ひどい話だが、最近映画を観たいという気持ちが全然ない。で、観ていない。
 昨年、「遠雷」を観た。荒井さんの脚本も根岸さんの演出も、ただただもううまいと唸った。この映画を観ているあいだ、"この映画を二十代前半に観ていれば絶対俺のベストワンだ"と思いつづけ しかし三十三歳のぼくはスクリーンとかなりの距離を感じていた。少しも気分が入ってゆかない。これは、ヤバイ。映画に十分熟があるのに、ぼくの感性が少しも熱気を帯びない。
 これが代表的な例で、ぼくとしては昨年かなりの数の映画を観たのだけれど、ついに一本もときめくことがなかった。 これはもうぼく自身、相当ヤバイところにきていると思って映画館に行くのが恐くなった。
 ぼくがタッチする映画は、エンターテインメントというよりアミューズメントをたっぷり盛り込みたいと思っている。添え物映画の活力。 今は主流も添え物もヘッタクレもないけど)だが最近は、肝心のアミューズメントとは一体何か、ぼく自身もよくわからなくなった。
 そんなこんなで、今年に入って映画を観ない。で、何をしているかといえば、パチンコをしている。十五年来のパチンコファンとしては、あの業界のあこぎなまでの新しいアミューズメントの追求姿勢!?には、ただただ感服している。
 いま、NHKのドラマを書いている。いつかスタジオドラマを書いてみたいと思っていたが、念願叶った。時代劇だが、ぼくの大好きなハートウォーミング。なんだか知らないけど、書きながら浮き浮きしている。
 小さな小さな世界を、明るく律儀に描きたい。その願いが叶ったからかもしれない。
 やっぱりぼくは、映画の世界よりテレビの箱庭のような世界が合ってるのかもしれない。
 といいつつ、「化石の荒野」。宣伝惹句が"娯楽巨篇"である。丸山、あんた一体なんなのさ。
 「野獣死すべし」の時も大藪さんの作品、それまで全然読んだことなくて、今度も西村寿行さんの作品、全然読んだことなかった。 角川さんから「野獣」が終わってすぐ、「次もよろしく」って言われて、作品も何も聞かない内からハイ!てね。 新人のライターがオーナープロデューサーから次もよろしくって言われて感激しないやつがおるかね(おるんだろうね)。
 これまで、村川透、相米慎二、工藤栄一の三人の監督(映画のみ)と組ませてもらったけど、お三方ともまァ何とかお互いの資質がクロスする部分があった。が、長谷部安春監督とは全くクロスしない。 例えば"カッコいい"というスタイルを映画に映し撮る場合、ぼくはダサくダサく描いてそこをつきぬけたところである種のカッコよさを見出すわけだけど、長谷部さんのは、文字通りビシュときめる大人の渋さ、甘さである。 また、いわゆる"遊び"をぼく はどんな映画にもたくさん盛り込みたいのだけど...それも日常の何でもない部分で...、長谷部さんはそれも受けつけない。 アクション映画はそれ自体が、"遊び"という判断からだろうと思う。
 だから監督とモメた、かというとモメない。この種の映画は、大半のお客様が長谷部さんのいうカッコよさを求めるのであって、ぼくの脚本もその線に沿ってきめてゆく他ない。 それと長谷部さんは、ただのお娯しみ映画にもったいぶった理屈や余計な思い入れを入れることを死ぬほど嫌う。ぼくはこの点でも長谷部さんが非常に好きになって、モメてもしょうがないと思った。
 完璧なほど自分のスタイリングをもった人と仕事するのは、脚本家にとって有難い体験になる。長谷部さんとはクロスする部分が殆んどなかったけど、職業脚本家(オヨヨ)としては仕事らしい仕事をすることができたと感謝している。
 それにしても監督ってどうして絵になる人が多いのかね。 村川さん、工藤さん、長谷部さん、若手では相米さん、根岸さん、etc。それに比べて脚本家は、...。
 完成した映画について何も言う立場にないが、絶望的な気象条件を打ち勝って完成させたスタッフ、出演者の 皆さんに感謝したい。
 「ヨコハマBJブルース」が昨年のG・W公開だったから、ちょうど一年ぶりにぼくのタッチした作品が市場に出回るわけだ。
 この一年のあいだ、「化石の荒野」の執筆 が六ヵ月、TV「プロハンター」執筆が五日、あとオリジナルを一本脱稿して、デビュー前の習作を一本改稿した。 余った時間は結婚してパチンコをしていた。
 弾は、ガラスの向こうで飛び交っている。


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