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早川雪洲「武者修行世界を行く」より
ある日のこと、帝国ホテルに滞在中のサム・スピーゲルというプロデューサーから電話がかかってきて 「会いたいから」というので出かけていくと「戦場にかける橋に出てくれ」という話であった。 監督たちはもうセイロンに行っている。自分としては早川雪州が一番いいと思うが、 一応監督に対する礼儀として最近の映画を見せてやらなければならぬので 東映から山下奉文を借りて、私の知らない間に向こうに送ったのだという。 セイロンで監督のデヴィッド・リーンが見て、「非常に結構だが少なくとも六貫目くらいの目方を減らしてくれ」 といってきたというのでこれは大笑いになった。あの山下奉文は二六貫の大男で、私は似せて腹をふくらませるためにわざわざ肉を着た。 実物はそれよりもすでに六貫目くらいはやせている。 そんな心配はいらないという事になったが、とにかく脚本を読ませてくれと言って帰ってきた。 第一回目を読んでみると第一女がいない。しかも舞台はジャングルである。そんなところで 男二人がなんだかんだとやってみてもミーちゃん、ハーちゃんに受けるわけがないし、 普通の映画ファンにも向かないだろうと思ってどうしたものかと考えてしまった。 電話で断ろうと思ったが軽率なことはできないから、 もう一遍真剣に読んでみたところが、とりようによってはあるいは面白いものができるかもしれないという感じが出てきた さて三回目に読んだときに、これならいけるという感じがしたので承諾した。 私の他に日本人が二人いたが、あとはみな現地の人とイギリス人が多かった。 それからすぐにセイロンのロケに参加したが実に熱くてとても寂しいところだ。 バーと言ってもホテルにちょっとしたバーがあるだけで、東京のようにバーやキャバレーがあるわけじゃない。 第一女の姿がちっともみられない。たまたまホテルで結婚式とか何かの集まりがあるときにやって来た女を見るくらいで、 すっかりイギリス人の多くはノイローゼにかかってしまった。 コロンボを中心として物語の展開につれて、だんだんの山の中の方にロケに行きホテルに帰ることも出来なくなったので、 ゴムの栽培をやっている大地主の家を借り、 その家を中心にして300人を収容できるバラックを建てた。 そこで約3か月間生活したが、その無味乾燥さたるや。みんな男のヒステリーになってしまう。 夜時々古い映画を庭で見せたりするけれども、 スコールが来ればもうスポイルされてしまう。かろうじて酒で憂さを晴らすけれどもそれも大量には飲ませてくれない。 あの撮影中、非常に感心することは、もちろんイギリスには昔云ったことがあるけれども、 イギリスの監督をはじめ、製作部長とかギネス、ジャック・ホーキンスなどの俳優連中が非常に礼儀正しいことだった。 礼儀正しいというか私を非常に大事にしてくれた。 ウィリアム・ホールデンも親切にしてくれたが、その連中は手を取らんばかりにして非常に大事にしてくれた。 ホールデンとギネスを比較すると、ギネスの方はティピカルなイギリス人タイプで俗にいうヒポクシーの観念に当てはまる。 つまり、あまりにも儀礼的なのである。 ところがホールデンの方はそんなことは構わない。 ほんとうにグッドフェローと言われる通りで、人間的にも方々の付き合いにおいても儀礼などは抜き去って、 ホールデンの心からの潤いとか暖かみといったものがいつもにじみ出ている。 だから肩に手を当てて話をすることも出来るわけである。 それはともかく、ロケ地としてあまり寂しいところなので神経衰弱になって5、6人イギリスに帰った。 たまらなくなった奴は会社では認めないから自費で国もとの細君を招んだ。 細君のないヤツや、あっても招べないやつは神経衰弱になってだいぶ手こずらされた。 コメディアンでイギリスでは映画でも舞台でも大活躍している男がいた。 背の大きいのと小さいのと二人ペアになっているのだが、これを兵隊にしておかしなことをやって笑わせる役に使うために連れてきた。 初めの内は酔っぱらってふざけたりしていたが、とうとうこれがまたノイローゼになってコメディアンがコメディアンでなくなってしまった。 一人の方はとうとう細君を招んでそれからようやく元気になった。 あそこに行って初めて女の存在の尊さが分かる。 銀座に行っても別に女は珍しくもないし花もひっかけないが、あそこに行くと女は大事にされる。まさに貴重品だ。 それに、この映画が世界中であんなにヒットするとは、あの当時誰も思っていなかった。 しかし大道具、小道具係や大工さん相いう連中の間ではこれはきっとアカデミー賞を取るだろう、 演技としてはギネスと早川が賞をもらうだろうと話し合っていたそうである。 我々の方はギネス元私もこう破天荒な成功を収めるとは思わなかった。 せいぜいアメリカでもうかればいいと思っていたのに27ミリオンもの利益が上った。 そのために私はずいぶん忙しい旅行をした。 一昨年の12月18日にニューヨークのプレミア賞にまず出かけた。20日はパリだったが、これに行けないで、 19日がハリウッドで、これにも言ったが決してステージに上ってあいさつするわけではない。 ただ新聞に描かせるために、また宴会に出席しテレビに撮られる為に行った。 ハリウッドではエジプシャンシアターという一番大きな映画劇場でプレミアをやった。 その劇場は入り口を入ったところにゲイトがあっても、そこに切符を受け取り、また中庭があってそのあとハウスの中に入るようになっている。 その中庭で私がシガーをもってデヴィッド・リーンがシガレットを吸っていた。 すると「へ―イ・ノー・スモーキング」という声がする。 そのうちにジュンサと同じなりをした消防夫がやってきて「中庭でタバコを吸ってはいけないという事になっているから表に出て吸え」 という。ゲイトから中はもうノー・スモーキングなのである。 デヴィッド・リーンが「ああそうか」と言って入口のところに大きな灰皿が置いてあったのでそこに捨てに行った。 そのとき3つ4つぷかぷかやってから捨てた。 それがしゃくにさわったらしく、その消防夫が大きな声で「あんた今どうしてタバコ吸ったのか」「ここに捨てに来たんだ」 「捨てに来る途中でなぜ吸った」中略 私はその光景を見ていてデヴィッド・リーンはハリウッドに初めてきてこんなイヤな目に遭ってさぞ不愉快だろうし これはこの映画は不入りに違いないという感じがした。 だが実際は破天荒な大入りで3ドルだったかの切符がしばらく買えなかった。 6か月後にもまだ切符が手に入らず見れないという人がたくさんいたくらいだ。 私もサンフランシスコの上陸第一歩で不良に脅かされたけれども、 自分の映画のプレミアのときに大勢の人前で侮辱されたのは監督として実に腹に据えかねたらしくて、 デヴィッド・リーンはハリウッドでは二度と再び映画は作らないと言っていた。