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監督のビル・フォーサイス自身はこう語っている。 「石油業界の進出に目を付けたスコットランドの映画人は大勢いたと思う。 でもたいていの人はそれを石油コンビナート、打ちよせる荒波、と言ったイメージと結び付けていたと思うんだ。 ぼくとしては、海上に組んだ冷たい金属の足場の上で二か月間も撮影を続けるなんて考えただけでもぞっと するから、ハードウェアに関することからは極力遠ざかってみようと思ったんだ。 僕には人間関係の諸要素の方がずっと興味深かった。 そこから僕の構想は始まって、まず浮かんだのがスコットランド版『じゃじゃ馬億万長者』と言ったものだった。 つまり、小さな村がいきなり大金持ちになったらどうなるか、という事だった。 ここから出発してストーリーを練り始めた。ヴィンセント・ミネリの『ブリガドーン』とある意味では共通したテーマを持っていると言えるかもしれないね。 あのストーリーもまた、スコットランドの田舎町にやって来たアメリカ人が、その村の一部となりそこでの体験を通して変わっていくという事を描いていたから。」 「ローカルヒーロー 夢に生きた男」の脚本を執筆中、ビル・フォーサイズは最初はほとんど無意識に そして次第に確固たるイメージとして、バート・ランカスターをフェリックス・ハッパー役と重ねて考えていたという。 「しばらく書いていくうちにバート・ランカスターがセリフを声にして話すのが頭の中で聞こえてきたんだ。 それからは彼をフェリックス・ハッパーとして思い描きながら書いたと思う。 それが現実になるとは夢にも思わなかったので、 脚本を読んだバート・ランカスターがこの役を演じてみたいと言ってきてくれた時は、本当に信じられなかった。」
西欧社会で最も急速な成長を遂げた都市として有名なヒューストンとハイテク社会から取り残されたスコットランドの小さな村。 石油コンビナートのための土地買収工作とロマンチックな天体観測、大企業のシステムの中で生きるビジネスマンと自然を守るエコロジー感覚。 こういう現代世界の対局を、コミカルでラブリーなタッチで童話的に描いたのが「ローカルヒーロー 夢に生きた男」だ。 このブリティッシュ・ニュー・ウェイブとも言うべき新しいイギリス映画はイギリス・アカデミー監督賞、ニューヨーク映画批評家賞脚本賞、 シャルム―ス・ユーモア映画祭グランプリと各地の名誉ある賞を受けている。 85年6月に開催された第一回東京国際映画祭でも、ベスト30アラウンド・ザ・ワールド部門に出品され、日本の映画マニアたちに好評を博している。 「人間は善であることを心底信じている所にひかれた」とは、パットラムのフォーサイス起用の弁。 映画は監督の人間性を浮き彫りにするものだから、その監督の演出力ではなく、人間性で判断して起用を決める。 という。つまり、ある監督がどういう題材の映画に適しているかを見極め、その資質を引き出すのがプロデューサーの役割というワケである。 まさに正論。こういうプロデューサーは日本にはほとんどいなくなってしまったなア。 ワンマンと言ってもいい堅固なプロデューサーシステムだから、パットナムはすべての映画に企画段階から関与する。 自分で題材を見つけて脚本を書かせ、監督を引っ張ってくるのである。 その題材の選び方が面白い。ほとんどが新聞記事をヒントにしている。「炎のランナー」も「キリングフィールド」も、そして「ローカルヒーロー」も・・・。 そうなると極めてジャーナリスティックな題材という事になるが、お堅い社会派の映画にならない所が、パットナム映画の持ち味である。 「新聞記事はあくまでも、一つの大きな部屋に入るためのきっかけに過ぎない。 物語と背景の間に色々な切り口を見つけて様々な要素を突っ込んでいくんですよ。 そこから映画に娯楽性が出てくる。」 思えばパットナムの映画は、社会的な題材を娯楽的要素というオブラートでうまく包み込んだ独特の構造を持つ。 「私が作りたいのは社会性と御託性が両党のようにかみ合った映画だ。」 というが、その方法論はともかく、どの作品も暖かい心を持っている。 それは、現代的なヒューマニティと言ったらいいだろうか。 だから、「ランボーのような暴力礼賛映画は人間を使った漫画に過ぎない」と手厳しく批判する。