は、馬術競技会でチャンピオンになったこともあるんですよ。

小森 さぞかし鼻が高いでしょうね。4人のお子さんがいらっしゃるとうかがったけど?

シーン男の子3人、女の子が1人です。

小森 やっぱりお子さまも俳優志向?

シーン うん、いちばん上の息子がこんど私といっしょの舞台でデビューすることになったんです。親友のバート・レイノルズがフロリダ州のジュピターに劇場をもっていて、そこで芝居をやるんです。

小森 まあ、お子さんおいくつ?

シーン 7才です。高校3年ですが、特別に休暇を許可してもらって行くんですよ。

小森 ババといっしょで初舞台いいわね。ところでマリブにお住いだそうですけど、どんなお宅?

シーン ただの平屋ですけど、敷地は1エーカー(約6m)あります。

小森 ずいぶんと広いのね。奥さまは家では何をなさってますの?絵は今もなさる?

シーン 絵なんてとんでもない。毎日毎日、家事と子供たちの世話に追われてますよ。で もよくやってくれます。

小森 家庭円満でおしあわせね。

シーン ええ、ただもっと子供がほしいだけ。

20才デビュー当時の週給 30ドル。それでも役者を

小森 まあホント!ところで俳優としてのデビューはいつ?

シーン いわゆるリビング・シアター(前衛演劇)で、「コネクション」という麻薬を主題にした劇が上演されてたいへん評判を呼びました。それで映画化されることになり、オリジナルキャストが映画のほうに行っちゃって、代わりの配役が舞台にあがることになりました。その中にボクもいたわけです。

小森 ラッキーだったのね。

シーン それがこんどは1961年、パリで開かれた「シアター・オブ・ザ・ネイション・フェスティバル」の米国の代表作に選ばれて、パリに行くことになったんです。

小森 じゃ、ずいぶんいい作品だったのね。

シーン そのときは、バリをはじめとしてヨーロッパ各国を回ったんですよ。

小森当時おいくつだったの?

シーンの親友であり、同時に現代で最も重要な アクター、アル・パシーノの『ジャスティス』

シーン 20才でした。

小森 ずいぶんお若いときなのね。失礼ですが、そのころの給料は?

シーン 給料ってもんじゃないですよ。週にたったの30ドル(笑)。当時の最低賃金よりもずうっと安かったですね。でも、役者が好きだったからヘイキでした。

小森 そういうものでしょうね。

シーン そうですよ。 何もいらない、役者は舞台に出られさえすれ ばそれでいいってとこがあるんです。

小森 でも経済的には困ったんじゃないの?食べるためには何かアルバイトを?

シーン やりましたよ、いろんなことをね。まず6カ月カー・ウォッシュ(洗車)をやって、それからメッセンジャー・ボーイ、株式市場の黒板書きとして1年間アメリカン・エクスプレスでも働きました。それから、エレベーター・ボーイやら新聞配達もやりました。

小森 たいへんでしたのね。つらいこともあったんでしょ?

シーン 率直に言って、苦しいこともつらいことも楽しかったですね。なんていうか、苦しいことは永遠につづくものではない、っていう信念があったから、たとえごちそうは食べられなくても飢え死にすることはありませんでした。希望に満ちていて、エネルギッシですべて面白い経験と思いました。

小森 ホントウに役者という職業が好きで情熱をもっていたのね。当時のお仲間でいま成功している人っている?

シーン ええ、アル・パシーノがそうです。 彼とはリビング・シアターで知り合いました。去年の12月にもニューヨークで会ったばかりですよ。

小森 彼の『ジャスティス』ご覧になった?

シーン もちろん、見ました。彼は私の好き俳優であると同時に、我々の世代でとても重要な俳優だと思います。『ゴッドファーザPART2」といい、「セルピコ』『スケアクロー』といい、彼ならではの偉大な存在です。ジェームズ・ディーンが彼の時代で最高偉大だったとすれば、アル・バシーノはいまいちばんの俳優だと思います。

小森 そうみたいですね。ところで、アル・パシーノは個人的にはどんな方?

シーン すっごく恥ずかしがりやです。歩いていても誰も彼には気づかないくらいですよ。でもね、ユーモアは豊かだし、会うとししょっちゅう冗談は言うし......あっ、それにダスティン・ホフマンとも親しいんですよ。彼もすばらしいアクターです。

サリー・フィールド、ヘ ップバーンと共演したい

小森 まったく同感ですね。ところで、あなたの親友アルもダスティンも役者では成功者だと思うけど、あなたも『地獄の黙示録』でお仲間入りね。でもあなたご自身は成功ということをどう思う?

シーン そうですね...成功ということも個人個人で感じ方が違うと思うけど、ボクは好きな俳優という道で生活できることを幸運だと思ってるし、それにいい家庭にも恵まれている。だからボク自身としては、それだけでも人生の成功者だと感激してるんですよ。

小森 なんてすばらしい成功で人生観でしょう!ところで『激怒』でジョージ・C・スコットがあなたを使って、きっといい役者 になると言ったそうですけど、ご自分の作品で気に入ったものは?

シーン 『バッドランズ』と『地獄の黙示録』です。やりがいがありました。

小森 日本未公開の『バッドランズ』で、あなたがジェームズ・ディーンに似てるって言われ始めたんでしょ?

シーン ぼくがやった役がディーンに似ていたんですよ。あの役はふたつのイメージがあって、主人公が自分はジェームズ・ディーンのようだって空想するんです。

小森 どんなお話?

シーン 実話をもとに作られたんです。ネプラスカ州で1958年に大量殺人事件がありまして、18才の男の子が18才の女の子を誘拐することからその事件が起きるという話です。

小森 こわいお話ね。でも見てみたいわ。

シーン ぼくビデオもってますから、ディーンの追悼で9月にあなたがいらしたときに、ぜひ見てください。

小森 そう、ありがとう。ところで、コッポラ監督のほかにいっしょにお仕事なさりたい人は?

シーン さっきの『バッドランズ』の監督テレンス・マリックともう一度やってみたいですね。

小森 『デイズ・オブ・ヘブン』の監督さんね。おいくつぐらいかしら?

シーン まだ35才です。とってもすばらしい人ですよ。あの映画以来ずっと友だちなんです。

小森 じゃ女優さんで共演してみたい方は?

シーン う~ん、いい女優がいっぱいいますからねえ。そうです、サリー・フィールド、それからキャンディス・バーゲン、メリル・ストリープ。それから......長い間憧れていたオ ドリーヘップバーン。

小森 まあ、ホントに?

シーン 子供時代からの大ファンで、もしい っしょに仕事ができたら天にものぼる気持ちでしょう(笑)。

小森 まあ、意外だけど面白いわね(笑)。最近、何か映画ご覧になった?

シーン ええと、コメディの『スカンジャー・ハント』というのと、『スターティング・オーバー』を一晩で見ました。

小森 『スターティング・オーバー』は、ジル・クレイバーグとキャンディス・バーゲン、バート・レイノルズが共演する映画でしょ?おもしろかった?

シーン すばらしいですね。大好きになりました。

小森 どんなところが?

シーン キャンディス・バーゲンが最高ですね。光ってます。なんたって、ユニークなほかの人にない魅力をもった女性ですよ。ジャスト・マイ・タイプです(笑)。

小森 そんなに?あなたはすばらしい優であると同時にファンでもあるのね。きょうはお忙しいなか、楽しいお話をいっぱい、どうもありがとうございました。 <おばちゃま独白> 来日記者会見でも一人一人に感謝の握手をしたそうだけど、それも本心とうなずける、すばらしい人柄は、その成功観、人生観にもうかがわれたし、もっともっと話してみたかった! でも『地獄の黙示録』でやっとそれも認められた今後がますます楽しみ。ジミー・ディーンに似てるのもたしかだけど、よう折したジミーには実現できなかった。いろいろな役柄も演じられた柔軟性が彼には感じられるから。なんとかジミーの追悼会に行って、彼にも再会したいもの。


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