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出所した設楽と会った日のこと 1993年11月6日 今日、出所後はじめて吉(設楽秀行氏)とその彼女が家に遊びにきました。 その時、話したことを書きます。 吉は今、会(一水会)とは完全に切れたそうです。唯一、会とのつながりがあるとすれば、それは貴方を通してだけだと言っていました。 五十七年の事件(スパイ粛清)のことにも触れました。私が聞いたのです、貴方を誘ったのは哲央でしょと。 すると吉は、僕らは一心同体なんだ、彼の悩みは僕の悩みであり、彼が危機に瀕すれば一緒に闘わなきゃならない。やりすぎたことは認めます。 自分をセーブできなかったことは残念でしかたないが、あの事件を起こさなかったら、果たして今の自分があったか...そう考えることにしていると。 貴方に望むのはただひとつ。文章を書く才能にはすばらしいものがあるのだから、出所したら物書きに専念してほしい。 そう熱っぽく言っていました。吉の彼女はあまり喋らず、犬や猫と遊んでいましたが、素直そうな感じのいい子でした。写真を撮ったので手紙と一緒におくります。
貴方が出所するまであと一年です。もうすぐですね、がんばって下さい。 母より
出所する貴方へ 1994年 今日家に戻ってみると、吉(設楽氏)からお菓子が届いていました。これは出産祝いのお返しだそうです。中にあった手紙に、私が預けた原稿のことについて触れています。 長い間、お預かりし、また大言壮語の数々にもかかわらず、結局何ひとつとしてお手伝いできなかったことに恥じ入る次第です。 お蔑みのことと思います。本当にごめんなさい。小母さんには何から何までお世話になりっぱなしですね。いつ何分の一かでも恩返ししたいと思うのですが、なかなか思うようにはいきません。 堪忍してください。
僕が出所に際し感じたことを書きます。期待と不安が半々にないまぜになっていたことを思い出します。その後?外の現実がどんなものであるかは、想像の域を出ない訳ですが、(刑務所にいる時に想像していた)超時空的というかSF的というか、子供っぽい妄想の数々が、外に出たとたん、色あせたものに見えてきたのは確かです。もっとも彼と私では持っている素質も性格も実力も違いますから、僕などの場合と比較してもそのまま当てはまる訳はないと思います。
さて、今のところ(出所の際に用意する車として)ワゴン車を考えていますが、荷物 が少ないのであれば普通車と思っています。引っ越しのようになっては大変ですからね。袋ひとつで身軽にさっと車に乗り込み、普通車で帰る。それがカッコイイと思いますが。 母より