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「KT」という作品は、現職の韓国大統領である金大中がかつて拉致されたという非常にセンシティブかつ重大な事件を取り扱ったものですけれども、今回、俳優・佐藤浩市としてこの役を演じることを決めた理由は何だったのでしょうか? 佐藤 自分が信用している演出家が声をかけてきたというのがまず一番大きな理由です。阪本さんを見ていて常に思うのは、次は今までやっていないことをやろうとする、そういう意識の強い人だということです。今回はあえてポリティカルなものをやりたいと聞き、ならばそのポリティカルなものを阪本さんがどうエンタテインメントとして料理するんだろうなという興味がありました。
映画が完成して、エンタテインメントという部分ではどのあたりが見所ですか?佐藤 見所と聞かれるといつも困ってしまうんですけれど、僕は結局、映画というのはその作品がもっている匂いだと思います。阪本映画の面白さというのも、やっぱりいつでもその匂いで、それがすごくスティンクな時もあるんですけれど、それでも一気に見せてしまうところが彼のエンタテインメント性だと思います。格闘技監督とかいろいろ言われながらも、いろんな新しい素材にチャレンジし、いつかへこむんじゃないかと心配もしてますけれど、ここまできたんだから、やっぱり大した監督なんでしょうね。
「KT」のクランクインは昨年の八月十日で、日韓によるワールドカップ共同開催が決まり、日本と韓国の友好関係がヒートアップしていく中で、逆に教科書問題などにより日韓関係に新たな課題が浮上する、そうした時期にクランクインし、先ほどおっしゃったように阪本監督に対する信頼が大前提にあるとはいえ、芝居をされる上で葛藤ですとか、また別の意味で、出演されること自体に対する躊躇はなかったのでしょうか。佐藤 背景がどうであるとか、インモラルであるとか、タブーであるとか、そういったものに対して、そこで躊躇したり、何らかの影響を受けるようなことでは、僕らの商売自体が成立しません。そういう影響や考えは一切なかったですね。逆に言えば、日韓の関係をこれから本当に良くしていくために、これまでに溜まってきた毒を出していかなければいけない時に、その毒を出さないでおいて、握手だけしようというのが今の日本の姿勢ではないですか。そのへんで、こういう映画を日本の監督が撮ることの意義を、逆に韓国の方々のほうが感じてくれることもあるかもしれない。日本側は、なんで今さらこんな映画をやってくれるんだよという意識のほうが強いと思うんです。そういう人たちに僕は後悔しないように、と言いたい。役者にしても監督にしても、映画を作る人間というのはそういうスピリチュアルな部分はもっていなければいけないと思っています。僕はそれほど偉そうな生き方はしてませんけれど、そういう部分ではやる時はやるぞという気持ちがあります。
初めての日韓合作でキム・ガプスさんという韓国を代表する俳優と共演されたわけですが、率直な感想をお聞かせください。佐藤 ガブスさんも僕もあまり英語が得意なほうではなく、共通言語がなかったので、通訳を介しながら話をするというわずらわしさはありましたが、逆に共通言語をもっていないことがむしろ良かったのかなという部分もありました。後半のほうの撮影の時、同じ韓国の役者とやるより佐藤さんと一緒にやってるほうがやりやすいとおっしゃっていただいた。それは社交辞令もあるでしょうけれど、僕自身も確かにそういう感じをもちましたから。結局、母国語ではない以上、台詞とはいえ、本来は発音から何からすべてマスターしないといけませんが、あまりそういうことを気にしてしまうと、自分の感情を込めて演じるのが複雑な作業になってなかなかうまくいかないんです。ですから、お互いの目と目で語れる部分とか、体が醸し出すものをお互いに感じ取るという部分に関しては、逆に共通言語がない分、芝居だけに集中できたという点では良かったと思います。
車雲と初めて出会う時、彼が新聞記者として日本に来ていた頃から実は二人は知り合いで、映画の中で既に友好関係があり、男同士が久しぶりに会ったという感じを受けましたが......。佐藤 正確に言えば、新聞記者時代を知ってるのは原田芳雄さんで、僕は車雲が日本で課報活動を始めてから知るんですけどね。
最後、港で二人が別れるシーンでは、兄弟ではないんですけれども、同じ修羅場をくぐり抜けてきた男同士という空気がすごくよく出ていましたが、ロケ中以外でも食事をされたり、話をされたりはしたんですか。佐藤 ガプスさんとは一回も食事はできなかったんですけれど、現場でコミュニケーションをとっていたということ、あと役柄の中で共通する部分、国という厄介なものを抱えながらも、やはり個であることを認識せざるを得ない男同士だったので、そういうムードがもしかしたら最初から出ていたのかもしれませんけどね。
ガプスさんは、佐藤さんにすごく気を遣っていただいたとおっしゃっていました。今後韓国で映画などに出演する時には佐藤さん風にしていきたいと。佐藤 何風なんだろ。現場ではいつもヘラヘラしてるだけなんですけど(笑)。
あれほど気を遣っていただいたのは初めての体験だったそうです。それも主役の佐藤さんがされることによって現場の雰囲気が全く違うものになっていたから自分もそれを真似したいと。佐藤 どこの現場でも同じようにしているつもなんですけれど、共演者やスタッフとある程度コミュニケーションを図らないとうまくいかないところがありますから。ガプスさんのように初めての日本映画で通訳を介さないと演出家の言葉が分からないということぐらい不安なことはないし、その気持ちは同じ役者としてよく分かりますから。そういう恐怖感を現場で少しは取り除ければいいなと思ってのことなんです。
ヤン・ウニョンさんという新人同様の女優さんとも共演されましたが。佐藤 こういう言い方は失礼かもしれませんけれど、ウニョンさんには日本の若い女優さん同様、やはり今をしっかり生きているという意味で共通するものを感じました。ただ、個人差、お国柄もあるかもしれませんが、ある前向きさというのかな、前のめりに前のめりに、転んでもいいぐらいのパッとした割り切り方は、ウニョンさんのほうが日本の若い人より強い感じは受けました。
阪本監督についてですが、これまでの作品からすれば異色とも言えるポリティカルサスペンス映画に挑んだわけですけれども、映画をご覧になられてやはり阪本映画だなと強く思われたでしょうか。それとも、これまでとは違うと感じられたエピソードがあればお聞かせ下さい。佐藤 『顔』の時のほうが撮り方も含めて阪本さんぽくないなという印象をもっていましたから、今回の「KT』は匂い的には僕が一番最初に阪本監督と組んだ『トカレフ』に近い作品、阪本映画だな、阪本さんらしいシャシンだなという印象はあります。
ベルリン国際映画祭で上映され、今後は海外の方も大勢の作品を見られると思うのですが、世界に向けてメッセージ、こういうところを汲み取ってもらえればいいなというのがあれば......。佐藤 中国の人たちが作る映画などは投げたボールが欧米の民族性という粋を超えて相手にうまく伝わるところがありますが、日本映画は結構難しい面があるんです。日本人がもっている感性の部分をボールにして外へ投げた場合、時代劇以外はあまりうまく伝わらない。自分たちには理解できない部分でも、時代劇ですと、ああ侍はこうするんだという受けとめ方をしてくださるんですけれど、現代の日本映画ですとそういう受け皿がないのでなかなか難しい。ましてや韓国人と日本人というアジアの中での二国、北朝鮮と韓国という違いも含んでいる映画なので、そういう微妙なところ、複雑さをご理解の上で見ていただければありがたいですね。