軍政府を樹立して国家改造をやらなければ日本はだめだ


腐敗した政党政治家は正さなければいかん


軍政府が出来れば我々の目的は陛下に直結できる


そのためには陛下の側近にあって
我々の目的を妨害する重臣・元老は一切葬るべきだ




我々の行動は
必ず陛下も御嘉納になる!


 

重臣と青年将校 
               
              1958年  土居通芳 作

陸海軍流血史



1958年。新東宝が「明治天皇と日露大戦争」の翌年に放った超大作(とされる)。 なのに歴史の闇感、果てしないアングラ感が漂うのが特徴。 張作霖爆殺から始まり、浜口総理暗殺、橋本欣五郎首謀のクーデター「三月事件・十月事件」 そして515事件までが前半。後半は226事件。 こういう構成で統制派飛躍のちの軍部政治。 その功罪から、敗戦までいった陸海軍精神を追っていく。 ヒトラー暗殺が「叛乱」なら総統爆破計画はコレだ。 一応(超)大作らしい野外スペクタクル場面はあるにはあるが そこを期待するのでなく、上記に書いたような台詞群 つまり彼らが何故クーデターをやったのかの簡潔な説明・・・ そう。歴史の流れが非常に分かりやすく演出され、それが絵になっている部分に観るべき点が。 だが「誰々がこうした」が一回で追いきれない所に不満。

本作の見所は前半部30分にある。226事件パートに価値(新鮮さ)はないのだ。

4年前に同会社で製作された「叛乱」が226映画の決定版であって 本作の50分足らずで語られる226には、ただ事件の流れが淡々と流れるだけで 映画的なおもしろさもなければ俳優の熱気もない。 宇津井の安藤は細川・安藤と比べて戦後的なルックス つまり全体、迫真のリアリティがない。部下を原隊に帰す場面もスケールなく感動もない。 「叛乱」にも登場した御木本クンが本作では磯部を演じているが 安藤も磯部も共に「叛乱」のがこれ以上ないベストキャストだった為 御木本磯部は最初から負けていた、貫禄も込みで・・・若すぎるし。 各人物の個性がない。磯部のはちゃめちゃ軍人精神はマトモなモノに変わってたとか。 顔からそう、主要人物すら皆同じに見える。安藤大尉もメガネをかけてなかったし(ルチアーノみたい)。

さらには忠実も変えられており、安藤が226決行を決意したのが部下の困窮具合でなく 友人の新聞屋が軍政府樹立に反対して殺された後に、軍政府樹立を目的としたクーデターを決意したという 「もう引き返せない!」 的な架空の場面が引き金となっているのだ。なんか違う。 うーん・・・誤った見方、角度ですよ、ヘンなのだ。

後半部、映画として存在意義はない。見所は俳優のみ。 前半豪華キャスト・後半若手の売り出し、みたいにハッキリと差別化が図られている。 メガネなし安藤をルチアーノさんみたいと書いたが まさしく、若手キャストがルックスとアイドル性とで226事件をやったという モブスターズ・キャラクター・アイドル化計画ばりの犠牲となった・・・だけでない 226事件を若手俳優売り出しの、いわば「定番モノ」にしてやろうというビジネス根性を感じる。 その成果は発揮され 「宴」や「貴族の階段」「動乱」など恋愛モノの定番として乱立。 のちに安藤を演じた鶴田はメガネをかけず、だったし・ まさしくアイドル映画「226」の三浦はメガネをかけていたが、作品の質は ああ本作と同様かな。 本作で宇津井は2番目に安藤を演じ、後にも「皇室と戦争」で2番目に畑中を演じた。 しかしどちらも細川・俊夫のグレードには及ばなかった。残念

ただただ前半部 橋本欣五郎を主役と捉えた「三月事件・十月事件」 2枚目・大川周明登場、桜会結成と暗躍、515事件 これまで絵的に地味すぎて映像化されなかった歴史がほぼ忠実に描かれ 映画的なおもしろさ、俳優の格・熱気と共にありありと映し出される。 前半部30分間こそ「陸海軍流血史」の強烈でアングラなタイトルに相応しい。


破壊!天皇!革命! 裏切りと屈折、日本を破滅に導いた軍人たちの流血史

1930年11月14日濱口総理銃撃さる!翌8月26日、放線菌症のため死去。  
1931年10月17日 三月事件・十月事件首謀者 橋本欣五郎逮捕!  
「待て!話せば分かる」 1932年5月15日 犬養毅首相、海軍青年将校により暗殺! 首謀者・三上卓中尉。禁固15年。  
拡大する満州戦線での激戦! 1945年8月15日まで延々続く流血の物語  
土居は本作が2本目の監督作となったが 臨場感盛り込んで上手くまとめている。前半部はともかく後半部も悪くない。 濱口首相銃撃の場面は中々形式美的迫力がある。社長の大蔵貢に大変可愛がられたらしい。 これで226が「叛乱」なら最高だった。

俳優

陸軍  
海軍  
その他  
 


細川俊夫。 松竹では軍人俳優、そして出兵。戦後、従軍経験を買われて新東宝「叛乱」に主演。 そうして入社した新東宝、50年代に軍人スターの地位を築く。 60年代フリーとなりTV野郎となってからは軍国・俊夫はお預けとなってしまったが 70年入って早々に「軍閥」「トラ」への海軍大臣での出演。 軍人役に懸けた比類なき個性を、その役者人生でフルに発揮し果てた細川俊夫。  
キリリと引き締まった意志強固な表情と強靭な肉体は軍人役の派生 つまり、クーデター決行者役にも大いに生かされる。 新東宝では「叛乱」「日本破れず」そして本作と計3本のクーデター首謀者を演じた。 しかもただ軍人俳優としての快挙だけでなく 日本軍事クーデターのほとんどに関わる役柄をモノにしたのである。 三月事件・十月事件、226事件、宮城事件。 (やってないのは515だけ!) 事件の、それぞれの忠実人物を初めて演じている事実と共に 彼の業績は日本映画史に永遠に残る。 高橋欣五郎、安藤輝三、畑中健二の名と共に。 さて細川俊夫がクーデターをやるのは本作が最後だが 中佐の役に即した豪華絢爛な服装と陸軍革命家のパイオニアとしての余裕、そして人物の個性とが これまで以上に俊夫のクーデターパワーを(客観的に)強める。  
当時42歳、俳優として最も脂が乗りきっている時期であり ちょっと卵っぽい顔の輪郭もここにはなく、容姿は抜群、気品すら感じる「美声」も更に響く。 叛乱、日本破れずに至った軍部の暴走(クーデター)の原点が三月・十月事件であり、 俊夫の意気込みは出番が例え20分足らずとも並々ならぬものを感じる。 本作の主役は宇津井でなく、俊夫である事は彼の熱気と ポスターのど真ん中に配された彼の軍国ルックから分かる。  
クーデター役の最後を飾るにこれ以上はない晴れ舞台が本作。 なるほど圭のカルティカル左翼的個性の有終の美を飾った「皇帝」を髣髴とさせる。 (例え準主演でも主演ばりの迫力をハマり役で発揮出来たというコト)  
彼が演じた橋本は「大砲屋」と呼ばれる程の革命マンだったらしく 大川周明と同様、気狂いばりに理想を追求する。作中でも革命への熱意は誰にも負けぬ。 戦後、「三月・十月事件」が元で東京裁判のA級戦犯として裁かれたが 全被告人の中で唯一、外人弁護士をつける事を拒み終身刑の判決を受ける。  
仮釈放のちも無謀な国家改造への挑戦を続け 1956年に無所属で参議院議員立候補、落選。 そして妻に去られ、病魔により一人壮絶な最期を遂げる。 ただ気狂いだけでない血気盛んで短気・・・いわば男らしい役、橋本。 細川俊夫が演じる以外に適役はいなかったろう。  


作中の格好良い(美声)セリフ集 「よし、やろう」 「大川博士に決起の通告をしてもらい我々は直ちに行動を開始するんだ」 「閣下は我々の趣旨に賛成しながら、今となって裏切るお考えでありますか!?」 「閣下の腹は分かりました。今となっては・・・我々だけで革命を断行いたします!!」 「いや、話は俺がつける」 細川の意図的な美声である。品のある熱気である。

本作でも見せる細川と丹波との組み合わせは「日本沈没」が最後となるが 新東宝時代の彼らの組み合わせ程(沼田君も同様に)シックリくるものはない。 当時25歳だった杉山クンが演じた長勇。 のちに丹波が彼を演じた時の舞台は「沖縄決戦」。 長はそこで牛山司令官と共に壮絶な自決を遂げた。 若き長の血気盛んな個性は本作でも 「噂に違わず乱暴なヤツだ」 の象徴的なセリフと共に紹介される。 写真など見ると長勇は眼鏡をかけていた様だが、本作の杉山クンも丹波も眼鏡をかけてない。 まあ、これはアイドルとかじゃないっす(どーでもいーワケじゃない)。

暗殺秘録で田宮が演じた藤井の末路は日本海軍最初の撃墜・戦死者という忠実通りだったが 本作の中山昭二が演じた藤井の死に様は、第一次上海事変で歩兵として戦死するというものである。 最後まで国を憂い、革命実行を果たす為 準備に準備を重ねた男がクーデター直前に飛ばされ言葉なく散っていったというむなしさ。 映画的にも感動の置き方でも、やはり忠実(秘録)の最後の方がしみじみする。

1932年の515事件が終わり、そのまま35年に飛ぶ 本作の前半部と後半部を繋ぐ大事なパート「相沢事件」の相沢役、沼田の演技は有名である。 忠実の相沢は暗殺秘録の高倉健みたいな武士道ソードKILLではなく 叛乱や本作のような「梅毒が脳に回ったキチガイ」であったというから 本作のが一番イメージ的に「らしい」のだろうか。 出だしから何かブツブツとつぶやいており 永田の部屋に入るや否や「永山・・・天誅ーッ!」で一刀両断。  
 
永田クリソツのオッサンが棒読みギリギリの情けない悲鳴を上げた後の 沼田の顔は全くおそろしい。仁義3、4の梅宮ばりな鬼の血相で「逆賊ゥー!」の雄たけび。  
そしてアアッとエクスタシーを感じつつ 全て終わった後の絶頂。眉の動かしよう。  
出番は1分程だが画面の全てをさらっていった。 しかし、その後に待つのはツマラン226。 「地獄の黙示録」ほど目新しさもない後半部・・・ それまでの熱気と狂気が繋がらぬ。惜しい!


歴史のお勉キョぅお



こういう実名で忠実の人物が矢継ぎ早に出てくる作品は 「日本のいちばん長い日」の様に名前と階級等のテロップが出てくるのが理想的だが、本作にはない。 特に前半部、駆け足で5つの事件をめぐるワケだから 当然、それを巡る多くのキャラクターが出てくる。 こういうオールキャストの歴史映画でテロップを出さないのは初鑑賞時、とっても不親切。 せいぜい名前を呼ぶのは2回ぐらいだし。 主演の欣五郎などはともかく、閣下や将と呼ばれる爺軍団は叛乱の比でないくらいたくさん出てくる。 ほとんど顔いっしょの爺たちが。これは混乱する。あれ226パートにも出てきてた?→出てない。みたいな。 本作のキャストと役名をネットやディアゴスティーニの解説書で抑えつつ 本作を完全にマスターすれば、少なくとも前半部の長い流血史に誰が関わり そしてどうなったかを完全に理解することが出来る。 まあ歴史を知ってから本作に挑む方がいい。いや、そうでなければならぬ。逆は回り道。 本作はスピーディーな展開だけに、大まかな歴史の流れを簡潔に分かりやすく伝える努力がされている。 その一点は見事。でも歴史を暗躍した男たちのアレコレは分かりにくい。ここだけが難点。 本作はテロップを入れるだけで、たちまち教科書になるのでござい!ですよね。

本作では前半部のみ映画的見所があると書いたが、三月事件の処罰遺憾にしても 忠実ではクーデター関係者に一切処罰なしだったが、次への熱気(10月事件)を誘う為にか 「最初の挫折」を映画的に誇張し橋本らは満州送りにされているのだ。 そしてすぐ帰ってきて十月事件をやるバイタル橋本。

忠実で全く処罰がなかったため、事件後、クーデターが常習化してしまったというから 本作の様に宇垣が「満州送りにしろ!」と強いリーダーシップを発揮してれば結果は違ってたかも? 三月事件の不始末と土壇場での弱腰を非難された宇垣陸相は予備役となり 十月事件では荒木陸相が(勝手に)首相に担がれて、再び橋本・大川コンビでクーデター。 橋本は逮捕されるも「謹慎20日」、長や田中クンは「謹慎10日程度」という処分を受ける。 映画では「もう2度と会えないかもしれない――」みたいな空気で 橋本は自決までしようとしていたのにその結果。 歴史を知った上で本作を観ると苦笑するコト間違いなし!

しかも十月事件は荒木内閣成立後に 「大川周明蔵相、橋本欣五郎内相、北一輝法相、長勇警視総監」 というトンデモカルトメンバーを組み入れる計画であって 挙句、成立後の政治運営方針は全く決まってなかったという。 人一倍功名心が強いクレイジーメンバーたちだから(計画)出来たこと。まあ失敗しても良かった。 高橋や長が組織した桜会はここで解体される。




桜会と言えば 「日本暗殺秘録」で田宮二郎や原田清人が演じたぐうたら名誉志願者たちの印象が強いが、 本作の桜会メンバーは皆クソまじめ。 陸軍初の政治軍閥として中佐以上のエリート将校のみが 参加できる場所であったというから本作の桜会も正しい。 忠実の流れを言えば、三月事件で使われなかったクーデター資金を得た急進派たちは 十月事件前後、資金豊富だからと宴会を始める事となった。 つまり原田清人たちの時代は三月事件後、という事になる。 また本作での海軍藤井少佐は、十月事件に最後まで関わっていた描写がされているが 忠実では橋本らに不信を抱き途中離脱している。 その藤井少佐が戦死し彼の意志を受け継いだ三上や古賀が515事件を引き起こした。

三上が首相官邸を、古賀が内大臣官邸を、中村が立憲政友会を 民間人・橘は東京変電所をそれぞれ襲撃。 結果、犬養毅殺害は成功し彼らは逮捕されるが 首謀者古賀や三上でも禁固15年程度の軽い判決を受けた。 それを聞いた226事件の首謀者たちは、三月事件や十月事件の処罰の軽さも含めて クーデターを楽観視していたとされる。 ただ515では実行者たちが100人もいない少数行動であった為 226の部下を引き連れての1000人以上の大規模クーデターとは 事件の名称で混同されやすいが、全く異なる物とされる。 515はただの暗殺事件、226が本格的クーデターというワケだ。 226事件により、クーデターに初めて天皇が意志を表明し それを受けて死刑という重い判決が首謀者に下され 軽はずみな国家改造、クーデターが出来るものではない、と以降 軍部クーデターは宮城事件まで起こることはなかった。

そんなラスト・クーデターを飾った226事件映画の最高傑作が「叛乱」だ。 スタンダード、教科書、美化なし、情熱、歴史モノの映画化に必要な全ての要素が揃った 余りにも贅沢なクーデター巨編「叛乱」。お手元にない方は急ぎ購入し、観よう。観よ。


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