警察庁は本事件の犯人を、愛知県額田郡生まれ、
名古屋港東病院研修医・秋山宏28歳と断定し
全国に指名手配をしました。 
近藤正臣の社会派サスペンス大作
動脈列島
             1975年  増村保造作     
改作 ドキュメント

動脈列島


清水一行が1975年に日本推理作家協会賞を受賞 した同名ベストセラー小説を映画化した新幹線モノの傑作。   完全なるサスペンス映画である。なのでパニック映画「新幹線大爆破」との比較はNG。 当時問題視されていた新幹線による騒音被害をテーマに、豪華俳優陣が繰り広げる演技合戦が見所。 特に、当時都会的2枚目の到達点を誇った全盛期「近藤正臣」と 芸能界きってのダンディマン、エリートの看板が最高に似合う「田宮二郎」との まさかのスーパー2大巨頭が、優れた頭脳を駆使して日本中を飛び回り 彼らの正義感が無残にも破滅へと向かって行く、その情念と科学のドラマ! 邦画的な湿っぽく、クールで情熱的カタルシスが楽しめる。いい映画です。 原作再現率は驚異的。理想的な「映画化」の形である。 初見はどうってことないんだが、かなりの中毒性あり。


 

国鉄に挑戦する男達

 名古屋中央病院臨床研究医・秋山宏(近藤正臣)   
   新幹線訴訟団々長(加藤嘉)  新幹線訴訟組員田尻福一(橋本功)  
警察庁犯罪科学研究所所長・滝川保(田宮二郎)   増村がここまで男たちに熱中したのは数少ない。 近藤正臣味を出すのには失敗したが、その代わり 完璧なルックスを活かしまくる。全編、絵になっている。

登場人物

登場人物

美声集団

 

豪華俳優陣の演技合戦が1つの見所となっているが 特に田宮二郎率いる捜査班は凄い。声が良いのである。 田宮二郎はモチロン ピーター・フォークのFIX声優・小池朝雄 ウィリアム・ホールデンのFIX声優・近藤洋介 抜群に心地よいボイス。吹き替え実績も豊富(らしい)渥美 国泰 シブい声、吹き替え実績も豊富な勝部演之と井川比佐志。 とにかく捜査班全員の声が良い。 その上、美声俳優が総ぞろい。 神山繁、久米明、鈴木瑞穂(いつもの)、歌手の藤村泰介、キチガイ橋本功 その他モロモロ。 汚い声の俳優は一人もいない。 現在の邦画では期待し得ない「上品さ」。コレを持ち合わせたオールキャスト。


現代劇近藤正臣


もう1つの見所が近藤正臣にある。 近藤正臣という俳優は、作品のソフト化にとことん不遇であると思う。 特に氏の格好良さが完全に熟した30代、この活躍期70年代には 多くの主演作が作られたワケだが、現在DVDで観ることが出来る現代劇映画は 「息子よ」と「動脈列島」だけである。 この映画は興行的に女性客が見込めるようなキャスティングをしたのだろうと思わせる節がある。 (藤村や中条、峰岸など) そもそも増村である。女性客人気を呼ぶ男。 嬉しい事に今作は、近藤正臣ファンにとって奇跡の様な映画となっているのだ。 とにかくキザに格好が良い。  
同年に公開された「新幹線大爆破」の山本圭ばりの特集ぶりである。 まず、インテリであるという事。医者のインターンなのだ。 そして白衣、普段着、どこをとってもカッコイイ。眼鏡も、サングラスも髪型も決定的に美しい。 初代トヨタ・セリカに搭乗し無線停止信号(163.07MHz)で新幹線と併走。 挙句停止させてしまう、など近藤正臣史上最もスケールのデカイ役どころ。 髭面の近藤正臣もワイルドである。濡れ場(2回)もあるし・・・。 特にOPは同年の「大爆破〜」より演出がかっており、これまたキザに格好いい。 増村のダンディズムが爆発した出来で、空撮により 美しい自然風景と疾走する新幹線が直に接する様をしっかりと捉えている。 字幕は「大爆破」な真っ赤でなく、真っ白でクールな「無機質」な印象を持つ。  
久々に田宮二郎を起用した増村は、当時全盛期だった近藤正臣を共に迎えるに 「大爆破」型バリバリ前面の爆発(エクスプロージョン)映像でなく 抑え目、クール、ダンディズムの3拍子を大切にした。 林光のテーマ曲と相まった出来。キャスト表示はキザにイカす。 静かに表示される田宮二郎の名前。そしてテロップと同時に現れる近藤正臣の姿。 ベタかもしれないが、当時存在しているだけで価値があった2枚目・近藤〜正臣である。 サマになっているというか、形式美そのものだ。 ともかく全盛期のイカした近藤正臣ルックを見たい人は観るべし。 (増村の本領は女だから、正臣にはルックスだけを求めた) イカした田宮二郎も。おそらく邦画では最後の「はまり役」と言えるだろう、主役級では。


 

特撮(ほぼ)なし 増村リアリティ


新幹線と併走する場面もブルドーザー始動場面も、全てが本物。  
 
物量、迫力。カメラが捉えた壮絶な「ナマ」のカット。 近藤正臣と田宮二郎にCGは似合わない。そりゃそーですよ。 ダンディ、クール。それは命懸けの試みを乗り越えた先に映えてくるのだ。 「163.07MH、スピード0の信号電波・・・」 「新幹線!拾ってくれ、止まってくれ・・・」 この粋にイカした格好の良い台詞もCGではダサダサになっていたに違いない。 当時最高に格好良かった近藤正臣が、当時最高に格好良かったトヨタ・セリカに乗り 新幹線と併走、さらには追い抜くという興奮をCGで貫徹、表現できるだろうか。ム・リ。 最高の腕を持ったカースタント達(ザンバ)は通報・逮捕を前提に命懸けで車をぶっ飛ばした。 ここまでやるか!?な3分にも満たない映像は、本作の象徴的場面として、 本作を本作たらしめる強力な武器となっている。 彼らの勇気と才能が『動脈列島』の「本物の映画」としての地位を 今に至るまで守っているのだ。 日本で「フレンチ・コネクション」に最も近づいたのは本作だったのだ。

題材、タイトル、近藤と田宮、さらに一息加えてくれたのが珍現象『東名高速道路新幹線停止』場面。 スタントの勇気。さらには頭脳と技術も駆使されて完成。 原一民は思い出した――「岐阜県内の名神高速。 2キロに渡り50mの間隔をもって併走出来る道路はここしかない。 岐阜鳥羽手前の鉄橋を渡ると『こだま』が自動的に減速する。」 ここを狙い、車をぶっ飛ばす。 そして、新幹線通過脇に陣取り、ハイスピード撮影を行い さらに撮影ネガをハイスピード処理し擬似的に新幹線を止めた。 これでようやく、たった3分間の超映像(併走+停止)を実現出来たのである。 CGを使う事は努力と技術と勇気の完全なる放棄であると 現代人が気付くのはいつの日であろうか。もしや、気づいているがcan't(カンツ)なんでしょーか。 やっぱりナマの迫力に優るものなし。社会派映画、サスペンス映画にCGは向かないですね。


悲劇の主人公

悲劇の主人公へ 色んな意味で悲劇。クソマジメな反体制主人公ほど 愚かで悲劇的な存在はない。

作品

   
「新幹線」がど真ん中に置かれ、それを取り巻く人間達の動向や感情がメインで描かれる本作。 同年の映画「新幹線大爆破」のオファーを受けた菅原文太は 「この映画の主役は新幹線である」と主演を断った。 本作は、タイトルに新幹線の名こそないものの 新幹線こそが「大爆破」よりよっぽど主人公しているのである。 冒頭から新幹線と轟音が鳴り響く。 事件の発端と、それに関わる人間達の関心も新幹線のみ。 勿論作者の興味も新幹線騒音から来たものである。 「大爆破」での犯人達と企画者・脚本家達は手段として新幹線を利用したに過ぎなかった。 大爆破のオチは飛び去っていく飛行機。あくまで人間模様がメインなのである。 (少なくとも文太の指摘は間違っている事が分かる) そして本作のオチは新幹線に翻弄された人々を置いて 猛スピードと轟音を上げながら新幹線――が走り去っていく姿である。 主人公でもあり、最後まで憎むべき敵でもある新幹線。 だがソイツには感情はない。ただ走るのみ。しかし動かすのは人間である。 ソイツを善にするも悪にするも人間の勝手であり 善でも悪でも、またその恩恵を受けるのは人間自身である。 あくまで無機質な新幹線を、どう動かすか。 国家の動脈となった新幹線を止めることは、もう出来ない。


多数派に訴えかける少数派

   
便利さ、恩恵の裏には必ず被害を被っている人間がいる。 例えば原子力発電もそう。 全く安全に「便利」を授受出来るほど世の中甘くない、辛い現実。 ただ、大多数の人間は被害を被らない。 あくまで一部の極少数の人間だけが割を食うのである。 だからこそ少数の人間が現状に反発しても 大多数の人間は知らん振りするか白い目で見たりする。 ほとんどの人間には被害がない事を考えれば・・・新幹線の代わりになるものはないし。 もはや、大多数の人間に、日本人に つまり「良識有る人々」に現状打開を訴えかけるには 秋山青年の新幹線転覆計画は最も有効だった。 過激に、そしてより身近な犯罪。 多数の人間がひっきりなしに利用している 日本の動脈たる「新幹線」を破壊するという犯行予告。 無関係を決め込む多数派も、いよいよ問題について考え出すようになった訳だ。 原発被害を訴える為、原発を破壊するヤツなど現れた試しはなかった。 「どうなっても、平気です」 秋山青年は自身の青春を賭け捨て身の行動に出た。 成功しても失敗しても死ぬまで檻の中に入れられるのは間違いがない。 ただ、成功でも失敗でも多数派への潜在的良心へと呼びかける事が出来れば、 本人の意に反していても「新幹線公害の被害をより多くの人間が知る」という 過去に起きた公害事件同様、現状打開の道が開ける訳である。 それも全てマスコミ・メディア等の活動次第であるが・・・。 秋山が起こした行動の爽やかさには、こうした背景がある。


一つの鋭利な頭脳が巨大な組織に挑戦した!

   
秋山は新幹線の脱線、停車を実行し成功させた。 転覆までもを計画していた彼は何も 「新幹線」を破壊すれば根本の解決になると思っていたわけではない。 国鉄側に要求を呑ませる為の打開策であり、脅しでもあった。 (無論呑まなければ破壊を実行しようとしたが) そう。秋山の目的は「新幹線破壊」ではない。その先にある巨大な組織にある。 つまり新幹線を「少数派にとっての悪」のまま、だんまりを決め込む総裁への対面は この作品の本髄、メインテーマを端的に表現している。 人間 対 人間である。 秋山と滝川 秋山と総裁 少数派と多数派・・・ 「俺の仲間よ 人間よ」 といったところである。 秋山が憎んでいたのは新幹線そのものではなく、それを動かす人間たちなのである。 動かす――― 総裁はともかく無関係を決め込む多数派たち。 本作は、ただ 秋山 対 国鉄という単純な構図で成り立った作品ではないのだ。 一つの鋭利な頭脳が巨大な組織に挑戦した!(キャッチコピーより) 巨大な組織・・・  動脈列島 日本の社会組織を形作る為、その動脈たる役割を果たすのに不可欠な「新幹線」。 そして新幹線を止める、男一人 映画「動脈列島」とは、人間社会という肥大し複雑化した組織構造そのものに訴えかける 男の物語である。  
そして、その肥大し複雑化した人間社会が産み落とした男こそが秋山宏である。 高度成長期で一気に膨らんでいった「便利さ」と「公害」。 表裏一体の2単語の狭間で苦しむ人間がいた。 そして、その苦しみを見て怒りに燃える人間がいた。 まさに時代が生んだ男。 だが秋山は、テロリストになる為に生まれてきたのだろうか? そんな訳ない。彼には彼の人生が、医者になるという夢が 大それた事でなくとも違った生き方があったはずである。 そうさせた、させてしまった社会に対して彼は挑戦したのだ! 大義であり、私恨であり、1つの青春である。 全く壮大なスケール。 最後に嗚咽を洩らす秋山の感情とは如何ばかりか?


青春を生きる

 
増村の徹底した個人主義。本作の秋山について 良い言い方をすれば「英雄」 悪い言い方をすれば「独りよがり」 だが、もはや世間体関係なしに 最後まで自身の信念を貫き通そうとしたその強固な意志は 勿論時代が生んだという事もあろうが 決してフィクションだからと言ってバカに出来る物ではない。 独りよがりだろうが、現状打破の為「行動した」ここが大事なのである。 安全に便利を授受出来るのが難しいと書いたが 何でもそう、自己利益を確保する為にリスクはつきものである。全てを捨てる覚悟がいる。 「動脈列島」への挑戦へと行動する為に、青春と社会的地位を捨て去る覚悟を持った秋山は だからこそ立派なのである。 (それ程の情念を与えたのは何を隠そう人間社会そのものなのだった) そんな破滅的な生き方をする男は、魅力的と言う他ない。 (しかし個人主義を徹底すればする程、破滅的になるのは世の常である)


一人の男が国家と戦う映画

 
一人の男がここまでのスケールで国家と戦い 破滅していく映画というのは他に「太陽を盗んだ男」ぐらいしかないのではないか? しかし「太陽〜」は70年代に台頭した若手監督特有の。掴みどころのない飄々とした若者を象徴した男が 主役であり、自我とか感情を露にする事もない。 娯楽作と銘打っている「太陽〜」はクールで淡白な視点が全編を貫いているが 社会派と銘打っている「動脈列島」は非常に感情的であり、情念の主人公を暖かい視点で描いている。 ただ、犯人逮捕に全力を挙げる田宮二郎と文太の「無敵」な存在はどちらも変わらず。 どちらも破滅していく若者の映画だが 全く真逆の感動をそれぞれ与えてくれる訳だ。 もちろん、どちらの若者も「日本」が生みだした存在であることには変わりない。 増村監督は本作を青春映画だと総括している。


その他

 
DVD付属のブックレット?にも、本作の作りが映画「ジャッカルの日」に近いと指摘されている。 キネマ旬報で監督増村が語ったところによると「観たは観たが、余り良くはなかった」。 なるほど、もしかすると本作の万人受けしなかった理由は 増村のリアリズムを追求した作風だった事かもしれないね。 映画的な主人公ではなく、生々しい感情を 露にする等身大の青二才が主役だった事も関係しているという事。 ちなみに、田宮二郎も同席したこのインタビューでは 田宮自身もジャッカルの日を撮影中のフレッド・ジンネマンに会い 一緒に食事をし、映画について議論しあったと言う。真偽不明。 増村監督は語る。 「これは映画向きの理想的な題材である。 すぐれた現代社会のドラマ、人間のドラマ、青春のドラマ。 これを作るのが演出を担当する私の仕事である。」


 

ソフトについて

 
VHSで1987年販売。廃盤 見つからない。 DVDが2010年販売。廃盤 高い。購入した際は4000円程度。 劇場公開時のポスターをジャケット、DVDラベルに使用しており、かっこいい。 BDとか出ないんですかね。 キングレコードは「ヘアピン・サーカス」と共に再販する義務があると思います。


   

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