あかん、卒業プルーフ久々に観たけどね、やっぱ愛してますね。出会いからも謎なんだが 俺が実際に留年したという事実(カンニングじゃない)と、ああ、俺はもうこいつらより年上なんだなとか思うと あれですね、青春したなというね。10年以上の付き合いなんじゃないすか?卒業プルーフとは。 旧記事(以下のすべて)に書いていた自意識過剰な文章も俺なりの若さを感じるね。今も若いんだが、学生だった頃の事でね。 この映画の良さは映画「断絶」にも通じる、既成俳優に負けないパワーを持った爽やかさがあるからなんだよ。 これが既成俳優たちで作ってたらなんにも残らない映画になってたでしょうね。ああいう虚構でなしに生きている奴らが格好いい。 製作陣はブラットパックムービーを目指して作ったらしいけど 俺から言わせれば海外のソレより本作の方がはるかに感じ入るものがあるね。小難しいこと一切ないのも潔いよな。 久々に見直してあまりに爽やかだったんで、そう感慨深く見てしまう自分への驚きと、どこか成長を感じたね。 俺邦画で一番すきかもしれないな。すげー地に足着いてるというかね。邦画ベスト3は戦国自衛隊、飢餓海峡、酔いどれ天使なんだけど 卒業プルーフは俺と共に青春歩んできたという意味でランク外のマイフェイバリットなんですよ。BD出さないかな・・・。もち劇場公開版で。 時代の空気も好きだし、展開の素朴さもいいし、役者も爽やかで、曲もいいというね。卒業プルーフには若者がマジにイカしてた時代が詰まってますよ。 2021 9 1


2024年 改作 明日か・・・
羽ばたけ!! バブル前夜の青春ときめき映画
〜卒業プルーフ〜
            1987年  牛山真一作     

卒業プルーフ


wikipediaには概要としてこの2点が挙げられている。 ・とある大学の卒業記念ダンスパーティ直前の日を舞台に 卒業直前の大学生たちのそれぞれの青春群像を描いている。 ・鶴見辰吾の映画初プロデュース作品である。 作中で語られたテーマとして ・人生の転機の一つである大学卒業を 今の大学生はどう受け止めているか? ・自らの卒業の意義をどう証明するのか? というものがある。 一つ目のテーマは、あくまで 当時バブル期にあった世相での 大学卒業シーンであるが。   日本版ブラット・パット・ムービーを目指した作品で 本作で初プロデューサーを果たした 鶴見君の懇願により豪華キャストが集結した。 寺田農、鈴木ヒロミツ、茅島成美。 関根勤はともかくベテラン俳優で脇を固めた判断は スタンダードだが正しかったと思う。 ベテラン勢は若手映画マンたちの活躍に対し 非常に協力的であった。 そして比企理恵、恭男、新人・児島という 人気の青春ティーンたちをも起用。 また 売り出し中の青島健介、麻木久仁子、伊藤康臣 さらに鶴見、牛山とは同期であり アマチュア劇団での仲間でもあった 永田豪史、鳥になった男・水口馨、植松倫樹の起用。 これは20代映画マンたちの力を見せ付けたいという 鶴見の野心燃える挑戦であった。

鶴見とは懇意だった牛山が初の商業映画デビューを飾り 共同監督として、これまた新鋭・小中和哉が起用。 スタッフも何もかもが新人、無名で製作された本作であるが やはり「青春の殺人者」や「翔んだカップル」ほどの衝撃も 盛り上がりもない凡な映画というのが一般評だろうか。 20代の語る映画というのは ぶっとんだヤツか破壊的な作風なのが当時の風潮だった。 「青春の〜」とか「狂い咲き〜」とか。 じゃあ本作はそういうジャンルでない 20代映画では初のまったり映画なのか「よくやるなあ・・・」 というと、そうでなく。 まず本作は映画でない様に思えるからである。

常に思っているのが、これがビデオリリースだけとか テレビドラマ(映画)だったらば 妙な人気のある、知る人ぞ知るといった 「名作」なる評価になったのではないだろうか、という事。 キネ旬87年12月上旬号で鶴見は 「何故ビデオ時代に劇場公開でこだわるのか」という質問に ビデオ化権があるという事 そして「映画は劇場で見なきゃ」という意見をぶつける。 トップガンを例えに出して、つまり 「テレビで見て何がおもしろいのか」という理由を出して。 しかし本作は劇場で見るような内容なのかと言えば どう見ても「テレビ向き」の内容なのである。 本作とトップガンは似ても似つかない、いや ジャンルが違うのだから比べることもできない。 「トップガン、卒業プルーフ。同じ映画です! どうだ!?」 と言われたら口ごもってしまうだろう。ウーン。

本作には映画的な盛り上がりもないし 特に、何かが突き抜けているわけでも トんでるワケでもない。 本作の平凡なりの妙な安心感と 落ち着いた感じ、ゆったりした雰囲気というのは 間違いなくテレビでこそ映えるモノである。間違いない。 そうだ映画ではない。これも間違いない。 (妥協しても「映画っぽくない」となる)

ビデオリリースのみで終始しておけば・・・ 若手監督の選択ミスというのはある。 例えば長崎監督の「九月の冗談クラブバンド」では 「ビスタよりスタンダードの方が合っているんじゃないか」 という意見が大林、大森という新鋭たちから噴出していたし。

どうだろう、劇場公開のワケは鶴見の意地と話題 そして「まあ鶴見のならやったるか」という 情にかまけた映画配給マンたちのパワーだろうか? 初プロデュースである、若手たちの力を見せる・・・ そういう形式でなかったら無名俳優は使われなかったろうし 牛山も小中も監督は出来なかったろう。 ただ本作は「劇場公開作品プロデュース」という前提があった。 だからこそ劇場映画となってしまった、これは不幸である。 内容にあう適切なメディアで出なかったのは。 結局、興行収入もあまり芳しいものでなかったように思われるが VHSはともかくDVDまで販売されているのだから 今作を支持する人間もそこそこいたのではないか。 鶴見パワーも大きいだろうけども。

宮田君、比企、児島、麻木、他のトレンディな魅力 さらに80年代後期のファッション、風俗、感性が ありありと詰まった時代の宝石箱や!ホンマおもろいで・・・というか 何かしら温かい気持ちになるんですよ。 何の屈折もない、邦画には珍しい程のストレートな爽やかさ。 東映の「冒険者カミカゼ」みたいな後味。 ともかく本作はイイ時代のイイ映画なのであった。


  牛山監督 本作について語る

ダンパティ(プロム)に向かう学生一群!

 
(左から 比企理恵・伊藤康臣・麻木久仁子・水口馨・青島健介・植松倫樹)  
(左から 宮田恭男・麻生肇・永田豪史・児島未知瑠)

この映画に賭けた俳優達


鶴見辰吾のプロデュースによってトレンディ宮田、比企、児島 寺田農、鈴木ヒロミツ、茅島成美、関根、と名だたる面々が集まった訳だが その他はほとんど無名の役者である。       

麻生肇

永田豪史   

水口馨

青島健介

麻木久仁子

植松倫樹

現在活躍中のタレント 麻木久仁子以外はほとんど知られていない。 フレッシュな効果を狙ってか(アメグラみたいな) 彼等の起用は本作にとっての大きな成功を もたらした事には間違いない。 皆、演技は上手い。

wikipediaで赤字!ちょっと期待出来ないなぁ〜 と思っていたものの、上手かった。 特に麻生肇、永田豪史は役者として非常に個性的であり 細やかな仕草や台詞回しも、演技力という言葉で言えば上の部に入る。 本作が映画本格初出演になった 水口馨、青島健介、麻木久仁子 植松倫樹もそれぞれ良い味を出している。 当時売り出し中の青島健介はフレッシュそのもの!

植松倫樹の存在感、格好良さは特筆事項だろう。 大人の魅力というか「一人だけ天才型が紛れていた」といった所である。 一番カワイイ麻木久仁子。 子役上がりの伊藤康臣も イモっぽい感じは捨ててサングラス、長髪で本作に挑んだ。 スタッフらを唸らせる演技だったという。 皆演技はともかく、売れてやるぞ!!みたいな勢いで作り上げた、そんな感じの作品である。  
が、残念ながら本項タイトルの「賭け」に勝った訳ではない。 「卒業プルーフ」は興行的に失敗。評価も悪かった。 伊藤康臣、植松倫樹は同年芸能界から姿を消し、 麻生肇、永田豪史も5年と経たず引退。 その後、宮田恭男、児島未知瑠も引退。 水口馨、青島健介はスターにはなれなかったものの 現在でも細々と仕事を続けている。 生粋のエンターテイナーである。

パンフに掲載されていた情報によれば、 水口馨と船越英一郎で結成したミュージカル劇団マガジン(現在も活動中)に 植松倫樹、永田豪史が加入。

植松は同劇団の中心スター。 1960年10月6日生まれ。 日本大学藝術学部映画学科に籍を置いた。 日本大学藝術学部剛柔流空手道部の第36代目出身者である。 TV歴史を運んだ旅人たち、牛山監督作「ハートじかけのオレンジ」にも出演。 現在、同空手部の技術指導員を務めている? 全日本空手道剛柔会四段助教。

永田は86年に加入し同劇団で瞬く間に人気者になる。 TVタレントとして「とんでもナイト」「何とも好感度」にレギュラー出演。 牛山監督との付き合いは古くほとんどの作品に出演している。 それまでもポルノ映画にいくつか出演。

水口馨は現在、幼児用CDの作成や舞台等で活躍していいる。 Dramatic Musical Theater MAGAZINEと検索すれば今までの公演を見ることが出来る。 LOVE ME DO! 「愛しているから」では永田君の歌を聴ける。

麻生肇は83年に文学座研究所に入所。 身長185cmでマルサの女をはじめ多数の映画に出演した。

青島健介もモデル、舞台をしつつ、当時はチャンスを待つ日々だった様である。 現在は副業(本業か?)でKenny'sGrill&Barというバーを経営している。

本作のテーマの一つに卒業というワードが出てくるが 作中の人物が今後どういった人生を歩んだのか 演じた無名の役者達の人生をも重ねて考えてしまうのだ。


    牛山監督                

登場人物

登場人物

DVDについて


やっぱり牛山は分ってないんだな。だから(本人も)売れなかった。それが分りますよ。 ディレクターズカットっていうから買おうかずっと迷っていたんですな、結果それは正しかったんですな。 どういうことかと言えば、いわば好きなシーンが全カットされてるんですよ。

冒頭の永田の「まかーせなーさいって!」のところは丸々カット。

宮田恭男 「しゃべらないじゃないかよ」 「いつもベラベラしゃべるお前が、黙ってると何かお前じゃないみたいだよ」 「何かしゃべれよ」

永田豪史 「何かしゃべれだと?」 「こんな時にペラペラペラペラしゃべってたらただのアホじゃねえかよ」 「そりゃ俺だってしゃべりてえよ」 「朝ちょっとしゃべってからあんまりしゃべってないしよ。」

宮田恭男 「さっきしゃべってたじゃないかよ。」

永田豪史 「人としゃべってないって事だよ!」

もオールカット。 さらに正解はディソーダーの下りも一切カット。変な体操もなし。

卒業プルーフの好きなところは、商業作ではありえないような ノンビリとダラダラ、素朴なノリにあったんですよ。だからおもしろかった。だから好きなんですよ。 それがね、オールカット。じゃあ何が残ったかと言えば何にもおもしろくない映画なのね。 この映画の個性をカットしたらね、後はしょーもないシーンばっかりですよ。 ああいう素朴なシーンがあって、以降のシーンも繋がる、あるんだと。 せかせかして、隙間も遊びもない卒業プルーフになんの価値がありましょう。 やっぱり劇場公開版が一番ですね。本当牛山よ、しっかりしてくれや。


画質比較。 左がVHS 右がDVD                  
牛山監督によるカットシーンの解説

「空き缶ギャグ」 このシーンはね、ギャグがすべってるのと、あまりに

も見え見えで不自然なんで、カットしました。 小中も了承してくれるはずです。小島満さんもタイミング待ってるしね。以上です。

「ディソーダ―体操」

このシーンはですね、教室の中でほったらかしにされたね、学生たちが、とにかく 発表が出るまでどうしたらいいのかわからないっていうので。 で、実はその前に、ちょっとこのヘンがね 悩んだんだけど一つはうまく、こちらの思ってるようなリズムが作れなかったというのが一つと 最初のところで鈴木ヒロミツさんが帰った後に多少ね、彼らのイライラしているような表現があったので 二重の情報になってしまうんじゃないかという、二つの理由でね。それから比企理恵さんがクロスワードパズルをやってるんだけど これがまた作品の後半にね、このパズル自体が、非常に彼女のキャラクターがね、また物語を進行させるうえで重要な要素になるなら切れないんだけど 結局ここだけのシーンに終わってしまっているという理由でね、これはカットしましたね。

ただ一つだけ言えるのは伊藤康臣演じる志方君が、げっぷをする理由がね、ここで述べられるわけですけど、 まーそれはどうしようかなと、まあでも、げっぷを分かる理由だけの為にね、残してもしょうがないし。 あとこの体操の仕方がね、ちょっと、今一つかなと。いろんな理由でやっぱり映画のテンポを削ぐんじゃないかと。 やっぱりせっかく面接終わって一人ひとりがなぜカンニングをしなきゃいけなかったのかと説明 が終わった時点でね、まあこのシーンが入って、児島未知瑠さんが昼休みをしながらね学生時代、自分の人生が ときめくような思いが若干足りないんだと友達と話すシーンがあるんだけど、それだったら 学生の教官に、自分たちの教授に思いをぶつけて、カンニングの連中は。 で、卒業していく連中は卒業していく連中でね、どうしてもスカッとした、決着をつけて卒業したいんだと そういう風にどんどん物語を進行させていった方がいいと得策ではないかと、判断しましたけどね。

カンニングしてる連中はね、何の接点もない連中なんだけど、段々一体感なっていくという過程は描かれているんだけど そのあとの、生協で、腹が減ったんで、行動を起こすと、いうところでお話のセッティングはね、辻褄はあうと思ったんで。 二日酔いだったんだよね。おばあさんが寝酒がきくっていうから酒を飲んだけど、二日酔いなんでげっぷが出ると。 この辺の鈴木ヒロミツさんの最後のカット尻の芝居もねちょっとややテレビドラマの テレビシリーズの、コメディシリーズのカット割りのような気がしたんで、カットしましたよ。

「アホじゃないかよ」

ここは撮影初日に撮ったシーンでね・・・ちょうどシーンでいうと児島未知瑠ちゃんが研修終わってね デパートから出ていくちょっと前ぐらい、さっきの昼食のシーン、喫茶店のね、その後に入ってたシーンだと思うんだけど。 ちょっとこれは・・・まあ、それだけ、二人がね、このあと宮田康夫くんが出てくるわけなんだけど 二人が奪い合ってると、言うのを分からせるシーンとして作ったんだけど、やや絵が貧弱ですね。 まあ引っ越しをしようと、いうことで部屋が空っぽなのはいいんだけど、住んでた部屋が空っぽだという風に見えないんだよね。 でもね、やっぱこれ残酷だよな。僕はこういうの落としたいからディレクターズ編集版を作ったのにかかわらずね パイオニアはこういうの最後の最後まで見せようとする。 この、DVDというね、最近のこういう、特典はどうも、具合がよくない。

初日でね、芝居もかみ合わなかったし、カットしてよかった。 ・・・ カットシーンについて話すところはね、なんか「プロ」に固執したおっさんって感じですよ。 大人の感覚で青春、青年を語るほど愚かなことはないですよ。なーんか言葉の端々がイヤミっぽいし冷めてるしね。 よくいる大学教授(クソ)みたいな。元々こうなのか屈折してこうなったかわからないですけど、ひでーなー。 大体この映画はテンポじゃないんですよ。そんなクソハリウッドな青春ドラマ見たくないしね。望まれてもいないだろうし。 じゃあ何が残るかと言ったら不器用な愛。これでしょう。これを楽しむ映画なんだな。 大人になってその不器用さを笑ってはつまらない。荒くてもニヤニヤできる器が欲しい。 しかし牛山監督はその不器用さをカットしてしまった。テンポ重視を謳い、観客への忖度も併せて。

大体な、ああいうくだらないシーンがあるから、最後の関根勤のしょーもない場面も自然なんだよな。 ああいうシーン全部とっぱらったら、関根勤の最後が、よりしょーもなく浮くんだよね。 やるんなら関根のシーンもカットしなきゃ。失敗ですよディレクターズカット版は。 どうでしょう。劇場公開版とディレクターズカット版の差異は とどのつまりいかに牛山監督から若さとセンスが抜け落ちてしまったか、それを楽しもうということなんですな。


核融合レベルのイカした名台詞群

しんみりする台詞からキザったらしい台詞まで網羅


植松倫樹   「片桐、片桐雄大。」

・・・・・・・・・・

植松倫樹 「正解はDisorderだよ」

麻木久仁子 「Disorderって意味は?」

伊藤康臣 「無秩序、乱雑。」

・・・・・・・・・・・・

宮田恭男 「しゃべらないじゃないかよ」 「いつもベラベラしゃべるお前が、黙ってると何かお前じゃないみたいだよ」 「何かしゃべれよ」

永田豪史 「何かしゃべれだと?」 「こんな時にペラペラペラペラしゃべってたらただのアホじゃねえかよ」 「そりゃ俺だってしゃべりてえよ」 「朝ちょっとしゃべってからあんまりしゃべってないしよ。」

宮田恭男 「さっきしゃべってたじゃないかよ。」

永田豪史 「人としゃべってないって事だよ!」

・・・

青島健介 「どういう気なんだ!全く・・・」

伊藤康臣 「忘れられてるんだ。完璧に」

青島健介 「忘れた?忘れるはず無いだろ。」 「あの眼鏡豚が・・・。俺たち6人を忘れるはずが無いだろ。」

伊藤康臣 「ふっ、そう思うでしょ。忘れるはずが無いって。」 「でもそう思ってるのが間違い。人間コロッと忘れる時がある。」 「僕なんかねえ何時だってそうだもん」 「3年の合コンの時も人数に入れ忘れられちゃったりね」 「それに・・・」

青島健介 「それとこれと話しを一緒にするな・・・!」  

全員キザ

植松倫樹 「変なヤツだな・・・」 「カンニングさせたって言うじゃねえの・・・」

青島健介 「らしいな・・・」 「オマケに回答見せた見ず知らずのヤツの事まで妙に庇ってるらしい・・・」

植松倫樹 「フッ、何だいそりゃ・・・」

青島健介 「感銘ある言葉を投げかけたそうだ・・・アイツに・・・」

植松倫樹 「・・・何て?」

青島健介 「これで君も男になれる。って・・・」

植松倫樹 「ふーん・・・」

青島健介 「俺が聞いてもいないのにベラベラとしゃべってくれた・・・」 「この調子でいけば、ヤツは出生の秘密までしゃべりかねないぜ・・・」

植松倫樹 「おい、あの坊や男になりたいらしいぜ」 「男にしてやってくれよ」

麻木久仁子 「そういう事言うかなあ・・・」

植松倫樹 「ハアアー。俺も君みたいな人が初めての相手だったら 心に深い傷を残さずにすんだのになあ・・・」

青島健介 「・・・そんなに酷かったんですか?」

植松倫樹 「おう。語るも涙の悲惨な想い出・・・」 「坊やと一緒に俺の想い出も作り直してくれよ・・・」

麻木久仁子 「もう。いい加減にして。いじめないでよぉ。今最低の気分なんだから・・・」 「志方、何ていうかな・・・」

植松倫樹 「パパ、きっとこう言うよ。志方君を男にしてやれって・・・。」

青島健介 「おい」

植松倫樹 「ふふふ、あははははは」

プーと頬を膨らませる比企理恵

伊藤康臣 「オーイ。開けて下さーい」

水口馨 「オッホホホホー!」

伊藤康臣 「あれ、ちょっと、ねえまずいよね。え、まずいんじゃないの!」 「まずいん、じゃないかなあ」 「お、ワアー。ちょまずい、ねえもしもし!」 「WHY!」


植松倫樹 「男への、ビクトリー・ロード(VICTORY ROAD)!」 ・ ・ ・
話したがってるわけじゃないよ ただね・・・就職する条件に大学卒業者っていう項があってさ 単位がひとつでも残っていたら・・・それで全てパー 俺・・・こんなこと言うのもなんだけど 本当にカンニングはしていないんだ・・・ でもな・・・企業は俺を選んだはずなんだ 俺という人間を ところがどうだ、たった一つ単位が残っていると言うだけで もう来なくていいという・・・働いてもらう必要がないという・・・ 卒業が絶対の条件・・・ そこには俺自身は存在していないんだ・・・

・・・そらあ、世の中納得できないことは色々あるよ でもそのまま  しょうがないな、駄目だなあ何て思ったらつまらないじゃないか そうだろ? 学校が駄目なら明日会社行って事情説明してくればいい 親や友達に正直に話して、何言われても気にしなけゃいい 要は自分だよ

卒業まで何選択しろってんだろう 職業・・・生きがい・・・恋人・・・ はあ・・・ 決めなきゃいけない事が多くて大変 大概の人が18から24ぐらいまでの間に いろんなことを選択しなくちゃいけないじゃない ・・・誰が決めたのかなそんな事 ずっと女優にあこがれてる人がいて・・・いつか舞台に立てる日を ずっとずっと待ち焦がれてんの それは明日かもしれないし一生その日は来ないのかもしれないし でもね・・・もし その人が舞台に立てる日があったら・・・私絶対に観に行くんだ


 

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