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公開当時のボウイ・インタビュー 監督のニコラス・ローグは、台本を送ってよこして何週間もたってから、ぼくの家に来た。 約束の時間通りに来てくれたんだが、ぼくは出かけていた、8時間ほどしてから、ぼくはやっと約束を思い出した。 帰ったのは9時間後だ。もちろん、もういないと思っていた。 ところがローグは台所に座っていた、何時間も何時間も、そこに座っていたんだ。 2階に上がろうともしなかったし、ぼくの部屋に入ろうともしなかった、ひたすら台所にいたんだ。 なんてこった!ホントに恐縮しちゃったよ、恐縮しちゃったから映画に出ようと思ったんだ。 監督が口を切った。「さてデビッド、台本はどうだったかね?」僕は答えた。 「ちょっと陳腐なんじゃないですか?」彼はガックリとなったね。それからしゃべりだした。 2時間、あるいは3時間たったろうか。 僕は目の前にいる男は天才だと確信していた。ストーリー・ラインは、実にしっかりしていることが分かったが、 それは内容に背景を与えているだけに過ぎない。 これは驚くべき複雑さを持った、ハワード・ヒューズ・タイプのエイリアンの、精神的根源的レヴェルの話なんだ。 僕はいまだに、ローグがこの映画につけた陰影のすべてを理解できないでいる。 あの人の芸術的レヴェルは、ぼくより数段上なんだ。 ちょっとばかり金を作ること、これは僕の主なる関心だ。僕はアーティスト。 金になることなら何でもオーケー。自分が俳優かどうかはわからない。 この映画を映画館で、普通の観客にまじってみるまではわからないね。 それがテストになるだろう。自分自身をそういうコンテクストの中で見たいんだ。 僕はあの映画の中で、ベストを尽くして演じた。あるいは演じなかった。むしろ演じないということが要求された。 僕の扮したニュートンというキャラクターは、非常に冷たい、表情のない人間なんだ。 ニュートンは地球で、感情を学ぶ。そして感情は彼にとって耐えがたいものとなり、アルコール中毒への道に追い込まれるんだ。 これまでにもたくさんの台本が送られてきたが、なぜこれを選んだかと言えば、ぼくが歌ったり、 デビッド・ボウイの顔をしなくてもすむ唯一の本だったからだ。 今ではデビッド・ボウイは、ニュートンの顔をしていると思う。 ニック・ローグの優れている点の一つに、人を役の中に誘い込む、ということがある。 僕も完全に誘い込まれてしまった、撮り終えた後でローグに、この役から抜け出るのに相当時間がかかるぞ、と言われたけれど、 まったくその通りだったよ、4か月あの役を演じた後で、ぼくは6か月ニュートンのままだった。 映画ってこんなものなんだ。8週間の間一群の人間が集まって、とても深い友情を築いていく。急速にね。 虚構そのものなんだ。互いに激しくむさぼりあっていると、乱暴に引きはがされてしまう。 そしてふたたび、空虚さの中で奇妙にひとりぼっちの自分を見つける。 ぼくはトマス・ジェローム・ニュートンであったことを忘れるのに、8週間近くかかった。 僕は今、映画製作の色々な側面を可能な限り自分のものにしている。ほんとは監督してみたいんだ。 俳優では自分の訳に関することしか出来ないものな。監督はすべて一つにまとめる人間だ。 だから最終的に僕らが目にするのは監督の考え方、監督のコンセプションなんだ。ぼくの才能はそちらのほうに向いていると思う。 僕はいい俳優じゃないオーバーな演技が多すぎる。オーバーなの好きなんだけどね。 僕は型どおりってのはほんとにいいと思うんだ ありゃダイコンだなんてみんな言うけれど、型どおりっていうのは、実に重要なことだよ。 だって誰にも理解できるわけだろう。普遍的なものなんだ。人生は型どおりでいっぱいだ。 台詞をさりげなく言う、というのも好きだ、そのほうが多くを語るよ、重要なセリフがあるとする。 なぜけんめいになる?僕ならむしろ、印象を強めようと必死になるよりも、ただ…それとなく言うね…ぽいっと…。 すると今までシートにゆったりはまり込んでいた人が、急に・・・「待てよ、今アイツ何ていった?」 僕は今でも、完成した映画からよりも、実際のプロセスから学んだもののほうが多かったと思っている。 鑑賞する時間としては楽しめなかった。きつすぎる。巻き戻る寸前のぜんまいみたいに、恐ろしい緊張感がみなぎっている。 もちろんそれも、いわゆる映画の魔術だよ。非常に抑えたフィーリングを内蔵させてるんだ。 常に出口をふさがれた何らかの感情が、表層の下でたぎっている。それは絶対に表面に出ることを許されない。 だから何かを制限されたかたちで見てしまった、という嫌な感じが付きまとうんだ。 映画とステージでの演技の差は、途方もないね、ステージでのパフォーマンスはもっと儀式めいていると思う。 出ているものは構想のような役目を果たすんだ、だけど映画では、自分自身の中に、ある種の霊を招く。 公開されたヴァージョンは、かなりハサミを入れられている。全体で20分はカットされているね。 編集は実に見事だと思う。それに対しては何も言うつもりはないが、一つだけ聞いてもらいたい。 冒頭のブライス教授とメアリィ・ルートの情事のシーンのことだ。これが切られている。 そうなるとあとで、ブライトとニュートンが、砂漠の焚火の近くで対決するシーンの意味が、すっかり薄くなってしまう。 ニュートンがブライスに、メアリィ・ルーがどうしているか尋ねていても、 見ている人は彼女とブライスの間に何があったかわからないんだからね、これは重要なことだよ・・・。