齢63のジジイが秋葉系美少女アニメに挑戦した!!
        CLANNAD
              2007 年 出崎統 作   改作

CLANNAD



CLANNADは人生とか言われてるんだけど、確かに恋愛アドベンチャーゲームで ここまで長いスパンを語った作品はない。だから人生。それ以上の理由はない。

まあ死ネタや親子の和解で泣かせる、よくある泣きゲーの姿であるが そこはKey特有の新鋭演出で一級の人生ゲームに仕上がっている。 アホなノリとシリアスなノリのギャップがいいのだろう、特にKeyはBGMが強い。

オープニングのメグミルは勿論、涅槃臭凄まじい「Ana」(風子の演出は泣ける) 各エピソードのエピローグで流れる「願いが叶う場所」もイイ。

結局のところKANONと同様、そんな新鋭集団の繊細な作品のアニメ化は 同個性の京都アニメーションが一番あっていたのである。 まあ、京アニは原作の再現、東映はコンパクトにオリジナルを、という役割分担なのだ。

 

東映。巨匠・出崎統がAIRに続き、この新鋭の若い感性によって作られた いわば秋葉系アニメドラマを、その時代遅れな演出と感性でもって仕上げた・・・本作最大の特徴である。 齢60の爺が、いわゆる「萌え系」のアニメを監督する・・・もうね、東映版はひとつカルトアニメだと。   あきらか原作の匂いがしない、この東映版、爺版のCLANNAD。完全に出崎作品になっておる。 もうね、思いましたよ。この作品、もしセル画だったら名作になっていたと。

デジタルであの演出だからギクシャクして、変に思うのであって、セル画での撮影なら違和感なし それに新解釈のCLANNADとしてもっともっとたくさんの人々に受けいられたと。

でもデジタルで春原大暴れ、智也ーっ!の父親大暴れ、渚の父大暴れ

これらの違和感は、セル画のムードのまま戦った出崎のミスなのか。

いや、結局勝負なのである。時代遅れの男が、時代遅れの演出でもって最先端に挑むという・・・。


  漢・出崎、現代美少女アニメに挑戦す!   東映の守護神・大西陽一作画監督   キャラクターデザイン・門之園恵美 昭和の鬼神・出崎の絵コンテと   平成の弁慶・大西の作画。   この断絶した狂気!爆発、このエネルギッシュなパワー!   これが、出崎がゲーム(を録画したビデオ)に触れ、実感したCLANNADだった。 ・・・・ 有名な話、CLANNADのデラックスBOXか何かには、特典に 本編BDが付くと発表されていたのに、発売ギリギリになって中止。 結局本作のBDは発売されず、東映KEY3部作のBDは一切存在しないのだ。

  あの・・・京アニのね、ハルヒ二期からの絵柄がキライなんですよ。 だからCLANNADもね・・・なにがいやって目ですよ。全体フニャフニャしたのもいやだけど 目が昆虫みたいなんですよ・・・。なんかイヤなんです。 CLANNADとか他のアニメでもね、京アニのハルヒ二期以降の絵って 例えば男キャラいるでしょ、主役の。で、特にKEY作品の主役って すかしたようなツラしてるんですよ・・・これがキライ。虫唾が走る顔してるんだよ。

無意識に他人を見下しまくった表情とか言動とかしますから。 で、それが女の子に好評・・・みたいな。女の子もそうだと。 女の子キャラ。もうね、人間を書こうとしてませんよ。ほとんどペットだと。分かります? だからCLANNADでもなんでも、「これがかわいいでしょ」みたいなね。

・・・やっぱり繊細とフニャフニャは違うんだと。

今はフニャフニャ絵、それが萌えだ萌えだと言われておる。でも本当に人間なのか? それは愛玩としての存在に過ぎないのではないか。ただカワイイだけではないのか・・・と なんか寒々としたものを感じますね・・・計算尽くしたあざとさ?感動?ハルヒ一期の頃の絵柄は良かったのに。   だからこそ東映やと。主役の男。スカさない。まっすぐに、ただまっすぐに熱血ですよ。 非常にスタンダードだと。 女の子もガッシリとした骨格ですから、ペットでない自立した人間が出来ておる! というわけですな。やっぱりここ10年のアニメのフニャフニャと ただあざといだけのムードには何の感傷も感じられねえな。ギャグならいいんだけど、心は出ねーな。

そんなワケですよ。あと声もね。京アニは、それこそ現代的なムードで売るとこだから 主役の声も最近流行のスカした感じなのだ。俗に言う厨二みたいな。

だから好きなのは東映版だと。KANON、私市淳。CLANNAD、野島健児。 スカッと爽やか。でも京アニ版だとね・・・上に書いたように無意識に人を小ばかにしたような声であって しかもスカした、ネチョッとした感じなんだな。ネチョッと。 こればっかりはフィーリングが合う人にしか分からねえな。

ただKeyと本当に相性が合うのは京アニ、これは間違いないね。繊細だと。 でもコッチは東映版が好きだと。これも言いたいね。スカッと、爽やか!

この映画は、もちろんオリジナルだから原作との兼ね合いで考えてはいけないんだろうケド ともかく渚ルート一直線であり、他キャラとの恋愛要素は一切ない。 ということで智代や杏は脇役であり、ことみちゃんは完全エキストラ。台詞なし。    

(公子さんは大活躍、キレイ)

風子や椋、勝平に至っては存在すら消されている。まあ思いきりがいいと言えるし もう覚悟だと、ただのファンムービーにはしないよ、というワケですな。


高校三年生の岡崎智也はあらゆることに無気力で学校内でもはぐれ者。 父親との二人暮らしだがかたくなに交流を拒絶している。その灰色に曇った心の中とは裏腹に 今日も通学路の桜並木は美しく咲き誇っている・・・そう、今は春なのだ。   そんな時に出会った一人の少女。優しく微笑を浮かべながら、彼女はこの坂を上る勇気がないといって小さく震えていた。 「一緒にこの坂、登ってもらえますか?」少女の名は古河渚。一年間の病気休学の後、やっと登校する事ができたものの 校内に入る勇気がなかったのだ。朋也は「学校で何か楽しみを見つければ、坂を登れるようになるはずだ」と ぶっきらぼうに答える。その言葉に触発された渚は、ある目的を見つける。それは廃部になった演劇部を復活させること。   渚は大好きな「だんご大家族」の歌を口ずさみながら、手書きの部員募集ポスターを大量に作り 校内のあらゆる場所に張り出す。その奮闘振りを傍から眺める。朋也と彼の友人・春原陽平。だが間もなく ほとんどのポスターが無常にも赤ペンキで「無効」と塗りつぶされてしまう。 生徒会執行部の仕業だ。キレやすい春原は義憤にかられて生徒会メンバーに襲いかかる。  


主役3人ですが、やはり京アニ版がいかにもな美少女アニメ・・・まあそれが原作味ですから それが分かるというもの。京アニ版を見て泣け!みたいに、全然フツーのアニメ興味ない人でも楽しめますよ っていうトンチンカンな人がいるようだけど、それは大間違いで、やっぱりくさいのだ。 くさいというのは、まあバリバリ深夜アニメですよ、スカした主人公、陽気な親友、そしてペットな彼女。 主役は言ったとおり、春原君もやっぱりわざとらしいのね。 やっぱり原作だからできたムードはあると思うし。非常に深夜アニメらしいノリ。

渚に関してもあきらか東映版の方が人間らしい。・・・というか魅力的。やっぱ京アニ版は全編あざとすぎるな。 原作の再現なんですよ。でも原作は立ち絵とテキストとBGMだけで創造してましたから・・・ そんなささやかな舞台から感動、想像できる余地があってよかったのかも。 あと京アニ版は色んな女の子に主役がモテるという、これまた深夜アニメらしさも。 第18話は妙に嫌悪感がすごい、何故か。たぶんこの話が一番深夜アニメっぽいムードだからでしょう。 渚以外全員失恋するという・・・で、スカした主役はそれに気も留めず渚と仲良くやるというね。

やっぱり人間が描けてねえな。京アニのヒューマンものに共通することだけど 「これがリアルです」と、リアルっぽく書いてるんだが、限りなくリアルではないのである。

それが違和感であり嫌悪感なのかも。非常に都合のいいリアルなので・・・そこだ。 あの・・・アニメ作家がやる、いかにもな人間描写みたいな。シリアスとか。「いかにもな」ってのがミソ。

アニメでリアルをやるというのは、やはり違和感がともなうもの。 京アニのヒューマンものは、それを一部の人間には熱狂されるが 一部の人間は白けてしまう・・・という弱点を孕んでいる。

つまり京アニ版はアニメオタクに最高に支持される作品だと。

でも東映版は、非常に一般的で幅広い層に提供した作品なんですよと。意識としては。

 

だから原作CLANNADのムードではないし、マイルドだし、まあオタクくさくないと。 そういう意味で東映の出崎作品ってのはデカいのだ。

繊細さはないものの、Keyのオタくささをマイルドに再翻訳するのが出崎なのだ。

やっぱCLANNADに関してはゲームと東映版ですね。

 

さて東映版。尺が短い。AIRも91分。AIRで興行的に少しうれしい結果が出たから本作にも抜擢された出崎。 AIRでクソ程たたかれた出崎がリベンジする執念の映画となった本作だが、まあ少しは美少女系統というか Key味を覚えたので、多少は、その原作のムード(春原)と、原作のテーマを変えないよう頑張った――んだけど 尺が短い。93分。CLANNADは人生らしいので、その学生時代と大人時代の間のタメが少なすぎた。 前半40分で春原が主役から離れる。まあ寂しいムード。開始一時間で大人になる。

そう、学生時代の短さと大人時間の短さ・・・ダイジェストとも言える筋。 これがオリジナルならいいんだが、やはり原作を考えるとダイジェストと言う人がいるのは仕方ない。 色んなキャラが削られてますからね。

ただ学生時代のノリに出崎の頑張りが出ている。

結局ここで、学生時代のおもしろさを描ききっておかないと大人時代のしょうもなさみたいなのが 浮き彫りになってきませんからね。


「今回楽しかったのは、朋也と春原の関係かな。自分の昔のことを思い出しながら 男同士の友達づきあいをやってみた。ちょっとクラシックな感じだったかもしれないけど そういうのって、俺は案外やってないんだよね。」  

 


  

ともかく原作でも京アニでも、本作でもそうだったんだが 春原のパワーがデカすぎる。彼一人に助けられている。彼がCLANNAD、彼が人生なのかもしれない。 うる星やつらのメガネみたいな。愛されるし。

本作は出崎の年齢もあるだろうが派手に盛り上がる場面が少ない。 緩急が地味である。だからオープニングのメグミルも盛り上がらない。 東映のKey作品はいつも淡々と、クラシックな感じである。

・・・映画のとこで書いたけど、もう「理由なき反抗」だと。 前半が一番おもしろいというね。後半も見所あるしイイんだけど、暗いしね。それに駆け足だから本作は。 泣けないし。やっぱり泣くんなら原作なんじゃないですか。本作は泣けないけど温かい作品であります。


「優しい人なら、ああなっても当然だと思う。思いが深ければ深いほど、優しければ優しいほどね。 朋也の物語は、今の優しすぎてニートになった人たちに対するメッセージになるかもしれない。 そういう人たちに『君らは優しいんだから、心を開いて表に出て行ったらどうだ』というね。」  

 



  

出崎の美少女アニメ。出崎統の、63という年齢から来る人生経験が語った「大人からのCLANNAD」。 その描写一つ一つが、至らない父親や息子への温かい眼差しに満ちている。ある意味 虚構で感動させるCLANNADと、出崎の実体験から感動させる持ち味とが溶け合わなかった 「名作にならなかった作品」だが、温かい作品。カルトだし、ともかく人生というものに真摯に向き合った力作である。


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