悪人と二人の善人のフィルムノワール
        愛と復讐の挽歌
              1987年  テイラー・ウォン作  

愛と復讐の挽歌



男たちの挽歌で一躍有名になったチョウ・ユンファを主演に迎えて製作された傑作フィルムノワール。 もともと一本の大作だったのがチョウ・ユンファ人気により前後編に分けて公開されることとなり 結果「野望篇」と「後編」として公開。日本では派手なアクションが展開する後半を先に公開し 後に、前編である「野望篇」をスピンオフとして公開した。


・・・       マフィアのボス、チウの金に手をつけた義兄弟のユンとクオは 窮地を救ってくれたライバルのボスチャイの元で働くことに。     控えめで忠誠心に厚いクオはチャイの信頼をかち得ていくが、 我が強く功ばかりを狙うユンは逆にチャイの怒りを買い、冷遇を受ける。     嫉妬と恨みに狂ったユンはひそかにチウと手を組み、チャイの恩人を殺害。 さらにはチャイとクオにまでその魔手を伸ばしてきた・・・。   ・・・       マフィアの大ボス、チャイへの復讐心に燃えるユンは、ついにチャイを脅かすまでの存在にのし上がった。 無用な流血を望まぬチャイに対し、ユンは警察までをも動かし、チャイへの抗争を仕掛けてきた。   追われるみとなり、逃亡を余儀なくされたチャイは、マラッカにいるユンの義兄弟クオの元に身を寄せる。 しかしユンは追っ手を放ち、チャイとクオの家族を家もろとも爆殺してしまった。   愛するすべてを失ったチャイとクオは武器を手にユンの屋敷へと乗り込んでいく・・・。       ・・・

 

本作のチョウ・ユンファは「男たちの挽歌」での長髪姿を見せず、オールバックの組長・チャイ役を好演する。 ハッキリ言ってユンファはかなり太りやすいタイプ、それが顔にガッツリ出るタイプであり 「男たちの挽歌」から既にキワキワだったのが、本作では完全なフライパン顔となっていた。

 

どう考えても男前という感じではない。しかし色気がすごい。これは神の域にいっていた男特有の現象であり たとえルックスが本調子でなくとも、妙に格好良く見えてしまうという、つまりオーラの問題なのだろう。

 

今回の役は組長役であり、挽歌シリーズのような弱さは見せず、部下を大事にし 危険な強敵や警察とサシで立ち向かうだけの貫禄を持ち合わせた、いわば硬派な男の役なのである。

   

「アジア映画の皇帝」と呼ばれるに相応しい芸域の幅はモチロン 硬派な役でも暖かみが感じられる「地」の優しさは、ユンファの徳の高さを表している。




 

レスリー・チャンから甘さを抜き、アクション然させたのがアンディ・ラウ。 爽やかそのままに爽やかなルックス、体育会(JAC)的なフィーリングが特徴で、本作では兄と共にユンファの舎弟となり その勇気と心の優しさから、ユンファに絶対的な信頼を寄せられるナイスガイの役である。

 

レスリーの繊細さを腕っ節の強さに変えたキャラであるから、その活躍の気持ちよさは最高。

 

前編でヤクザ家業から去っていき、後編ではメガネをかけて妻と静かに暮らしていたが またも兄により幸せが破壊され、ユンファと共に最終決戦へと挑んでいく運命の男・クオを演じるのである。

 




 

そして本作を語る際に外せない・・・クオの兄・ユンを演じるアレックス・マン。 個性派俳優アレックス・マンの代表作とされ、その純粋悪の魅力は徹底的な悪顔が裏づけしている。 彼もまた色気駄々漏れ、凄まじい格好良さ。悪者の鏡。全身から悪を発散している。

 

冒頭から分かる個性。つまり純粋悪・・・サイコパスなのだ。良心はない。 彼に人間味はない。だからそういうドラマ性は薄い。フィクションな悪なのだ。そこに賛否両論がある。 実際本作は前編のがおもしろい。後半のカタルシスを増加させるには、やはりユンの人間味が欲しかった。 ただのフィクションな悪だから、やられても一辺どおりの余韻しかない。 徹底的な悪・・・なんだろう、バルジ大作戦のロバート・ショーのような魅力があれば・・・

 

ただ、本作がアレックス・マンのプロモーション映画とみれば これほど役者にとって嬉しいイントロデュースもないだろう、新人アレックス・マンの全力を堪能できる作品である。

 

書いたとおり本作は前編「野望篇」が一番おもしろい。 兄弟の不仲、ユンファの貫禄、ヤクザ家業の厳しさ、カーチェイス、そして結婚式のヒットシーン・・・

   

スケールはもとより、後半の荒唐無稽さもなく、キレイに起承転結しているのである。 ある意味、野望篇だけで終わっていてもイイ作品なのである。

 

そして後半。後半はアレックス・マンが大暴れ。そしてユンファの部下が壮絶な最後を遂げていき クオの妻、家も破壊され、最後の戦いへと、ユンファ・クオ・クオの父が赴いていく・・・のだ。

     

見所、名場面しかない後半だが、やはり・・・アレックス・マンの人間性がまったくなく ただの純粋悪、なんのドラマもない悪役のため、倒すカタルシスがあまり感じられない。 ・・・結局、悪の美学とかがないのである。滅びの美学とか。そしてなにより

 

ユンファ、クオ、クオの父ともに撃たれまくっているのに誰も死なないという・・・せめてクオの父ぐらいは死んだら。 まあキチガイの兄に振り回された男たちの最後がハッピーエンドというのが爽やかと言えるのだろうが しかも逮捕もされないし・・・ドライなハードボイルドはないのだ。そう考えると「男たちの挽歌」はドライなオチながら爽やかだったね。

 

しかし、言い換えると、ユンはこれまでに例を見ない「悪」なのである。 後半残念に思ったのは、ユンの人間味が垣間見れると思ったからである。でもそうじゃなかった。 先入観の問題なのかもしれない。ともかくユンは徹底的な悪。良心はない。それを前提に本作を観よう。

 

「男たちの挽歌」のようなあやふやな善悪を仁義で貫いた映画ではない。 ただ善がいて、悪がいる、そういう簡単な映画・・・なのだ。これを前提しておけば、本作は十分に楽しめる。 香港フィルムノワール全盛期の粋とパワーと役者・・・これを形式美に楽しむ映画なのである。  

(兄弟も和解しない)




アラン・タム

   

アンディとアレックスの親友のマックという役。 熱気に溢れた爽やかな性格。マフィア入りを熱望していたがユンファの命じたミッションに失敗し負傷。 マフィア入りを諦める。後に再び登場し、結婚式をヒットしたアレックスをボコボコにするが、銃に撃たれ死んでしまう。

 

ファン・メイ・シェン

「イヤー・オブ・ザ・ドラゴン」の冒頭に登場していたオッサン。 いつも通り怪しげな風貌を振りまき、アレックスマンに締殺される。

シン・フィオン

 

香港で熱狂的人気を博した悪役専門のアクターで「男たちの挽歌」にも登場。 本作では前編後編共にユンファの頼れる部下として活躍。後半では一人フルメタルジャケットでアレックスマンに特攻し 蜂の巣にされるという壮絶な最期を遂げるのである。役名がロック。まさしくフィオンの代表作と言える。

 

ホー・チョンホン

 

台湾のスター。山本麟一のような強面で、ユンファと対抗する。 後編でアレックスマンに殺害される。




後編のDVDだが、キングレコードから出たDVD、そのエンディングが 何かオリジナルじゃないような気がする。テロップがデジタルなのである。 しかも静止画になってもSEが数秒効いてたりとか、やっぱりオリジナルなのではないのかも。




野望篇の冒頭20分は出色の出来である。オープニングの音色は、物悲しくもどこか懐かしいといったムード。イイムード。 そしてアンディとアレックスの幼少期が描かれる。このシーンで彼等の人間性がすべて描写される。ここが上手い。 その後、アンディとアレックスが青年になり、アレックスのトラブルによりアンディ等は追い回され、物語は始まっていくのである。 この映画、香港では別に名作とかいうワケではなく「男たちの挽歌」亜種としてはよくやってるな みたいな評価なのである。いつものサイトdoubanでは前篇が7.0で後編が6.9なのである。 ちなみに男たちの挽歌は8.7。七人の侍は9.2。娯楽作としては十分な評価だろう。




本作は確かに欠点が多い。アレックスマンが、死ぬまでどんなキャラなのか分らなかったりとか。 これはアレックスマンに人情があるのかどうかがハッキリしなかったため。上記書いたとおり 他に例を見ない純粋悪だった為「こんなに内面演技がないのはおかしい!」と混乱したのである。

次に、というか本作最大のクソ野郎ことアンディとアレックスの父親。

 

彼が野望篇のラスト、アレックスをかばったが故に後半の悲劇が訪れるワケである。 本作に出てくる女性、これは全員死ぬ。アレックスのせいで。子供たちも、ユンファの部下も皆死んでいく。

 

最後の決戦にはユンファ、アンディ、そして父親役を演じたピーター・ヤン・クエンが出陣。 ユンファもアンディもアレックスの凶弾に倒れていく中、ピーターはアレックスに撃ちまくる。 しかし怯まぬアレックスに撃たれ、彼もまた倒れていく。死んだか・・・と思いきや、生きてました。 ユンファとアンディが生きているのはいいんだけど、このオッサンはアレックスと一緒に死ななきゃ駄目でしょう。 ここがスッキリしなかったな。何でも生きてりゃいいってもんじゃないよお。

 

(オカマ格好いいマン)

アレックスマン演じたユンについて一つ・・・最後彼はユンファに「地獄で会おうぜ」と言っている。 つまり自分が地獄に行くことを分っているのである。ここは潔くて、悪役として好感を持ちましたな。

 

ただ死に様はショボい。フルメタルジャケットで戦場に来て、最後はユンファに炎の海に叩き落されるんだけど 期待したような花火は起こらず、パチーン!みたいな。爆発でなく弾け死ぬという真性悪に相応しいミジメな死に方だった。


 

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